第十八話 語られる真実
「陛下!」
空気を切り裂くような悲鳴がその場に広がった。その声に慌てて振り向いた王は自分に迫る凶刃を目にした。
だが避けるにしても圧倒的に時間が不足していた。
「ぐっ」
それは偶然か、日頃の鍛錬のおかげか。
よろけるようにしてかわした剣は王の首ではなく、その腕を切り裂いていた。
「侯爵!」
見事な速度で近衛の一人が王と侯爵の間に割り込むと侯爵を弾き飛ばした。
「血迷ったか侯爵殿。陛下に剣を向けるなど!」
「やれやれ、外したか。年は取りたくないものだ」
配下の騎士に手を貸され、立ち上がる侯爵は近衛の言葉など聞いていないようだった。
「侯爵、これはどういうことだ……」
王は腕の傷を押さえ、苦しそうに呻いた。
王を守るように囲んだ近衛が傷を手当てするが、致命傷までとは言えなくとも肉が裂け骨が覗いている傷口は十分大きな傷だった。
「フン、見ての通りだ。……全員構えよ」
侯爵の言葉に従うようにして侯爵配下の騎士たちは剣を抜き、構えた。
「正気か? ラリニース侯爵よ。儂に剣を向けることがどういうことか分かっておるのであろうな」
「百も承知だ。今まで今日と言う日のために準備してきたのだからな」
「!? ではまさか、此度の事件は」
「いかにも。私が計画したものだ。全ては貴様を殺し、この国を正しい形に作り替えるためのな」
「正しい形だと?」
「そうだ。この国が魔族を討ち、大国として名を挙げる。そのためには貴様のような軟弱な王は必要ない!」
「何故分からぬ! 魔族を討ち、亜人を討ち、その先にあるのは人間同士で覇権を争う、血で血を洗う戦いであると! 大陸の情勢を見れば一目瞭然であろう!」
声を荒げる王に、それをまるで意にかえさない侯爵。
「それが何だ。大望の前に多少の犠牲は仕方なかろう」
「本気で言っておるのか? どれだけの者が犠牲になると思っておる。数万では足りんぞ。数十万、下手をすれば数百万単位の命が散ることになる」
「それこそ必要な犠牲だ。痛み無くして進歩はない」
「……そこまでして、大国になりたいのか。平穏こそが真の幸福であろうに」
王の言葉にほとんど反応を見せなかった侯爵であるがこの言葉には顔を赤くして反論した。
「どうしてそう平然としていられる! 大国がすべての国の併合に乗り出すのは時間の問題。他の国が魔族を討てば、間違いなく次に狙われるのは我らのような中小国家だ! 戦わずして敗れるなら、戦って散るべきだと何故分からん!」
「命を散らすのは我らではない。何の罪のない民たちだ。儂は国のためとあれば、いくらでも民を殺す選択をしよう。だがな必要がないのなら極力犠牲を出したくないのだ」
「国のトップに立つものがそのような事でどうするのだ! 王に必要なのはいかに効率良く民を殺し、国に利益をもたらすかであろう!」
そこまで話していると謁見の間の大きな扉が開き、豪華な礼服に身を包んだ男を先頭に二十人近い全身鎧で武装した騎士達が入って来た。
「な!?」
「馬鹿な、有り得ない……」
国王と近衛の者たちは騎士の後ろから突き従うように謁見の間に入ってきた存在に私は息をのんだ。
「鬼種!? バカな、魔物が人に従うわけが……」
最後に入ってきたのは三体の鬼種。
魔物たちは漏れ出た言葉通りに前を歩く騎士に襲いかかるでもなく、黙って騎士たちの後に続く。
魔物は人間を襲うものであり、この常識外の光景に誰しも言葉を失った。
「父上、王城内の反抗勢力の一掃終了しました」
先頭に立つコルニエールが片膝を突いた姿勢で臣下の礼を取ると騎士たちもそれに従った。
「よくやった。それで切り捨てた者たちは?」
「はっ。カーナギー侯爵を筆頭に貴族八名、護衛として残っていた部下、計二十五名。合わせて三十三名でございます」
よく見ると入ってきた騎士たちの鎧や魔物の身体には所々血が付着していた。
間違いなく戦闘の痕跡である。
「貴様まさか儂の臣たちを斬ったのか!?」
「いかにも。後々になって国王派であるあの者たちを残しておいても良いことは無いからな」
「許さん、許さんぞ、貴様!」
堅く拳を握り込み、血走った目で睨みつける王。
殺されたのは彼の忠臣と呼べる者たちばかり。
特に彼が幼い頃から苦楽を供にしてきた本当の意味での臣たちばかりだった。
ミリアリア悲痛な面もちで一度国王を見ると侯爵に視線をずらした。
「ラリニース侯爵、あなたの望みはなんでしょうか?」
「知れたことを。今回の反乱のただ一つの目的は王位の簒奪だ」
侯爵はこれで最後とばかりにミリアリアたちに今回の目的を語って聞かせた。
曰わく、レダ王女以外の王族を殺し、その後自分の息子と婚姻を結ばせることで王位の簒奪を狙ったこと。
先日の事件や城下の魔物は家宝とも呼べるマジックアイテムで魔物を操って行ったことなど。
そして最終目的は戦争で魔族を討ち大国へ名を連ねることだと。
「このマジックアイテムは我が家の蔵に死蔵されていたものでな。誰一人として使うことが出来なかったのだよ」
コルニエールは直径五センチほどの藍色の水晶を懐から取り出すと自分の前に突き出す。
「ところが年前に我が息子、コルニエールが偶然この水晶を用いて魔物を操ってみせた」
ランクの低い狼種であったが一頭の例外なく、水晶を持つコルニエールに頭を垂れたのだ。
彼はこのときこれは天啓だと感じた。魔物を意のままに操るなど神の業。
「儂は思った。光の神が私に国を導けとおっしゃられていると。ならば魔物を操るなどと言う神の御技、正しく使わねば神への冒涜であろう!」
饒舌に語る侯爵の姿は宗教の熱に侵されたような危うさを感じさせた。
対してミリアリアの心は冷たく冷えていった。
そんなことで国民の命が消えていくなど彼女には耐えられなかった。
「くだらない……」
「何?」
「くだらないと申し上げたのです。マジックアイテムを使って神様の真似事ですか? 大国になりたいというのもそうです。まるで国のためと言っておりますが、言葉の端々にあなたの虚栄心が見え隠れしています」
「黙れ、小娘が!」
「いいえ、黙りません。わたくしたち貴族は民のおかげで満足のいく生活が送れるのです。その民たちを犠牲にしてまで己の欲を満たそうなど貴族失格です。恥を知りなさい!」
ラリニース侯爵は憤怒で顔を歪めた。
怒鳴りつけようと口を開くと何かに気が付いたように動きを止める。
次に口を開いたときその顔には小さな笑みが浮かんでいた。
「流石だな」
「何を……」
「あの愚か者によく似ている。実の娘であるだけあるな」
「父の侮辱は許しませんよ!!」
「事実であろう? なんせあれほど庇っていた亜人に殺されたのだからな」
「!? 何故それを……」
エーデル公爵家はミリアリアの父が亜人に殺されたことを公表していない。
亜人との融和に無用な亀裂が入りかねないとミリアリアが公表しないように計らったのだ。
表向きは魔物に襲われ、崖から落ちたことによる転落死が原因とされていた。
「不思議か? 公表されていなかったエーデル公爵の死因を私が知っていることが」
「そんな! 情報は外に漏れないようにあれほど。エーデル公爵家の人間でなければ知っているはずがっ!?」
そこでミリアリアはあることに気がついた。
父の直接の死因は亜人に斬られたことだがその前に魔物のに襲われたことがそれを招いたのだと。
「まさか……」
襲ってきた魔物、公爵家の者しか知らない情報を知っている侯爵。
そして魔物を操れるマジックアイテム。
頭の中にあり得ない考えが浮かぶ。
「考えているとおりだよ。魔物を使い、亜人の盗賊団に貴様の父を襲撃させたのは私だ」
音が消えた。
「何とも目障りな男であったからな貴様の父は。高貴な貴族が薄汚い亜人に尻尾ふりおって。亜人との融和などこの私がさせるはず無かろう」
「侯爵、貴様ぁッ!」
王が侯爵を怒鳴り散らすがその言葉はミリアリアの耳には入らなかった。
足に力が入らず、その場に座り込む。
父を。父を殺したのがあの男。
奥歯を強く噛みしめる。
憎い。あの優しく、領民に慕われていた父が何故、死ななければならなかったのか。
亜人に殺されたと聞いたときにはまだ堪えられた。
『亜人との融和を説く限り命の危険はつきまとう。例え私がそれで命を落としたとしても彼らを恨まないでやってくれ』そう聞かされていたから。
だがあの男が父の仇。
視界が黒く染まり、胸の内からどす黒い感情がわき上がってくる。
優しかった父の姿と元気だった頃の母の姿が浮脳裏に浮かんだ。
そして次に浮かんだのは、
あの冒険者の顔だった。
貴族が嫌いだと言っていた時の彼の顔。
瞳の奥に暗い感情が浮かび、全身から剣呑な雰囲気を発していた。
初めて無意識に人をおぞましいと思った。
今の自分もあのときの彼のような顔をしているのだろうか?
そう考えるとあれほど荒々しかった心が不思議と落ち着いてくるのが分かった。
「ん? 父を殺されたと聞いたわりには落ち着いた顔をしているな」
「そう、ですね。先程までは気が狂いそうな程貴方が憎くてたまらなかったのですが、今は不思議と落ち着いています」
本能的に分かった。
今ここで怒りに感情を任せれば、自分は亜人たちも憎んでしまうと。
(それは、出来ませんッ)
死んだ父のため、自分を慕ってくれる領民たちのため、亜人を憎むことは出来なかった。
もし感情のままに振る舞ってしまえば二度と自分は亜人との融和など叫べなくなる。
父親の死を無駄にしないためにもそれは出来なかった。
「わたくしは貴方を憎みません。ですが許しもしません。貴方のためではなく、私のために。死んだ父のために。この国の法で貴方を裁かせます」
侯爵はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「小娘が一丁前のことを吐く。まあよい。貴様らにはここで死んで貰おう。コルニエールよ、魔物を使って」
侯爵が魔物を使うように指示しようとした瞬間、広間の二階の窓が大きな音を立てて破られる。
「なっ!?」
誰しも突然のことに言葉がない中、窓を破って入ってきた人影は音もなく静かに着地した。
「間に合ったか」
「……シュウ」
シュウは静かな笑みを浮かべていた。




