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天の杯~神の掌で踊れ~  作者: 雪ノ幸人
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第二十話 黒衣の剣士の実力

 正規の訓練を受けた騎士、その数五十。ステージ2のタイプ・オーガ一体、ステージ3のタイプ・オーガ二体。

 これが今回の反乱のためにラリニース侯爵家の用意した全戦力である。

 王都に魔物を囮として放ち、王国の最強戦力である近衛騎士を王城から誘い出した時点でラリニース侯爵の計画は八割型成功したと言っていい。

 冒険者が乱入してくるイレギュラーがあったものの、不安要素であった魔物の制御が効かなくなることも計画が露見することもなく、侯爵はこの反乱の成功を半ば確信していた。

 そう、『していた』のだ。

 彼は目の前で繰り広げられる戦いを見て生涯で最大の後悔をすることになった。

 転移実験として国内に侵入させた『鬼蜘蛛』を討伐したのが上級魔術師もしくはそれに準ずる者だと聞いたときに彼は具体的な手を打つべきだった。

 少なくとも相手の手札にあるそれへの何らかの対抗手段を用意していれば事態は違った結果になったかもしれない。

 だが彼は魔物を操れる最大の利点を過信し、準備を怠った。

 例え有利に事を進めようと最後の最後まで手を抜いてはいけない、これは異世界でも役立てるべき教訓である。



「盾だ、盾で受けろ!」

「隊列を保て!」

「近寄りすぎるな! 刀の」

「お、俺は味方、ぎゃあ!?」

「腕が! 俺の腕がぁぁぁ!?」


 騎士たちは二人一組で向かってくるがシュウは刀の最大の利点である速度を生かし堅実にかわしていく。

 戦闘が始まって二十分。五十対一の圧倒的な戦力差であるにもかかわらず、騎士たちはシュウに傷を与えることが出来ない。

 対してシュウの刀が振るわれる度、騎士たちの悲鳴が響き、腕が、足が、首が胴体と切り離され、宙を舞う。

 端から見ると銀色の軌跡が走ったようにしか見えない。


「ハアアアア!」


 上段からの剣戟を刀で受ける。更にそこからシュウは刀の反りを利用して衝撃を後ろに流す。

 刀は鋳型を利用した型抜きの剣と違い、幾つもの鋼を何度も鍛錬して造る。ゆえに刀剣類の中で刀はトップクラスの硬度を誇るが刀身自体が細いため、正面から相手の攻撃を受けることには向かない。そのため刀使いは敵の攻撃をかわす体術、敵の攻撃を捌く技術を用いる。


「シィ!」


 シュウは至近距離から刀を切り上げると相手の首を切り落とした。

 騎士は声もなく絶命。

 だが相手も熟練の剣士。

 仲間が斬られたことに動揺せず、刀を振りきったことでシュウに出来た間隙を突き、左右からの同時攻撃を仕掛ける。


 普通に防いだのでは片方の攻撃にしか対応できない。

 彼は内心で毒づくと、両手持ちだった刀から左手を離す。

 右手一本で右からの剣戟を防ぎ、左手で腰の剣帯から鞘を抜くと敵の剣を受け止める。

 同時に右足を踏み鳴らし、生じた振動を魔法によって増幅。

 相手の足下にピンポイント発動させた。


「!?」

「な!?」


 詠唱無く即興で発動させた魔法では大した威力は望めない。

 事実発動した振動魔法は普段であれば両足を広げれば耐えられる程度の効果しかない。だが鍔競りの状態で、体重がかかった足の地面に発動させたことで、騎士二人は見事に体勢を崩した。

 シュウはこの隙を逃さず、右の刀を押し込みながら強振。相手の胸元を切り裂き、血が舞うのを見ることもなく体を回転させ、その勢いでもう一人の騎士を一閃。

 そしてバックステップで距離を取った。

 二人の騎士は死んではいないものの胸元の深い裂傷でこれ以上の戦闘継続は困難に見える。

 息を整えようとしたのも束の間、騎士達を距離を取ったことで体色の赤いオーガの一体が彼めがけ突進してきた。

 右手には業物と思える戦斧。魔物が振り回すのは高価すぎる武器を使い、次々とシュウに攻撃を仕掛ける。オーガの腕力もあってその身に受けようものなら間違いなく挽き肉にされるであろう致死の一撃だ。だがシュウの顔に焦りは見られない。まるで先読みしているかのように体をひねり、身をかがめ、危なげなく攻撃をさばいていく。


「ガアアアア!!」


 苛立ちが限界を超えたのかオーガは今までより大きく戦斧を振りかぶると彼めがけて振り下ろした。シュウは半歩だけ横にずれ、攻撃の軌道を避けると戦斧が地面に振り下ろされるよりも早く宙に飛び上がった。


「ガア!?」


 振り下ろされた戦斧で床は砕け、いくつもの亀裂が部屋の端に向かうようにして伸びていく。だがいくら強力であろうとその身に受けなければ無意味。

 空中で体をひねり、シュウは自慢の一撃を躱され、無防備なオーガの頭に刀を突きいれる。


「ガアアアアアア!!!」


 痛みにのた打ち回るオーガ。だが元からの肉体の頑丈さによって、刀は先端の5センチほどが突き刺さっただけだ。だが次の瞬間、オーガの全身が痙攣したかと思えば膝から崩れるようにして地面に倒れこんだ。体の痙攣は続いているものの既にこと切れているのは誰の目にも明らかだった。

 シュウは油断なく刀を構えると次の相手に向かって駆け出して行った。




 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦



「……雷の魔法を体内で発動させたのですか……」


 シュウからは聞こえない位置にいるミリアリアがポツリと漏らした。彼の言葉を裏ずけるようにシュウの刀の刀身にはわずかに雷魔法特有の電気の火花が生じていた。


「信じらません。彼程の実力者が今まで無名だったなんて」

『言っただろう? あたいの折り紙つきだって』

「ですがこれ程の実力者だったとは思ってもいませんでした」


 あのガイラを倒したことから実力はあるとは思っていたがまさか数十人の騎士と魔物を相手にして互角以上の戦いを見せるなど想像もしていなかった。


「陛下……」

「うむ。まさかこれ程の実力を持つものが冒険者に興じておるなど」


 王もシュウの実力を目の当たりにし、言葉がない。


(下手をすれば『氷角の魔女』と呼ばれたジャンヌ以上。……いや、将軍のアーベルにすら匹敵する実力かもしれん)


 近衛の騎士たちも今まで行われていた戦いのレベルの高さに言葉を失っている。見事なまでな体術に優雅でありながら適確に相手を死に至らしめる恐るべき刀術、更に複数の魔法を併用してでの魔法戦闘。

 通常前衛が習得するのは身体強化や斬撃強化と言った己の肉体を強化する術や武器自体の切れ味を高めるものが一般的だ。だが前衛すべてが魔法を習得できるわけではない。実用レベルで魔法を行使できるのは才能があり、絶え間ない努力を積んだ一握りの者たちのみ。

 その基準で言えば、近衛騎士はエリート職である。

 近衛騎士の選定基準は身体強化の魔法を使えることであり、この場に居る者たちも全員が行使することが出来る。だが彼らを驚かせたのはシュウが身体強化の魔法を行使したことではない。


「信じられん。あの至近距離であれだけ魔法を使いこなすなど」


 身体強化の魔法は一度かけると効果が切れるまで自動的に発動し続ける。

 これによって近接戦闘の最中でも制御に意識を割く必要がないため、前衛職は好んで身体強化の魔法を使用する。だがシュウは刀を扱いながら属性効果の魔法や幻術・幻惑魔法、果ては振動魔法と言った制御し続けなければ発動できない魔法を難なく使いこなしている。

 剣と魔法。

 高度の集中が必要な事を同時に二つ行い、なお且つそれを成し遂げる。

 シュウの戦いは”体と精神が別々の動きをしている”ような、不気味さを騎士達にもたらしていた。




 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦




 騎士二十名、オーガ二体、戦闘開始から三十分でシュウはこれだけの被害をラリニース侯爵軍に与えていた。一人の人間が発生させた被害とすれば恐るべき数だ。たいしてシュウの側に目立った被害はない。多少の切り傷、擦り傷はあるがすでに回復魔法で治療済み。だが傷は治ろうとも消耗した体力までは誤魔化せない。シュウはかなり微妙なバランスの上に今の状況が成り立っているのを自覚していた。


(敵の戦力はあと半分。こっちは怪我自体はないがかなり体力を消耗しているうえに刀もガタが来はじめてる。……消耗戦が避けられないなら短期戦でケリをつける)


 刀を握る手に力を込め直し、攻撃を仕掛けようとしたところでシュウは侯爵に話しかけられ、足を止めた。


「―――驚いたな。まさかここまでの使い手だとは思っていなかったよ」


 侯爵の顔に映る表情は純粋な賞賛。

 自分の部下たちを次々と手に懸けた相手でありながら、その強さに侯爵は素直に賞賛を送りたかった。


「侯爵様に褒めていただけるとは俺の剣も捨てたもんじゃないらしいな」

「私に武術への先見はないがそれでも貴様の剣が生半可な鍛練でたどり着ける領域をはるかに超えているのは分かる。これ程の実力があると分かっていたのなら事前に自軍に引き込んでいただろうな」

「それは勿体ないことをした。ラリニース侯爵軍なら給金もかなりの額だろう?」

「無論だな。働きにはそれ相応の報酬を支払うのは貴族の義務だからな」


 気安い雰囲気で会話を交わしていく二人。

 そこには先ほどまで命のやり取りをしていたかのような空気はない。だがにこやかと表現するには互いの視線が厳しすぎた。


「ハハ、私は今回の計画を相当時間をかけて練ってきたのだが貴様のせいで大分変更せざるを得なくなったよ」


 シュウがこのような話に付き合っているの目的は体力の回復を図るためである。

 彼としては少しでも話を引き延ばせれば御の字だと考えていた。


「それは悪いことをしたな。申し訳ないが貴族の器量で見逃してくれるとありがたい」

「無理な事を。私も今回の計画には己の全てを賭けて望んでいるのだよ。少なくともそれなりの成果を上げなければ割に合わん」


 そう言って侯爵は自分の隣にいる息子に二・三言話しかけた。

 コルニエールは驚いた表情を浮かべたもののすぐに前へと視線を向けた。


「―――それで何をどう変更したんだ?」

「なに簡単だよ、最良の結果は望めないが最低限の結果を出すことにしただけだ」


 次の瞬間シュウが侯爵の言葉を訝しむよりも速く、残っていた最後のオーガが突進をかける。

 ……シュウではなくミリアリアたちに対して。


「な!? クソッ!」


 身体強化、能力解放、付与術式。

 出来る限りの強化(ブースト)をその身に施し、シュウは有らん限りの力でミリアリアたちに向かって地を駆けた。

 ―――間に合えッ!!―――

 全身の筋肉が軋み、悲鳴を上げる。だがシュウは足を動かすことを止めない。

 速度はオーガの数倍に達し、後から動き出してたのにもかかわらず、ミリアリアとオーガとの間に体をねじ込ませることに成功する。


「ぐ…があっ!」


 だが質量が違いすぎた。

 1トン近いオーガの突進は能力と魔法を全力で行使しても受け止めることは不可能だった。

 衝撃で肺が押しつぶされそうになり、息が出来ない。意識が飛ぶのを何とかこらえる。

 靴底で地面を削りながら、オーガとシュウは確実にミリアリア達に向かっていた。

 オーガを衝撃ごと背後に逸らしてしまえば受け止めることも可能だったかもしれないが、シュウが得意とする相手の攻撃を受け流す体術は背後にミリアリア達を庇っているために使えない。

 シュウは咄嗟に足を伝って地面へと受けた衝撃を逃そうとする。

 1トン近い物体の運動エネルギーをもろに受けとめた両足は凄まじい音を立て、膝の関節部分が折れた。


「あああああああああ!?」


 痛みに絶叫しながらもシュウは相手の突進を受け止め続ける。

 そしてミリアリアの鼻先でオーガとシュウはその動きを止めた。


「シュウ!?」

「黙っ…てろ…」


 ミリアリアの声に途切れ途切れで返答すると、シュウは受け止めるのに使っていた両の手を離し、左右の太腿のホルスターから刃渡り20センチ程の大ぶりなコンバットナイフを引き抜いた。

 そしてオーガの心臓めがけナイフを突き刺すと、残っていた魔力をすべて使って雷魔法を発動した。


「ガアアガガガガガガアアァァァ!?」


 オーガの全身が青白い火花に覆われ、地面に倒れるとそのまま絶命した。

 シュウの鼻腔を肉が焦げる特有の嫌な臭いで満たされ、無意識に眉を顰める。

 支えであったオーガを失い、シュウは後ろに倒れこむがミリアリアが抱きしめるようにして受け止めたために地面にぶつかることは免れた。


「シュウ、しっかりして下さい、シュウ!!」


 ミリアリアの悲鳴のような声を聴きながらもシュウは「う、あ」と言った呻き声のような言葉しか返せない。

 どうやらさっきの突進を受け止めた時に折れた肋骨が肺に刺さったようで喉元まで血がこみ上げてきた。何とか飲み下そうとするものの上手くいかず、激しく吐血。

 ミリアリアの悲鳴は更に大きなものに変わる。


「しっかり、シュウ!!」


 だがシュウはその声を聴いてはいない。

 彼が視線を向けると侯爵側の魔術師が横に並び、一斉に杖を構えるのが目に入った。


「ここまでだ冒険者よ。―――一斉攻撃。撃て!!」


 侯爵の合図の後、魔術師たちの杖から様々な色の光弾がシュウ達に向けて放たれる。

 火・水・風・土。

 一つの撃ち漏らしもなく、それらは全てシュウ達に襲いかかった。


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