第十九話 魂喰い
時間は少し遡る。
謁見の間で五年前の真実が語られていた時、シュウは全力で夜の王都を駆けていた。
「ねぇ、シュシュ」
「ん?」
「どうしてシュシュはあのお嬢様を助けようとするの?」
「何だ唐突に」
「だってシュシュって死ぬほど貴族嫌いじゃん? 俺の身内に関係なければ好きに殺し合え、とか言いそうじゃないカ?」
シュウは顔をしかめるが、事実なので何も言えなかった。
「今回のことをシュシュに話さなかったのも権力者同士の内乱なら興味ないんじゃないかと思ったからなんだよネ。まあ、『鬼蜘蛛』のときにシュシュを推薦したのはあたいだけど、その後もここまでシュシュが関わってくるとは予想してなかったんだヨ」
やっぱりコイツかと思わないでもなかったが、シュウは何も言わずに目の前を見据えていた。
「かと言ってあのお嬢様に惚れたってわけでも無さそうだからさ、あたいから言わせると今回のシュシュは何か不自然なんだよネ」
よく見てるなと心の中で考えつつ、彼女の疑問に答えるべく口を開いた。
「身内に関係ないなら興味ないってのは変わってないよ。でも最近考えることもある」
「何を?」
「俺はさ、戦うことに関してならそれこそ勇者だろうと戦術級の魔術師だろうと魔王だろうとやり合える自信がある」
「……」
アルゴはシュウのこの言葉を傲慢だとは思わなかった。
本人が望まなかったにせよ、強力な力を手に入れたシュウが現在この世界でも有数の実力者であると彼女は知っていた。
「でも同時に思うんだよ。俺が何とか出来るのは腕っぷしで解決できることだけなんだって」
『……』
「俺は力を手に入れたけど、人間だ。生きられてもせいぜい百年。だが亜人種族は俺達人間よりも長く生きる。短命と言われてる獣人だって百五十、エルフなんかの長命種なら数百年は普通に生きるんだ。そう考えると俺がしていることはその場しのぎにかならないんじゃないかってな」
『……だからなのカ?……』
「ん?」
『だから、あのお嬢様に手を貸しているのカ? 国に対して影響力を持っていて国自体を動かせるかもしれないかラ』
「……」
『確かにシュシュが死んだ後でも亜人たちを守るなら、国の方針自体を変えるしかないかもしれない。だけどさ、いくら何でも無茶じゃないカ?』
自分でも無茶であると十分承知している。
最高位の公爵であろうと所詮は貴族の一人。
国に対しての影響力などたかが知れている。
「でもこの国の王は完全ではないが亜人擁護派だ。それにあのお嬢様は亜人に味方しつつも国民からの人気も絶大だ。国のトップと有力貴族の両方が亜人に対して好意的なんてこの先あるか分からない偶然だぞ」
『確かにそうでもさ、元々亜人は人間より劣る存在って教わってきた奴らがそう簡単に考えを改めるなんてあたいには想像出来ないヨ。それにどんだけ時間がかかるって考えてんだヨ。それこそ何代もかかるぞ。それまで考えが変わらない保証はないじゃんカ』
「分かってるさ。俺も出来ることなら多少の犠牲を覚悟しても一代でやりたい。でもチャンスがあるんだ。賭けてみるのも悪くはないだろ?」
ネズミはシュウの頬を二回叩いた。
『でもヨ。それこそ、亜人差別がない国を一から作るつもりでもなきゃ。流石に無理だと思うヨ』
シュウはその答えに答えずに走るスピードを上げた。
すでに城は目と鼻の先だ。
「アルゴ、直接突っ込む、服の内側に隠れててくれ」
『はいヨ。気をつけてな』
ネズミが懐に入るのを確認すると一気に地を蹴った。
♦♢♦♢♦♢♦♢
「間に合ったみたいだな」
窓を割り、謁見の間に飛び込んだシュウは安堵の息を吐いた。
近衛騎士らしき二人が切り捨てられていることとやたら豪華な衣服に身を包んだ男が腕から血を流していることを除けば被害は少ないようだった。
「おい、なんて顔してやがる」
だがシュウの目の前でボロボロと涙を流す白髪の雇い主。
信じられないことに芯の強いこの少女が人目もはばからず、泣いていた。
「……う、う……し、シュウ……」
「どうした」
「ち、父が……」
不思議と涙は流れなかった筈なのにみミリアリアはシュウの顔を見た途端、堰を切ったように涙が止まらなくなった。
「おい、何があった?」
シュウは側にいた腕を怪我した男に問いかけた。
服装とその雰囲気からこの国の王であることは予想がついたが礼を尽くすつもりなど毛頭無かった。
「お、おい! お前この方は」
「いや、構わん」
「ですが」
近衛が止めるのに構わず王はシュウへと視線を向けた。
「ミリ―が言っていた『鬼蜘蛛』を倒した冒険者というのは君かね?」
シュウはミリーが一瞬誰のことを指しているのか分からなかったが、王の視線の先にいるミリアリアを見た。
「ああ、今回雇われた冒険者だ」
「儂は」
「察しはついてる。国王だろ?」
国の王だと分かってもぞんざいな態度を変えないシュウに国王は驚いた表情を浮かべ、近衛騎士たちはあまりの無礼に睨みつけるような視線を送った。
「それで、今どういう状況なんだ?」
国王は合ったことを大まかに説明した。
侯爵家の裏切り、マジックアイテムを使い魔物に王都を襲撃させたこと、その狙いが王位の簒奪後の戦争参加にあること、そしてミリアリアの父親が侯爵家の計略で命を落としたこと。
ほとんど予想した通りであったがミリアリアの父親が殺されたことと関係があるとは考えていなかった。
「……なるほどな」
シュウは話を聞き終わると、静かに前を見据えた。
五十名近くの騎士に三体のタイプ・オーガ。
そしてこちらを伺う数名の貴族とラリニース親子。
突然の乱入者によって状況を伺っていたことで、シュウが説明を聞いている間も手を出してくることはなかった。
「初めましてかな、ラリニース侯爵」
シュウの声だけが広間に響く。
「……貴様、何者だ? 王国の騎士では無いようだが……冒険者か?」
「ああ。エーデル公爵の雇われ冒険者だ」
「……冒険者に用はない。手を出さぬのな見逃してやる。さっさと去れ」
「そうもいかなくてね。契約の都合上、そこのお嬢様は助けさせてもらう」
侯爵は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが
すぐに普段の顔色に戻った。
「なかなか肝が据わっておるな。またはただの馬鹿か。しかし平民の出る幕ではない……構わん、殺せ」
それを合図に侯爵取り巻きの騎士が襲いかかってきた。
数は三。
実用重視の全身鎧に身を包み、剣を片手に距離を詰める。
「シュウ!」
ミリアリアの悲鳴のような心配する声も今はただのBGM。
シュウの意識は既に戦うことに向けられている。
後ろの者たちを巻き込まないために打って出る。
距離が三メートルにまで詰まったとき、シュウが先に仕掛けた。
「鎌鼬」
抜刀術を利用した風魔法。
一足の間合いでは避けることは不可能。刀から放たれた風の刃は先頭の騎士の右腕を綺麗に斬り飛ばした。
痛みのせいでわずかに相手の動きが止まるのを確認せず、左手で腰のホルスターからナイフを二本投擲。
狙うは首。
狙いが外れても相手に傷を負わせ易い胴体を狙うのは投擲術の基本だ。だが今回、鎧に包まれた胴体を狙うのは悪手。よって剥き出しの首めがけナイフを投擲した。
右腕を斬り飛ばされ、武器を失った騎士に防ぐ術はなく、投擲されたナイフの一本は深々と騎士の首元に突き刺さった。
騎士は糸が切れた人形のように全身から力が抜け、崩れ落ちる。
まず一人。
血の匂いが鼻につくが構わない。
もう一本のナイフは後ろに控えていた騎士の心臓に向かう。相手は鎧で防げてたにもかかわらず、これを咄嗟に剣で撃ち落としてしまった。
僅かな停滞によって生み出される時間。狙いは相手を倒すことではなく、魔法を使うための一瞬の間を作り出すことだ。
「幻夢」
足止めにあった騎士は関係ないと言わんばかりに至近距離から剣を振りかぶった。
その顔に浮かぶのは勝者特有の愉悦混じりの笑み。目の前の相手を自分が上回ったという愉悦の表情。
だが当然その剣は空を切った。
「!?」
慌てて周囲を見回すが姿を見つけられない。
自分の幻を囮にしたシュウは既に敵の背後に回り込んでいた。だがそれは幻を斬った騎士ではない。
一番後ろから迫っていた三人目の騎士だ。
身体強化魔法と能力使用による高速移動。相手は姿を目で追うことも出来ず、無防備に背中をさらしていた。
「ぎゃあ!?」
二人目。
全身鎧など関係ないとぱかりに背中から斬撃を浴びせ、騎士は訳も分からぬまま絶命する。
普段なら残りの騎士に攻勢をかけるところだがシュウはゆっくりと二人目の騎士に近づいていった。
相手があの幻を斬った時点で勝負は決まっていたのだ。
「な、何だこれは! 体が、体が動かん!?」
一歩ずつ近付いてくるシュウを何とかしようと体を動かそうとするが、その体はまるで縫いつけられてしまったように剣を振り切った格好のままピクリとも動かない。
「く、来るな! 来ない」
「でくれ」と聞くこともなく、シュウは刀を一閃。相手は沈黙し、そのまま後ろに倒れ込んだ。
剣を交えてからここまで三十秒も経っていない。信じられない撃破速度だった。
「……なるほど。腕は立つらしいな」
誰もが呆気にとられる中、侯爵は静かに呟いた。
「凄い……」
「これほどとは……」
ミリアリアも王もシュウの実力に驚きを隠せないでいた。
「これほどの実力者なら噂になってもおかしくはないはずだが……貴様、名前は?」
「シュウ。シュウ=ミヤモト」
「シュウ……やはり覚えはないな」
「ああ。アンタとは初対面だ。アンタの息子とは一度面識があるけどな」
シュウはそう言って意味ありげな視線をコルニエールに向けた。
「お前のような下賤な者など知らん!」
「酒場で俺に痛い目に遭わされたのをもう忘れたのか?」
コルニエールは一瞬訝しげな表情をしたものの、すぐに目を見開いて此方を指差した。
「お前、あの時の!?」
シュウはそれに答えず、視線を戻した。
「俺もアンタに聞きたいことがある」
「普段であれば分を弁えろと言いたいところだが、良かろう。私の配下の者を倒したことに免じて答えてやる」
「どうやって国内に魔物を引き込んだ?」
「貴様はすでに知っていると思うがな。港の『鬼蜘蛛』を倒したのは貴様であろう?」
シュウは無言で返した。
「我らが使ったのはあの短剣だ」
「嘘は止めてもらおうか。あれは幾つも使えるマジックアイテムじゃない」
これがシュウの疑問だった。
数体であるならともかく、少なく見積もっても数十体。
あれだけの魔物を転移させるのに必要な魔力は貴族といえども準備できるものではない。
「事実だ。我らはあれに必要な魔力を自前でまかなった」
「一体、どうやって……」
「知らずともしょうがない。この世には魔力を生み出す魔法もあるのだよ」
シュウはこのセリフに言葉を失った。
彼も同様の効果を生み出す魔法に心当たりがあった。彼が最も嫌悪し、消滅させたい魔法の一つ。だがあれを発動させるためには特定の材料が必要になるはずなのだ。
嘘だ。
そう考えたシュウの頭をよぎったのは数日前にエリナリーゼと交わした会話。
―――亜人街の住人が大勢いなくなった―――
「おい、まさか……」
「ほう。その様子だとあの魔法に心当たりがあるらしいな。あれは一応聖王国の極秘魔法のはずだが。―――――貴様が想像している通り、我らが使ったのは『魂喰い』だ」
「……あれを……」
「ん?」
「あれを使ったのかぁぁぁぁぁぁ!!!」
シュウの口から怒声が放たれる。
信じられないような声量にビリビリと部屋が悲鳴を上げた。
ミリアリアは自分の肌に感じる威圧と普段飄々としているシュウの人が変わったかのような剣幕に驚きを隠せないでいた。
「アンタ、あれがどんなものか知ってて使ったんだな!」
「口を慎めよ平民が。当然であろう、むしろ薄汚い血を我ら高貴なる血のために使うことが出来たのだ。感謝されたとしても非難される謂れは無いわ」
「どれだけの数の亜人を生贄に使った!?」
「いちいち数など数えておらんわ。」
「……この外道が……」
「家畜を殺すことが何故外道に繋がるのか分からんな」
ミリアリアはシュウの様子から相当危険な魔法が使われたという事は理解できたが、彼女の知識の中に該当する魔法はない。
「シュウ、どういう事ですか? 説明してください」
シュウは肩口から顔を向けると怒りを隠しきれない声音で言った。
「『魂喰い』ってのは、人の命を対価に魔力を増幅させる禁術だ! コイツは亜人街から攫ってきた亜人を生贄にして魔物を呼び出すのに必要な魔力を作り出したんだ!」
「「「な!?」」」
シュウの説明に誰しも言葉を失っていた。
事実だとすれば非人道的などという言葉で済ませられる問題ではない。
「侯爵、貴様!」
「黙っていただこう、陛下。この場において貴殿は無力。せいぜいすぐに殺されないよう息を潜めておくのだのな」
王はギリギリと歯を食いしばる。
握った拳はブルブルと震え、彼の怒りを表していた。
「それで貴様はどうするつもりだ?」
「どうするとは?」
「決まっておろう、私にまだ楯突く気があるのかということだ」
侯爵はチラリと斬り捨てられた元部下に視線を送った。
「貴様の腕がたつことは理解した。だが今の戦力差を覆せるとは思えん。どうだ? 私に付かんか? 可能な範囲で希望を叶えよう」
ミリアリアはすぐにシュウの顔を伺い見た。今の状況で彼に裏切られれば詰みだ。この場の全員が殺されることになるだろう。
「生憎だが依頼主を裏切らないのが冒険者のルールだ。それに……間違ってもアンタのような外道のもとで働きたいとは思わないな」
「……理解できんな。殺されると分かっていて、尚且つ挑むというのか……」
「アンタの基で働くなら、食いしん坊の公爵様の方がマシだ。少なくともアイツは民を愛してる。人間も亜人も関係なくな」
「……やはり理解できん。たかが亜人のために命を捨てるなど」
「俺とアンタじゃ価値観が違いすぎる。理解できるとは思わないし、理解されるとも思ってない」
シュウはそう言って刀を構えた。
「この国の未来のため、犠牲となれ冒険者よ」
侯爵が手で合図を出し、騎士たちが隊列を組む。
それに合わせコルニエールもマジックアイテムのオーブを使って魔物たちを操った。
一丁即発の空気の中、決戦の火蓋がが切られようとしていた。




