表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天の杯~神の掌で踊れ~  作者: 雪ノ幸人
25/36

閑話1 ガリア帝国勇者

 ガリア帝国勇者:棚町美咲。





「はあッ!」

「かッ!」



 突き出される刃を己の愛剣で防ぐ。だが何とも重い一撃だ。両手でさえ押し込まれる。

 だがこのままやられるなど騎士の、いや年長者の恥だ。



「ふんッ!」



 全力で剣を振るい、相手の武器を弾く。我が眼前の女、ミサキ殿はそのまま距離を取ると手の中の長柄をピタリと構えた。



「流石です。将軍。今のを防がれるとは思いませんでした」

「いやはや、ミサキ殿もまた随分と腕を上げられた。だが勇者殿が相手とてまだ若い者には負けられん」



 ミサキ殿は花のように微笑むと手の中の武器を軽く振るう。

 ブォンと風を切る音が離れた自分の所にまで聞こえてくる。



「しかし、何度見ても信じがたい膂力ですな。その長槍を軽々と。とてもその細腕で振り回しているとは思えませんな」

「将軍、私だって女ですよ。男性から腕力を誉められても嬉しくありません。それから槍ではなく薙刀です」

「はははっ。これは失敬。では続きと行きますかな」

「望むところです」



 ミサキ殿が槍、いや薙刀を構える。どこにも余計な力が入っていない見事な自然体だ。

 我が軍にもこれほど自然な構えが出来るものなど五人といるまい。

 互いに気が張りつめ、緊迫した空気がその場を支配する。

 周りで見ている部下たちも一撃も見逃すまいと集中しているのが分かる。

 うむ。良いことだ。今まで手を抜いていたわけでは無かろうがミサキ殿が来てからいっそう軍の雰囲気は良くなったと断言できる。

 この方は自然とついて行きたくなるような不思議なカリスマをお持ちだ。

 ナナ殿と力を合わせれば今度こそ憎き魔族を討ち倒せるやもしれん。




「はあッ!」



 ミサキ殿が繰り出したのはリーチを生かしての突き。残像が残りそうなほどの速さの突きだ。

 すかさず剣で受けるために構える。

 槍などの長柄の武器はリーチという利点を得る反面、懐には入られると途端に打つ手が無くなってしまう。

 一撃をかわし、隙が出来たところを次の剣で勝負をつける!



「ぬッ!?」



 だが突きは剣に触れる直前で止まり、薙刀の長さを生かした横凪の打撃へと変わる。

 急な攻撃の変更に追いつかず、もろに打撃を受けてしまう。



「があっ」



 肺の空気を根こそぎ持っていかれる。なんとか体勢立て直そうとしたときには薙刀の刃の部分が首筋に当てられていた。



「……とうとう負けてしまいましたか。まだまだ精進が必要ですな」



 ミサキ殿はフェイントや体術など我らが思いつかないような手を難無く使ってくる。

 何とも柔軟な発想をお持ちだ。

 ナナ殿が魔術師として見たこともないようなオリジナルの魔法を使ったときも驚かされたものだ。

 勇者というのは皆ああなのだろうか?



「いえ、私の方こそ最後のフェイントが効いていなければ危ないところでした。とても勝ったと胸を張れる結果ではないです」



 謙虚な方だ。

 盛大に送られる拍手に笑顔で答えるその姿を見ながら、私は何とも言えない気分になった。

 後二十年いや、十年早く生まれていればこの方と戦場で肩を並べて戦えたのやもしれんと思うと、今の若い世代が何とも羨ましくなる。

 いかんな。年は取りたくないものだ。



「ミサちゃ~ん。会議の時間だよ~!」



 渡り廊下の所から顔を出し、こちらに手を振られるナナ殿の姿に苦笑してしまう。

 あの方も人を惹きつけるがミサキ殿が人を引っ張っていくのに対してナナ殿は放っておけない、自然に味方したくなるような魅力をお持ちだ。

 本人も気にしているらしいが見た目は可憐な少女でありながら実年齢はミサキ殿よりも上だと言うのだから世の中分からんものだ。



「分かりましたー! すぐ行きま~す!」



 ミサキ殿はもう一度私に感謝を述べるとナナ殿の方に駆けて行かれた。


 願わくは我らの都合で召還されてしまったあの方々に幸あらんことを。




 私、棚町実咲がこの世界に呼び出されたのは一月ほど前。

 高校を無事卒業し、春からの大学生活の準備を整えていた私は光に包まれたかと思うと、ここガリア帝国に召還されていた。

 聞いたところによると私は光の精霊に認められ、魔族を打ち倒すために召還された勇者であるらしい。

 仲の良かった友達が読んでいた本に似たような展開のものが幾つかあったけど、実際に自分がそうなるとは想像していなかった。


 動揺しなかったと言えば嘘だ。

 初めは夢か何かと思い、少々パニックになったがすぐに私はこの世界に慣れることが出来た。

 実を言うと私は元の世界にあまり思い入れがない。

 私の家はそこそこに大きな家で、俗に言う旧家だった。小さな頃から華道、茶道なんかの習い事を幾つもしていた。薙刀もその一つだ。

 同時に私は世間で言うところの「天才」の部類に入る人間だったらしい。私の通っていた高校は国内でも有数の進学校だったが、勉強は殆どしなくても成績は常にトップ。

 運動神経も悪くなかったからしょっちゅう助っ人を頼まれたし、容姿もそこそこだったからナンパもよくされた。

 中には大会社の社長さんから求婚されたこともある。当然丁重にお断りしたけど。


 誰もが私のことを羨んでくれた。でも私は一度たりとも満足したことはなかった。嫌みな言い方かもしれないが、勉強もスポーツも全力を出さずに出来てしまうのだ。正直言って、張り合いというか達成感というものを私は一度も味わったことはなかった。


 だからこの世界に召還されたことは本当に幸運だと思う。

 魔族を相手に戦うのはまだ抵抗があるけど、それ以上に難題に立ち向かうことが心底楽しみだった。



「ミサちゃん、何考えてるの~?」



 私が物思いに耽っていると、隣からソプラノの声をかけられた。

 百五十センチ程の小柄な身体にややブラウンがかかった髪、顔にはあどけない笑顔を浮かべた少女だ。

 私との身長差が二十センチ近くあるので自然と相手は上目遣いになるのだが、その姿は更に幼さを倍増させる。


 私の先輩勇者、本条奈々さんだ。

 見た目は小学生と言っても通用しそうな容姿だけど実年齢は私より上の二十才。

 私の恩人でもあり、私がこの世界にすぐに慣れることが出来たのも奈々先輩が助けてくれたからだ。



「ちょっとこの世界に来たときのことを思い出しちゃって」

「あ~、分かる、分かるよ。私も時々思い出しちゃうからね」



「ウンウン」と肯く姿は幼い子供にしか見えないけど、奈々先輩は七年も前にこの世界に召還されて、戦い続けている本当の勇者だ。

 そう言う意味でも私は先輩を尊敬している。



「本当はね、私の他にも二人勇者が居たんだけど、事故で死んじゃってね」

「そう言えば、聞いたことあります。どんな人たちだったんですか?」

「一人が私より二つ下の女の子で、もう一人は私くらいの男の子だったよ。男の子の方はあんまり会ったことが無かったから分からないけど、王宮じゃあんまり良い噂は聞かなかったかな。酷いヤツだったんだって。大した力も無いくせに威張り散らしたりして」

「そうなんですか。女の子の方は?」

「こっちの子は物静かな子だったよ。教室の隅で本読んでる感じの」



 奈々先輩はそこでハッと何かに気がついたように顔を上げた。



「そうそう。確か凄いレアな固有魔法を持ってたはず。どんなのかまでは分かんないけど、役人の人がスッゴい騒いでた。私は火力しか取り柄がないから当時は羨ましかったな」



「私、火力バカだし」と唇を尖らせる奈々先輩。

 彼女は純粋な魔法職で後衛からの遠距離魔法を得意としている。

 幼い外見に反してその威力は圧巻で、ランクCの魔物を十数体まとめて吹き飛ばすのを見たときは唖然としてしまった。

 妖精めいた可愛らしい容姿と必殺クラスの魔法を使いこなすことから付けられた名前は『妖精の砲撃手(エルフィン=ブラスター)』。



「そんなにむくれないでくださいよ。奈々先輩」



 そう言って私は奈々先輩のほっぺを指でつつく。

 むむむむ、まるで赤ん坊のような柔らかさ。こっちの世界に化粧品の類は無いはずだけどどうやってこの柔肌を維持しているのか。



「別にむくれてないよ。ちょっと羨ましかっただけ」



 その後も先輩と取り留めない雑談を交わしながら城の中を進み、豪奢な装飾が施された扉の前まで来ると脇に控えていた騎士の人が扉を開ける。



「むっ、ナナ殿とミサキ殿か。急に呼びつけて申し訳ない」

「気にしなくていいよ~レイ。どっちにしろ会議には参加するつもりだったし」

「そうね。私もちょうど訓練を終えるところだったからちょうど良かったわ」

「そうか、ならば良かった」



 金髪の男性は肩から力を抜くと背中を椅子に預けた。


 レイナルド=バーティン

 ガリア帝国近衛騎士隊、第一大隊隊長。

 守りに特化した壁騎士。その防御力は帝国内でも一位二位を争う。



「そうですよ。兄さんは気にしすぎです。ナナさんもミサキさんもそんなことを気にする方じゃありませんよ」

「だがなぁ、お二人は勇者なのだから相応の対応というものが……」

「もう。二人とも公式な場はともかく、普段は友人のように接してくれって言っているんですよ。兄さんの態度はそんな二人の頼みを無視することになりませんか?」

「むぅ、そうか……」



 マリアンヌ=バーティン

 ガリア帝国近衛騎士。レイナルド=バーティンの実の妹。

 細剣使い。剣の腕は帝国の中でも屈指のもの。



「マリアンヌさん。あんまりレイさんを攻めちゃ駄目ですよ。真面目なところがレイさんの良い所なんですから」


 サリム=ブレモン

 四分の一エルフの血を引く王宮『精霊魔術師』。



「では全員揃ったところで始めようか。次の作戦こそ成功させなくてはならん」

「そうだよね。次こそベクトリア渓谷を突破しないと」

「もう。ナナさん、もっと肩の力抜いてください。戦いはまだ先なんですから」

「そうですよ。ナナさん。僕も精一杯援護しますから」



 美咲は明るい仲間たちの様子を見渡す。これほど信頼の出来るパーティーは他にいない。次こそあの平原を突破できると確信した。



「じゃあ、始めましょう。私たちは勇者、助けを求める人たちを救う義務がある」



 ガリア帝国勇者、棚町実咲。

 彼女を起点に帝国は動き始める。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ