第二十三話 内乱の終わり
突如召還された魔物の中でも最高クラスの危険度を誇る瘴魔種。
蜂のような体に甲虫のような足が生えた奇怪な姿。
この時彼らが知る由もなかったがこの魔物は「行軍蜂」と言い、本来の蜂のように女王が巨大な巣を作り、働き蜂が餌や巣の素材などを集める習性を持っている。
この一件の後、シュウたちと「行軍蜂」との間でまた一騒動起こるのだがそれはまた別の話である。
「いいか、しっかり捕まってろ!」
「はい!」
シュウがミリエリアを抱え上げるーーー所謂、お姫様だっこの姿勢ーーーとミリアリアはギュッとシュウの首に手を回した。
男女によるお姫様だっこ。
本来であれば相応にそれなりの表情を浮かべそうなものだが二人の顔にそのような甘さは一切見られない。
「行くぞ!」
「つッ!」
床を蹴り砕き、爆発的な加速を生み出すシュウ。一気に最高速度に達し、周囲に漂う黒い瘴気が余波で生み出された風によって吹き飛ばされる。
ミリアリアは急激な加速によって体に襲いかかるGに口を開く余裕もない。瘴気や体にかかる負荷を軽減するためシュウが魔法をかけてはいるが日頃から鍛練に明け暮れているシュウと違い、ミリアリアは生粋の貴族であり、女の子だ。
今の状態でも相当辛いはずだが弱音を吐くようなことはない。
「取り出し(リリース)!」
その言葉と同時に両手の中指にはめられた幅が広いタイプの指輪が発光。
シュウの手の中に先程使っていたのとよく似た刀が出現した。
本来であれば驚くべき光景だが今この場にそれを指摘できる余裕を持つ者はいなかった。
行軍蜂もシュウたちに気が付いたのか蜂のような顎をギチギチと鳴らしながら襲いかかってきた。
シュウは鞘が付いたままの刀の柄を持ち、行軍蜂に向けて振るうと鞘が槍のように飛んでいく。
僅かに行軍蜂の意識が鞘に向けられるのを見逃さすシュウは速度を上げ、蜂に切りかかる。
ガツン!!
人一人を抱えているものの速度、威力共に申し分ない一撃だった。だが……
堅い!
手に伝わってきたのは肉を断ち切る感覚ではなく、鉄をバットで殴りつけた時のような不快な痺れだった。
強靭な肉体を持つオーガでさえ紙のように切り裂くシュウの剣戟を受けてもその体には傷の一つもつかない。
甲殻を持つ、持たないの差はあるとはいえ、恐るべき硬度だ。
「ちぃッ」
剣が受け止められるとみるやシュウは大きく距離を取ろうとした。
片手が塞がった状態では攻撃はともかく、防御の際に隙が出来るとの判断だ。だが行軍蜂はシュウたちに向けてその大顎を開いた。
「何ッ!」
口から飛び出したのは幾つもの触手だった。色は紫で表面は粘液によるためか、うっすらと濡れている。
一本一本が生きているかのように自在に動き回り、次々と襲いかかってくる触手。
シュウは細かいステップと幻惑の魔法を組み合わせ、かわしていくが、ミリアリアを抱えているために思ったように速度が上がらない。
やがて触手の一本がシュウの足を捉える。
速度を殺され、足が止まったところを残りの触手が襲いかかった。
「シュウ!?」
ミリアリアが悲鳴を上げ、触手は蜥蜴人の剣戟でさえ傷一つ付かなかったシュウの硬化された皮膚を易々と貫通。
太股と右の腕を貫いた。
「調子に、乗るなよ!」
シュウは右腕を貫かれたまま付与魔術で火の属性を付与した刀を振るった。
刀は触手をあっさりと切断。更にシュウは火力を上げ、触手を燃やしにかかる。
ギギギギィィィィ!?
行軍蜂は熱い物に触ったかのように触手を引っ込めた。
タンパク質が燃える臭いと自分の血の匂いに鼻をしかめながら、シュウは荒くなった息を整える。
「シュウ、傷は……」
「ーーー大丈夫だ。もう塞がってる」
先程触手に貫かれた傷は白煙を噴き上げ、既に完治していた。
「でもシュウの剣で傷を付けられないなんて」
「ああ。あの甲殻の硬さは厄介だな。触手の方は切れるみたいだから問題ないにしても、ある程度弱らせないと転移魔法は使えそうにない」
転移魔法は一度発動してから転移するまでにタイムラグが存在する。この隙に転移者に攻撃を加えられるか、転移者が自発的に動いた場合、転移魔法は正しく発動せず、キャンセルされてしまうのだ。
「足を切り落とすか、何とかしてアイツの足を止める。アンタは何時でも魔法を使えるように準備しておいてくれ」
「わかりました……シュウ」
「何だ?」
「御武運を」
ミリアリアの凛とした表情に思わず苦笑を浮かべる。
「悪いが俺がミスったらアンタも死ぬんだからな」
「分かっていますよ」
短い会話を交わすと、再びシュウはミリアリアを抱え、行軍蜂に向かって行った。
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シュウたちが行軍蜂に挑んでいる頃、アルゴはシュウが展開した風の障壁の中に、意識を失ったままの王と待機していた。
「しかし毎度シュウには驚かされるけどまさか収納系統のマジックアイテムまで持ってたなんて驚きだヨ。あれがどの位の価値を持ってるか知ってるのかネ?」
収納系統のマジックアイテムは数あるマジックアイテムの中でもその希少性から幻と言っていい存在である。
現在の技術では再現することが出来ず、過去の遺跡や国跡から極稀にしか発掘されない。
国宝級と言っても過言ではない品であり、万が一オークションにでも出品されようものなら、金貨が千枚単位で必要になる。
「全く、退屈しないよネ。シュウといるとさ」
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戦闘を再開してから数十分、シュウは逃げに徹していた。
実は過去に何度か瘴魔種との戦闘経験はあるものの、行軍蜂は初見であったため敵の攻撃パターンを見切りにかかっていた。
シュウ一人であるならいつも通り接近戦を仕掛けつつ様子を見ただろうが今回はミリアリアを抱えて戦うハンデを背負っている。
たとえ一度でも攻撃を受ければ致命傷になりうるのだ。
必要以上の警戒は必要だろう。
ギギギギィィィィ!!
行軍蜂は多彩な攻撃でシュウたちを苦しめていたが守りに徹したシュウたちに致命傷を与えることは出来ず、途中から攻撃を見切り出したシュウは既にミリアリアを抱えながらでも完璧な回避を行っている。
口から吐き出される溶解液。
その巨体を生かしての噛みつき、突進、のしかかり。
尻尾の針から打ち出される強力な毒。
一度背中の羽で空を飛ばれ、空中からの攻撃に切り替えられたときは劣勢に追い込まれたものの、隙を見て羽を切断。
今は飛ぶことは出来ず、苛立ちの混ざった声を上げながらシュウたちを追い回している。
(大分攻撃パターンは見えてきたな)
シュウはある程度行軍蜂に対しての有効な攻撃手段を見つけている。
昆虫のような体に硬い甲殻を持つために、武器を使った近接攻撃は効果が薄い。ただし、関節部分といった構造的にもろい部分も存在している。
シュウと同じく強力な再生力で多少の傷はすぐに完治してしまうが、火を苦手としているようで、炎を付与した刀で灼き斬った場合、再生が目に見えて遅くなった。
だがシュウたちにも余力があるわけではない。
戦闘開始から三十分近く。人一人を抱えながら戦い続けているシュウはかなり体力を消耗している上に、刀も堅い甲殻と何度も打ち合ったため刃こぼれが目立ち始めている。
ミリアリアもシュウに抱えられながら、高速でのダッシュ、ストップ、またダッシュと激しい動きで揺さぶられ、酷い乗り物酔いのような状態になっている。
何よりもシュウは今の自分にあまり時間が残っていないことを自覚していた。
細かな傷を負い、再生が発動する度に心臓部分が強く脈を打つ。
血の匂いが鼻につき、何もかもぶち壊してしまいたい破壊衝動が沸き起こる。
刀で相手の体を断ち切り、手に肉を切り裂く感触が伝わる度、暗い欲望がムクムクと自分の中で大きくなるのを感じるのだ。
斬りたい。
殺したい。
その流れる血をすすりたい。
この手の中の温もりさえ壊してしまいたい。
ミリアリアもシュウの様子が変になってきているのは感じているのだろうが特に何を言うわけでもない。
ただ信頼したように体を預ける。
そのことがシュウの意識をつなぎ止めていた。
やがて行軍蜂も長時間一方的に攻撃を繰り返したために目に見えて動きが鈍る。
シュウは行軍蜂を中心にして円を描くように走りながら、攻めに転じることを決めた。
相手の体力と此方の疲労度、武器の消耗度合いと自分の残り時間。
今が攻めに出られるギリギリのタイミングだ。
「お嬢様。こっちから仕掛ける。転移魔法をいつでも使えるように準備しておいてくれ」
「……わかり…ました。あと…お願いが…」
「何だ?」
「…もう…揺れるのは、限界…です。早く…勝って…下さい」
このお嬢様らしくない発言に思わず吹き出してしまった。
貞淑で『聖女』と慕われようとも乗り物酔いには勝てないようだった。
「あ、あと…もう少し、揺らさ…ないように…」
「じゃあ、行くぞ!」
お嬢様の言葉を最後まで聞かずに加速。
手の中から「フギャー!?」と尻尾を踏んづけられた猫のような声が聞こえたが無視。
詠唱しながら、行軍蜂に向かって一直線に駆ける。
蜂の左後方、死角からの奇襲。だが行軍蜂も顔をこちらに向けるとすぐに反応して見せた。
簡単に人を飲み込めそうなほど大きな顎を開いての溶解液の連射。
シュウはスピードに緩急をつけながら、細かい足裁きで次々にかわしていく。
溶解液で溶かされた床を目にしながら、シュウは全くスピードを落とさない。
先程から行軍蜂は溶解液と触手での攻撃を同時に行ってこない。
どちらか片方であれば攻撃パターンは見切りやすい。
蜂との距離を三メートルまで縮めるとシュウは更に加速。
蜂の足の下に潜り込むと関節部分めがけて片手で刀を振るう。
「付与術式・斬撃強化! 付与術式・火属性!」
付与魔術二つの重ねがけ。
切れ味を増し、火の魔術を付与された刀は左前足の関節部分を容易く通過。同時に傷口を燃やし、再生を遅らせる。
ギギギギィィィィ!?
蜂の苦痛の声を聞きながらシュウは地面を蹴り、飛び上がると暴れる行軍蜂の背中を転がるようにして移動。
反対の右足側に着地。
蜂は怒り狂い、右足を水平に振るう。だがその攻撃は予想済みだ。
蜂は強力な攻撃手段を持つ一方で接近戦ではその攻撃をあまり使ってこない。
つまり蜂の攻撃手段の大部分はある程度、相手との距離を置かなければ使えないものがほとんどなのだ。
そして近接戦闘ではその巨体を生かして襲いかかってくるが、逆に言えば接近戦に持ち込めば攻撃のパターンは限定される。
シュウは右手で拳を作る。
「幻撃衝!」
振り回される足を狙い、殴りつけると同時に魔法を発動。
拳が打ち込まれた瞬間、蜂は雷に撃たれたようにその動きを止めた。
闇属性魔術・幻撃衝。
接地面を通して相手に直接幻術をかける高等魔術。
ただし、幻術といっても幻を見せる魔法ではない。体に受けた衝撃を脳に受けたと錯覚させる魔法。効果もほんの数秒。だが発動時間が短いために防ぐのが難しく、何発も立て続けに打ち込めば偽のダメージで相手の意識を刈り取ることが出来る。
蜂の巨体に幻撃衝一発では瞬きほどの時間、相手の動きを止める程度の効果しかない。だがそれだけあれば十分だ。
「ハアァッ!!」
気合いと共に刀を振るい、右側の足二本を先程と同様関節部分から切断。
右足二本と左足一本、六本の内半数を切り落とされ、行軍蜂はその巨体を支えきれず、頭から崩れ落ちた。
「ミリアリア! 今のう!?」
ミリアリアが転移魔法を発動しようとした瞬間、行軍蜂は最後の悪足掻きとばかりにその巨大な顎でシュウに食らいつこうとする。
「くッ」
体を反らし、ギリギリのところで回避。
僅かにかわしきれず背中から出血するが、痛みを気力でねじ伏せると追撃を恐れ大きく距離を取る。
だが行軍蜂も再び触手を吐き出し、複数の触手が同時に襲いかかる。
勝負どころだ。
勝負をかけるなら今までにないダメージを与えた今しかない。
距離を取る回避を、接近しながらの回避に切り替える。
無数に襲いかかる触手をかわし、切り裂き、距離をつめる。
だが行軍蜂は触手を口から吐き出している状態で溶解液を放つ。
なっ!? 馬鹿な!
今までにない攻撃パターンにシュウの反応が僅かに遅れた。
溶解液をかわしきることが出来ず、シュウの刀はその右手ごと溶解液の餌食になった。
「アアアアァァァァァァッ!?」
生きたまま皮膚を溶かされる激痛。
アンモニアのような腐臭が鼻を襲う。
見れば右手は表面の皮膚が剥げ、骨が見えており、刀に至っては先端の刀身部分が残るだけで手元から溶け、使い物にならなくなっていた。
「シュウ、前!!」
触手は体勢を崩したシュウにチャンスとばかりに一斉に襲いかかる。
迫り来る触手を捉えた瞬間、周りの音が消えた。まるで時間の流れがスローになったようにものの動きが遅く感じる。
回避は不可能。
刀の防御も間に合わない。
触手の軌道は直撃コース。
脳裏に串刺しにされる自分とミリアリアの姿が浮かび上がる。ダメだ、やられる。
ただ迫りくる触手を見つめる。諦めに近い感情が心に浮かび、そして思い出す。
自分は死ねないのだと。
欠損した肉体すら元に戻る再生力。
無敵に近い能力であってもシュウにとってそれは拷問だ。いくら苦しもうと、いくら重傷を負ったとしても気づけば自分の肉体は元のように息をして、心臓は鼓動を続けている。
この現実感のない世界に連れてこられ、シュウは何度となくこれは夢であって欲しいと考えた。
次に目を覚ませば自分の部屋の見慣れた天井があるのではないかと。
今まで一度としてその期待が叶えられたことはなく、かと言って死ぬことすら出来ないこの身体。
目の前に迫る危険を目にしたとしても心に浮かぶのは心臓を貫かれる強烈な痛みの記憶だ。
日本と言う平和な国で育ち、命のやり取りを経験したことの無かったシュウにとって先頭という行為に慣れるまで幾度となく死にかけた。普通の人間であれば死んでもおかしくないような傷を負ったことも一度や二度ではない。
またあの思いをするのか。
もうその程度感情しか思い浮かばないのだ。
半ば諦めていたシュウの意識を引き戻したのは彼の腕を掴む力の感触だった。
恐怖からか、ミリアリアは迫りくる触手を見て反射的にシュウの腕を強く握った。
自分は死なないかもしれない。だが、この少女はどうだ?
また失うのか? 自分の目の前で?
させないとそう思った。
もう出来る事など無い。だが心の底から消えろとそう願った。自分に対する理不尽もこの状況も魔物も、この少女の命を脅かすものすべてを。
消えろ!
身体から何かが抜けていくような虚脱感。それ以上に腹の底から力が溢れてくるような全能感。
突然、目と鼻の先まで迫っていた触手が掻き消える。
見れば、まるでスプーンで抉り取ったように触手の一メートルほどが滑らかな断面を残して消えていた。
何が起こったのか分からず、呆然と辺りを見回すと行軍蜂が微動だにせずこちらを見つめている。
それは信じられないものを見て驚いている姿に見えた。
「ッ。今だ!」
力任せに地面を蹴ると、一直線に行軍蜂へと突き進む。
蜂もすぐに意識を取り戻すと触手、溶解液で応戦。だが一瞬の隙でシュウは行軍蜂との距離を五メートルまで詰めた。手足や顔を触手や溶解液が掠めていくが全て無視。
接近されたことで蜂が噛みつこうと顎を開けた瞬間、シュウはミリアリアの体を強く抱きしめると体を低くし、蜂の身体の下にスライディングの要領で潜り込んだ。
「ミリアリア、やれ!」
「転移! レーガナス山脈!」
ミリアリアが行軍蜂の腹に触れながら叫ぶと魔法陣が展開。
数秒のタイムラグの後、蜂の巨体に影が走ったかと思うと目の前から蜂の腹が消え、開けた天井が目に飛び込んできた。
「ハァハァ……」
「はぁはぁ……」
互いに言葉はなく荒く吐き出される息だけが耳に入る。
どれだけそうしていたか、やがて息が落ち着くと互いに視線を合わせた。
「何とかなったな……」
「……はい」
「もうこんな依頼はこりごりだ」
「わたくし、今ならどんな暴れ馬でも乗れるような気がします」
無言で視線を合わせる。
どちらともなく小さく笑い始めるとその声はだんだん大きくなり、やがて互いに腹を抱えて笑い始めた。
生きていることへの安堵。
救えた喜び。
互いに胸の内に抱く感情は違えど、今生きていることを感謝した。
こうしてアルメダ王国での反乱は幕を閉じた。




