第二十一話 異形の剣士
撃ち込まれる凄まじい数の魔法。火の玉が直線に飛んだかと思えば、風の刃が弧を描きながら迫り、地面が槍に形を変え矢のような速度で宙を駆ける。
ミリアリアは自分たちへと迫る魔法を目にした瞬間、固く瞳を閉じた。
彼女の心の内を絞めていたのは無念だった。両親の夢を叶えることも出来なければ、父の仇を取ることも出来ず、巻き込んでしまったために優秀な冒険者がただ無為に命を落とす。到底納得など出来ないままに彼女はその瞬間を待った。
「……?」
しかしいつまで経っても魔法は自分の元に訪れない。
ゆっくりと開いた瞳に飛び込んできたのは彼女の前で両手を広げ彼女を庇う冒険者の姿だった。
「シュウ!?」
それが合図となったようにシュウの体がぐらりと傾く。
慌てて抱き留めると彼女は彼の体を見て言葉を失った。
彼の全身は血まみれだった。火の魔法で全身の至る所が黒く炭化し、一目で重度と分かる火傷を負っている。
全身には無数の切り傷、彼の右腕は肘より上の部分から切断され、土の槍の破片が上半身を中心に無数に突き刺さっていた。
「っ!?」
ミリアリアは慌てて申し訳程度にしかシュウの体を隠していない衣服をはぎ取ると自分の服に血が付くのも気にせず、彼の心臓に耳を当てた。
弱々しくもトクントクンと規則正しい脈が感じられる。
しかし彼は既に虫の息と言っていい。幾つもの致命傷を負い、例え上級魔術師だとしてもその命を救うのは不可能だろう。
辺りを見渡すと見事な衣服に身を包んだ人物が頭から血を流して倒れているのが目に入った。
「っ!? 陛下!!」
ミリアリアはシュウの身体を横たえると、倒れたままの王に駆け寄った。
頭の傷は見た目ほど深くなく、呼吸もしっかりしている。頭を強く打ち、気絶しているようだがしばらくすれば目を覚ますだろう。
見ると、王の周りにはシュウと似たような状態の近衛騎士たちが倒れていた。どうやら彼らが咄嗟に王を庇ったことで王本人には目立った傷を負わずに済んだようだった。
「ふむ。しぶとい。まだ息があったか」
ミリアリアが目を向けると腕を組んだ姿勢のまま仁王立ちするラリニース侯爵の姿が目に入った。
彼の取り巻きたちは騎士に守られ、魔法を放った魔術師たちは油断なく杖を構えている。
「流石にあれほどの魔法を食らえば人である以上ただでは済まんか。いや、むしろ未だに息がある方が驚きだな」
「ラリニース侯爵!!」
ミリアリアは珍しく声を荒げ、怒りを露わにする。しかし侯爵は顔色一つ変えることはなかった。
「その冒険者は誘いを断り、貴殿の味方をすると言った。ならば私にとっては敵なのだよ。敵は殲滅する。当然であろう?」
ラリニース侯爵の言っていることは正論である。
ミリアリアは悔しげに唇をかみしめる。
「そこの冒険者は既に手遅れだ。だがこちらの要求を飲むのであれば、あなたの命だけは助けよう」
ラリニース侯爵はそこで振り返り、自分の息子に視線を向けた。
「貴殿が我らが王の仇となる魔物を討ったと証言し、我が息子の妻となるのならその命助けようではないか」
「な!?」
侯爵の狙いは『聖女』と呼ばれるミリアリアの名声を利用することにある。侯爵家と彼に近しい者たちが王は魔物に殺されたと証言しても国民、貴族どちらからも少なからず疑いを持つ者が出るのは間違いない。だが清廉潔白にして国民から莫大な人気を誇るエーデル公爵が証言したとなれば疑いを持つ者はいなくなるだろう。
彼女を妻にすると言うのも彼らの身内に引き込み、余計な事をさせないためだ。
「ミリアリア殿、何を戸惑うことがあるのです。御身の心配をなさるのならこれ以上の手はありますまい!」
しかしそんな侯爵の思惑とは関係なく嬉々としてこれに飛びついたのは息子のコルニエールだ。
元々ミリアリアを妻にと望んでいた彼にしてみればこの提案は渡りに船であった。
「お断りします!!」
しかしミリアリアはこの提案を一切受け付けなかった。
侯爵が訝しげな表情を作る。
「……理由を聞いても良いかね?」
ミリアリアは地面に倒れたままのシュウに視線を向けた。
「彼はその身をなげうってまで私の命を救って下さいました。ならば助けられた私が自分の命惜しさにあなた方に屈したなど私の貴族の誇りが許しません。たとえここでいのち尽きようと私は最後までエーデル公爵に相応しい姿であり続けます」
「……なるほど。残念だがこちらの提案が受け入れられないのであれば生かしておくことは出来ん」
「そ、そんな父上!」
これに慌てたのはコルニエールだ。
ミリアリアを妻に出来る機会が巡ってきたのにそれを不意にするなど彼には出来そうになかった。
「魔術師隊、全員構え……」
侯爵は息子につき合うことなく、魔術師に杖を構えさせた。
なおもコルニエールは食い下がろうとするが彼を無視するとそのまま魔術師たちに指示を出そうとする。
「攻撃、」
攻撃命令を出そうとしたところで彼は視界の隅に違和感を感じた。違和感の正体に注視すると先程致命傷を与えたはずの冒険者の体から蒸気のような白煙が立ちのぼっていた。
「何だあれは」
侯爵の問いに答えられる者はここにはおらず、ミリアリアもシュウの異変に気づき、言葉もなく彼を見つめていた。
そしてシュウの側に立っていたミリアリアだけが彼の心臓から術式のような不思議な痣が全身に広がり、明滅しているのを見た。
(これは……傷がふさがっていく?)
致命傷だったはずの傷が白煙を噴き上げ次々塞がっていく。何が起こっているのか分からず、ミリアリアはその場に立ち尽くした。
やがて劇的な変化が表れる。
シュウの右腕の傷口がボコリと盛り上がると切断されたはずの右腕が生えたのだ。
「「「な!?」」」
これには広間にいる全員が驚きの声を挙げた。
通常の生物ではあり得ない、欠損部位の再生。
どんなに優れた治癒魔術師でも失われた肉体を再生させることは出来ない。稀に固有魔法に使用者の肉体を再生させるものがあるそうだが多数の致命傷から回復出来るほどの術ではない。
むしろ今のは魔物が肉体を再生させる光景によく似ていた。
白煙が収まると完全な状態のシュウの肉体がそこにあった。
全身に広がっていた痣は心臓のある部分に戻っていく。やがてそこで小さな魔法陣の形を取ると発光が収まり、定着した。
目の前で起きた光景が信じられず、誰もが沈黙を貫く中、シュウがむくりと上半身を起こした。
立ち上がり、全身を確認していくシュウ。その動きからは先ほどの魔法攻撃で致命傷を負ったとは感じられなかった。
「シ、シュウ。身体は大丈夫ですか?」
「ああ。問題ない」
そう言って彼と視線を交わしたミリアリアは彼の両目が赤く染まり、犬歯のような鋭い牙が生えているのに気づき、息を呑んだ。
さっきまで彼の瞳は吸い込まれそうな黒だった。しかし今は深い深い赤。まるで魔物が持っているような赤い瞳だった。
「……どういうことだ? 貴様は先程間違いなく致命傷を負ったはずだ。だが致命傷どころか切断されたはずの右腕まで元通りだ。一体どんな魔法を使った?」
「……」
シュウは王の呟きを遮った侯爵の問いかけには答えず、じっとミリアリアを見つめていた。
彼の瞳に何かを感じ取ったミリアリアは視線を逸らすことなく、彼を見つめかえしていた。
やがてシュウがゆっくりと口を開く。
シュウはこの時覚悟を決めていた。
肉体の高速再生はシュウが持つ特性の一つに過ぎない。
これから自分が見せる戦いは後ろにいる公爵様の常識という枠の外側に位置するものになる。
本音を言えば少し怖い。
あの慈愛にあふれた瞳が次に自分に向けられるとき、どう変わっているのかそれを想像してしまうと手足が鉛のように重く感じられる。
そこまで考えてシュウは苦笑を浮かべた。
他人からの評価など自分は気にする人間ではないと思っていたがどうやら自分にも年相応の女々しさが残っているようだった。
だが同時にそれがどうしたと思う。
あの時誓ったのだ、自分のなにを犠牲にしてでも大切なものを守ると。
自分が敗れ、目の前の侯爵が政治の実権を握ったとき、世論は間違いなく戦争の参加に傾く。
今いる亜人たちは殺されるか奴隷として働かされるか。
どちらにしてもまともな未来ではない。
不安、恐怖、焦り、嘆き。
全て受け入れて前に進もう。
自分に出来ることはただ刀を振るう事のみなのだから。
「さぁ、決着をつけようぜ」
「どんな手品を使ったかは知らんが貴様に勝ち目があると思っているのか? 此方は無傷の兵が三十以上。対して貴様は得物を失いほぼ丸腰。先程の驚異的な再生がどれほど続くかは知らんが永遠というわけではあるまい。ならば我らは貴様の命尽きるその時まで殺し続けるだけだ」
彼の言い分は正しい。但し、相手がシュウでなければという注意書きが付くが。
「ーー刻印術式・第三界解放」
己の枷を外す言葉とともにシュウは静かに目を閉じた。
彼の心臓部分に刻まれていた術式が全身に広がったかと思うとそれは赤い光を放ち、激しく明滅した。
心臓の圧迫が消えたかと思うと全身に火が回ったのではないかと思うほどの熱が彼を襲う。
心臓がドクドクと脈を打ち、いつもとは比べ物にならないほどの速度でビートを刻む。
視界に入る自分の体が黒く黒く、ただ黒く染まっていく。
少しの息苦しさと己が別の何かに変わっていく恐怖、そしてそれを上回る圧倒的な全能感。
体の内側を嵐のように暴れまわっていたものが落ち着くとシュウは静かに目を開けた。
真っ先に飛び込んできたのは彼を凝視する顔、顔、顔。
「おまえは…人……なのか?」
侯爵の顔にあるのは驚愕。
無理もない。
今のシュウの姿を一言で表すなら『異形』だろうか。
肌は割れた黒曜石のような艶のある黒。
指は節が鋭く、鷹を思わせる爪が生え、腕の表面に鱗が浮き出ているせいで肘まである手甲をつけているように見える。
瞳は人で言うと黒目に当たる部分が縦に長く、猫科の動物を連想させる。
どこから見ても普通の人間ではない。むしろ魔物や魔族と言った方が納得できるであろう容姿だ。
「シュウ、それは……」
肩越しから見えたミリアリアの顔は驚愕に彩られていた。
声が震え、明らかに動揺しているのが分かる。だがそこに怯えの色を感じなかったのがせめてもの救いか。いや……十分だな。
シュウは自嘲気味に笑った。
「生憎、俺は化け物でね。手加減など期待するなよ。俺に剣を向ける者は例外なく死ぬと思え!」
「……貴様が何なのか気になるところだが、儂等も今回の計画は成功させねばならん」
「ハッタリか! 平民と貴族の違いを思い知らせてやる!」
コルニエールは懐から例の短剣を抜くと目の前の地面へと突き刺した。
短剣を起点に直径十メートルの魔法陣が発動。
紫色の光を発しながら魔法陣が展開していく様子は何とも幻想的だ。
転移魔法。
さっきまでなら無理にでも発動を止めざるを得なかっただろうが今の心には波紋の一つも立たない。
「貴様を殺った後はあの酒場の女店主だ! 僕を虚仮にしたこと、体に思い知らせてやる!」
光が収まり、姿を表したのはタイプ・オーガ『中鬼』『大鬼』が一体ずつ、タイプ・キマイラ『蜥蜴人』が四体。
元から準備していたのか、王都に放った魔物なのかは分からないがかなりの戦力だろう。
先程までなら苦戦は免れなかったはずだ。
コルニエールの手のオーブから魔力が放たれると魔物たちの瞳から光が消えた。
「洗脳効果のあるマジックアイテムか。さっきのオーガたちもどう操っているのか疑問だったが、これで納得がいった」
「ほざけ! あの世であの獣人の女が犯されるのを指を咥えて見ているんだな!」
興奮しすぎたのか奇妙な高笑いを始める相手を見ながら、シュウの心は驚くほど静かだった。
互いに睨み合いながら、徐々に緊張が高まり、バイオリンの弦のように張り詰める。
普通に考えれば今の状況は絶体絶命と言ってもおかしくない。
相手は三十以上の兵に魔物が合計六体。
先程までは相手の油断とこちらの攻撃が相手にとって初見というアドバンテージがあったがこれからの戦いにそれらは通用せず、加えて此方には背後に人二人を庇いながら戦わなければならない。
諦めるのか? 否、その選択肢は有り得ない。
ならば取れる最前の選択肢は何か?
「此方から行かせてもらう!」
地面を強く蹴った。
シュウの体は一気に加速。耳に響く風切り音と体にかかるG。
瞬く間に距離を詰めると腰だめからアッパーカットの要領で前衛騎士の盾めがけ拳を振るう。
相手の反応を置き去りにした拳は易々と相手の盾を突破。
クリーンヒット。
相手は顎の骨を砕かれ宙を舞うが、既に拳は引き戻されている。
「うわああぁぁぁ!」
ここでようやく自分見方がやられたのを確認したのか騎士たちは悲鳴を上げながら、その身を守ろうと盾をシュウに突き出す。
だが遅い。
先手を取って相手を慌てさせた時点で流れは此方のものだ。
シュウは突き出された盾に手をかけると強引にこじ開ける。
今のシュウと騎士では大人と赤ん坊ほどの筋力差がある。
いとも容易く盾をこじ開けられ、信じられないという表情の騎士に左の拳をたたき込む。相手の骨を砕く手応えと、飛び散る血。
血の匂いを感じた瞬間自分中にある何かが強烈に反応した。
「盾を構えつつ、距離を取れ、良いか近づきすぎるな!!」
侯爵の指示通り、盾を構えたまま後ずさるように後退する騎士たち。だが甘い。
今までの攻撃で盾が通じないと理解しているはずだが本能的な恐怖ゆえか、盾を離さない。だが此方には好都合だ。
倒した騎士の剣を掴むと、力の限り投擲。
剣は流星のような速度で宙を駆けると、後退していた敵の盾を貫通。その勢いのまま盾ごと相手の腹部に突き刺さる。
後方に吹き飛ぶ相手を視界の隅に捉えながら、地面を強く蹴る。
間髪なく、着弾する魔法。
後方に下がりつつ次々飛んでくる魔法をかわすと距離を取らされる。
接近戦が不利と悟ると魔術師を主体とした遠距離攻撃に切り替えてきた。
「行け! 魔物ども!」
シュウは乱暴に舌打ちすると此方に迫ってくる魔物に視線を向ける。
先頭は中鬼。その後ろに大鬼、蜥蜴人が続く。
やはり相手は知謀を駆使した一流の戦略家か。
人間の兵では相手にならないと見るや魔物を一斉に投入してきた。
相手の心理を読み、一番嫌なタイミングでの魔物の投入。
背後に人を庇っている以上、相手をかわす選択肢はない。
しかし年齢は相手に及ばすども戦闘経験では此方も負けていない。生き残るため常に最善の策を模索し、実行する。それが出来なければ戦場と言う環境ではただ死を待つだけの案山子に成り下がる。
思案は一瞬。
拳を振り上げると、力の限り足元の地面へと振り下ろした。
ゴバッ!!
強烈な衝撃波が巻き起こり、その威力に地面が割れ、細かい土の破片が散弾のごとく耳元を擦過。幾つもの亀裂が部屋の四方へと延びる。
固く硬度を増した彼の皮膚に傷はつかないが近寄って来ていた魔物たちはそうもいかない。中鬼と大鬼が飛んできた床の破片から顔を守るために足を止め、蜥蜴人は亀裂に足を取られ、動きを封じられた。
好機!
そう判断したシュウは足を止めた先頭の中鬼に電光石火の速度で接近。
顔の前で腕を交差していた中鬼はシュウの動きだしを見ておらず、まるで相手が突然自分の前に現れたような感覚に襲われる。
慌てて腕を振るい、シュウに距離を置かせようとする。だが遅い。
この距離に接近を許した時点で勝負はついている。
シュウは両手で手刀を作る。
相手は人間より強靭な肉体を持った魔物。打撃技では相手が生き残る可能性がある。倒せるかも知れない技ではなく、確実に相手を殺す技を選択する。
「シィィッ!」
烈波の気合と共に貫手を行使。
右手の手刀は殆ど抵抗なく、相手の心臓部を貫通。能力を解放したことで鋭敏になった嗅覚が血の臭いを感知。
精神の高潮を感じ取ながら、間髪入れず左の手刀で中鬼の首を一閃。
手が刃物になるわけなどなく、切断と言うより、引き千切ったという表現の方が適切だがそれでも見事に相手の首を弾き飛ばした。
「ゴゥガアアアァァァァッ!!」
ここで足止めを食らっていた大鬼が突進。
成人男性の身長を遥かに上回る三メートル近い大きさを誇る大鬼だがその動きは俊敏。
まだ蜥蜴人は亀裂を抜け出すことが出来ず、足止めを食らっている。作戦通りだ。
今最も警戒すべきはオーガの腕力。
そのためには蜥蜴人と分断して確固撃破するのが最善策。
すぐにバックステップで後退。
バックでしか走ることが出来ないシュウと普通に走れる大鬼では距離は縮まる一方。みるみる距離を詰める大鬼だがシュウの顔に焦りはない。狙いは逃げきる事ではない。
すぐに足元が床が割れていない部分に到達。足を肩幅に開き、腰を落とし、大鬼を迎え撃つ。
足場が不安定では体重差のある大鬼は受け止められない。
「ゴゥガアアァァァッ!!」
「ラアアアァァァァッ!!」
ショルダータックルの要領で突っ込んで来る大鬼を抱き止めるようにして受け止める。
今までのように武術を使って力を受け流すでも魔術を使って威力を軽減するのでもない。純粋な筋力で相手の一トンの体重に相応しい運動エネルギーを完全に抑え込む。
生身でやれば内臓の破裂は必至。だが強化された今の体なら大鬼の突進だろうと子供に体当たりされる程度の衝撃しか感じない。
言葉は分からなくても大鬼が動揺するのが肌で感じられる。
口元が歪むのを自覚しながら、シュウは大鬼を受け止める両手に力を込めた。
「うっ…ラァアアア!」
「ガアァ!?」
少しずつ大鬼の足が地面から離れていき、シュウが完全に大鬼を持ち上げた体勢になる。
「ハアッ!!」
気合と共に大鬼を前衛騎士めがけ放り投げる。
空から降ってきたオーガに悲鳴を上げる声を聴きながらシュウの意識は既に次の相手に移っている。
「シャアーッ!!」
時間差を設けながら、次々に襲いかかってくる蜥蜴人。人間の胴体に蛇のような頭がのり、右手には片手曲刀、左手には丸盾を装備。
蜥蜴人は個々の能力はそれ程ではないものの、「複数のリザードマンと同数で遭遇した場合、必ず逃げろ」と言う言葉があるほど集団戦闘に優れている。
シュウは再び高速で接近。
盾を構える蜥蜴人に右手を向ける。
相手はこちらの攻撃を盾で防ぎ、カウンターを決める気なのか剣を構える。唇が吊り上り、笑みを浮かべているのが自分でもわかった。
ドクドクとビートを刻み続ける心臓の音を聞きながらシュウは右手を開いた状態で襲い掛かる。
蜥蜴人が攻撃を盾で受けた瞬間、盾は紙のように引き裂かれ、殆ど長さなど無いような爪はそれでも絶対的な鋭さを発揮、抵抗を感じることもなく、そのまま相手の肉体を切り裂いた。
飛び散る鮮血と、クルクルと宙を舞う片手曲刀。
「付与術式・火属性!」
空中を踊る曲刀を掴むと組み上げていた魔術を強引に付与。
刀身がうっすらと赤い光を帯びる。だが剣を掴んだ時には二体目の蜥蜴人は一刀の間合いにまで近づいていた。
「シャーーッ!」
上段からの斬撃。
対してシュウは下段からの切り上げで応戦。使っている武器は同じ。上段と下段からの攻撃では体重が威力に加算される上段が有利。
ザシュッ!!
だが火属性が付与されたシュウの片手曲刀は蜥蜴人の片手曲刀を半ばから切断。
赤い軌跡を宙に描き、その勢いのまま首を下から切り上げる。
切り離された首と胴の切断面が発火。
肉体が灼かれたことで血が流れることもなく、タンパク質が燃える不快な臭いが辺りに漂う。
「ちっ!」
だが始め二体は囮だった。
首を切り離された蜥蜴人の陰からもう一体が、迂回するようにして背後に回り込んでいた最後の一体が同時に攻撃を仕掛ける。
死角をついて同時に攻撃を仕掛ける技術もさることながら、敵を倒すために囮になる度胸も侮れない。
南米の蟻に巣や味方を守るため、自らを犠牲とする特性を持つ者がいるそうだがコイツ等はまさにそれだ。
蜥蜴人の集団戦闘の技量に内心毒づきながら、右の片手曲刀を逆手に持ち替える。
先程の火属性の付与術で刀身は表面が軽く融けた状態になっている。
保ったとしても後一刀。
とてもではないが防御には使えない。
ガキィィンッ!
腕を盾のようにして蜥蜴人の攻撃を受け止める。
鱗が浮き出た両腕は剣を一ミリも食い込ませず、ギチギチと音を立てた。
だが蜥蜴人も初めから攻撃を受け止められる可能性を考えていたのか、慌てることなく、次の攻撃に移る。
盾を使っての強打。
ガツンと強烈な衝撃が側頭部を強襲。
黒く硬化した皮膚のおかげで出血はない。だが衝撃は皮膚を貫通し、脳が激しく揺さぶられる。
酔いが回ったような酩酊感と強烈な嘔吐感。
歯を食いしばりこれらに耐えると、両腕を強振。
体勢を崩した蜥蜴人一体を逆手持ちの片手曲刀で下から真っ二つに両断。
切断面が発火、片手曲刀が限界を超え刀身部分が砕け散るのを視界の隅に捉えながら、高速で呪文を詠唱。
最後の蜥蜴人は体勢を戻しながら盾を構える。だが甘い。
攻撃魔法と判断したなら距離を取るのが最善策だ。
相手の悪手に黒い笑みを浮かべながら、魔法を発動。
蜥蜴人の周囲の地面が一斉に隆起。
次の瞬間、鋭い鏃をかたどったかと思うと二メートルを越える土の槍を形成。無数の槍が蜥蜴人を刺し貫いた。
悲鳴もなく蜥蜴人は絶命。無数の槍に貫かれ、体が宙に浮き、力なく頭を垂れた姿は十字架に磔られた罪人を連想させた。
柄だけになった片手曲刀を足元に捨てカランと乾いた音が広間に響く。
信じられないといった表情を浮かべる侯爵軍に視線を向け、シュウは再び襲いかかっていった。




