第十六話 青い閃光
『憩いの虎』店主エリナリーゼは亜人たちが逃げるのに手を貸していた。
「落ち着いて! 動けない人に手を貸してあげて!」
酷い状況だ。
エリナリーゼは心の中で呟く。
混乱の中を逃げまどう亜人たち。
目に見えている範囲だけでも幾つもの火災が発生している。
既に日は沈んでいるのに、その火によって照らされ、辺りは昼間のように明るかった。
(急がないと、負傷者が増える。もう、国の騎士たちは何をしているの!)
彼女が知る由もないが、この時近衛騎士や冒険者たちは人間が住む地区を中心に行動していた。
兵の数が限られるという事から、亜人のすむ地区は後回しにされたのだ。
幸運にも亜人街に入り込んでいる魔物の数は少なく、強力な個体もいなかったために亜人の冒険者だけで対応でき、被害はそれほど出ていなかった。
「エリナリーゼさん!」
「あっ、君達たしか、シュウくんの所の……」
「はい、教会出身の冒険者です!」
「手が足りないかと思って手伝いに……」
「二人とも油断するなよ」
彼女に向かってきたのは三人組の冒険者だった。
犬の獣人剣士にエルフの魔法使い、翼人の槍術士。
油断なく武器を構えた彼らは、周囲を警戒しつつ口を開いた。
「魔物は何体かここに来るまでに倒してきました」
「そう、助かるわ。私荒事は得意じゃないから、みんなに手を貸してあげて」
「「「はい!」」」
三人はそう言って周囲に散っていった。
傍から見ても彼らの練度はなかなかのものだった。
教会で暮らす子供たちは十五歳になると教会を出て、独立しなくてはいけない規則がある。
そのため、働き口を探さなければいけないのだがこれが難しい。
まず人間は亜人を奴隷のように扱う。
この時点で人間相手の職場は選択肢から外されてしまう。
残りは亜人街の商会に勤めるか冒険者として活動するしかないのだが、読み書き、計算が出来ないようでは商会に勤めるのは難しい。
よってほとんどは冒険者として生計を立てていたのだが、昨今は変わってきている。
原因はシュウである。
彼が教会で授業を行うことでほぼ全員が簡単な計算、読み書きが出来るようになったのだ。
異世界人の彼からすればその程度の計算は当たり前に出来る上に、召喚魔法陣を破壊する目的で放浪していたために複数の言語を扱える。
結果、教会出身の子供たちは人間の商人と比べても高い教養を持つようになり、教会出身の子供を欲しがる所が増えた。
また冒険者を志望するものにとっても元来の種族的な能力に加え、シュウが戦闘の手ほどきをしたために、人間のベテラン冒険者にも劣らない実力を持っている。
(これなら、しのげるかしら……)
しかし彼女の考えは容易く打ち砕かれる。
亜人街に入り込んでいる魔物は少ないと言ってもそれは地上の話。
空を自在に飛び回る相手には通用しない。
「!? 竜種接近!」
冒険者のうちの一人、黒い羽を持つ翼人が空から近づいてくる存在に気づき、大声で叫ぶ。
空中で立ち止まった飛竜の口の部分に魔力が集中するのを魔法使いのエルフだけが気が付いた。
「あれは!? いけない!」
竜種の様子から次の行動を察したエルフの少女は全員に集まるように指示を出すと高速で詠唱を開始、すぐに魔法を完成させた。
「風壁!」
四人―――亜人の冒険者+エリナリーゼ―――の前方に不可視の壁が発生すると全員を包み込んだ。
ほぼ同じタイミングで飛竜の口から莫大な熱量のブレスが吐き出される。
――轟――
ブレスは一瞬で到達すると、何もかもを焼き尽くす勢いで暴れ狂う。
それは正に炎の奔流。
極太の炎の束が彼女たちを焼き尽くさんと迫る。
そして、風の障壁と吹き荒れる炎は正面から衝突した。
「ぐ…う…」
急激に周囲の温度が上がり、熱風が頬撫でるがエルフは懸命に障壁を維持しようとする。
しかし風の壁の数か所から突き破ろうと炎が顔を出し、じりじりと押しこまれ始める。
彼女は全力で魔力を込めると、火のブレスは風の障壁と拮抗した。
「イリス、頑張ってくれ! もう少しだ!」
「イリスちゃん、頑張って!」
イリスと呼ばれたエルフの少女に周囲を気にする余裕はない。
全力で障壁を維持していて一切気が抜けないのである。
「う…う……もう…少し…」
徐々に炎の勢いが弱まり、ブレスが収まるかと誰もが思った。
しかし、
―――GAAAAAAAAAAAA!―――
自分のブレスを止められたことへの苛立ちかそれとも竜の誇りか。
国全体に響き渡るかと思えるほどの咆哮の後、口から巨大な炎を生み出し、弱まっていたブレスの勢いが
最初と比べても遜色ないほどに強まった。
「う、嘘…そんな……」
それは誰の呟きだったのか。
再度風の障壁と激突すると、障壁は一瞬にして押し込まれる。
イリスも応戦するがさっきまでの全力での魔法行使に加え、ここに来るまでに魔物相手に魔法を使った事もあってとてもではないが飛竜のブレスは防げそうにない。
「ダメ、破られる!」
イリスの悲鳴が夜の王都に木霊する。
だが沈黙を保っていた翼人の少年がこの時初めて口を開いた。
「イリス! 三秒だけ耐えて下さい!」
そう叫ぶ瞬時に魔法を完成させ、右手を勢いよく地面に叩きつけた。
目の前の地面が隆起し、巨大な土の壁が彼らの前に姿を現す。
同時にイリスの魔法も限界を迎え、風の障壁が消え去るが地面からせり上がった分厚い土の壁が彼らに襲いかかろうとしていた炎を遮った。
「ぐ…う……」
翼人の口から苦しげな声が漏れるがその壁は炎を見事に遮っていた。
やがて炎が収まると限界を迎えたのか黒く炭化した土の壁は根元から崩れ去った。
「ハア…ハア…」
荒く息をつく翼人の少年。
エルフの少女も彼の前で座り込むようにして荒い息を吐いている。
彼らの中に竜種のブレスを防ぎ切った事への満足感はない。
あるのは一時的に生き長らえたことへの安堵だけだ。
しかし、
「―――嘘だろ……」
振り返った獣人の少年の口から洩れたのは絶望的な声音。
その目に入ってきたのはブレスの余波で倒れこんだ住民たち。
防護魔法で威力を減衰させたと言っても魔法を扱えない者たちでは余波でさえ、その威力は致命的なものだった。
火傷や打撲などで苦しむ声を聴きながら…………目にしたのは再度ブレスを吐こうとする飛竜の姿だった。
「流石に次は防げないわ……」
「僕も魔力がもうカラだ」
三人とも彼らの先生と呼べる人物から最後まで諦めるなと教えを受けていたが今回ばかりは自分たちの死を覚悟した。
「ごめんなさい、エリナリーゼさん。私たちの力が足りないばっかりに……」
「いいのよ。竜種を相手にして一回生き残ったんだもの、大金星よ」
「ですが……」
「いいの……でも、死ぬ前にもう一度シュウ君に会いたかったかな……」
「僕もです」
「俺も」
「私も」
エリナリーゼは遠い昔に父に聞かされた話を思い出していた。
(良いか。いつ命を落とすか分からないのだから悔いは残すな。死ぬ間際になって後悔してもどうしようもないのだ。父も両親からそう聞かされたのだ)
彼女は今になって後悔していた。
もっと両親と話したかったと。
親孝行したかったと。
望まぬ婚約で家を出てきたためにどうしても故郷へ帰る踏ん切りがつかず、今日まで来てしまったがこんなことなら一度帰ればよかったと。
そして……
飛竜の口から再度ブレスが吐き出され、
るまえに飛竜の顔に幾つもの風の刃が突き刺さった。
―――――GYAAAAAAAAA!―――――
「え?」
横からの強烈な衝撃に体勢を崩した飛竜はそのまま建物が密集した地帯に落ちていった。
そして一拍遅れて彼らの目の前に黒いマントの男が着地した。
「無事か?」
「シュウくん!」
「シュウさん!?」
黒いマントの男―――――シュウは四人の無事を確認すると安堵の溜め息を吐いた。
「良かった。なんとか間に合ったか」
「シュウくんはどうしてここに?」
「今の戦力では飛竜に相当てこずるかと思ったんで、加勢に」
そういって言葉を切ると、シュウはエリナ以外の三人に顔を向けた。
「お前たち、よくやった。エリナさんをよく守ったな」
「あ、でも私たち」
「一回防ぐのが限界で」
「いや、あれはステージ3だが立派な竜種だ。そのブレスを防いだんだ、十分よくやったよ」
シュウが頭をなでてやると、二人は泣くのを堪えるように顔を歪ませた。
「レオもご苦労だっな」
「いえ、俺は何も……」
獣人の少年は何も役に立てなかった事を悔いるように唇を噛みしめた。
「お前は剣士なんだ、魔法が必要な場面で役に立てなくても自分を攻める必要はないぞ。むしろこの後、疲れきった二人をしっかり守ってやれよ」
「先生……はい!」
レオと呼ばれた少年顔に明るさを取り戻したのを確認し、シュウは小さく笑った。
それと同時に轟音を撒き散らして飛竜が建物の瓦礫の中から夜空へと舞い上がった。
「やっぱあれ位じゃ倒せないか」
「そんな……シュウさんの鎌鼬を食らって無傷なんて……」
エルフの少女の言葉通り、空中でホバリングする飛竜は所々鱗が煤で汚れているものの依然その体に傷跡は見えない。
「先生…どうするんですか? 先生は遠距離攻撃魔法は得意じゃないですよね。今の戦力と状況なら撤退するのが最善だと思いますけど……」
シュウは翼人の少年の冷静な分析に満足げに頷いた。
「いい分析だ。でも安心しろ、サイ。遠距離魔法だけが有効な攻撃手段じゃない」
そう言って竜種に向き直ると右足を前にして半身に構える。
右手は刀の柄に、左手は鞘に。
シュウの得意技、抜刀術の構え。
「俺の身内に手を出そうとしたんだ、後悔しろよ、トカゲ野郎」
シュウの言葉を理解したはずはないが、飛竜は怒りの咆哮をまき散らすと、ブレスを放った。
「鎌鼬ッ」
シュウも抜く手すら見せない高速抜刀で風の刃を五つ放つ。
風と火は二人の中間距離で激突、しかしすぐに火のブレスが風の刃を突き破る。
後ろで見ていた三人は慌ててシュウに視線を送るがその姿に焦りは見られない。
何より今抜いたばかりの刀が既に元の状態で腰に収まっている。
「鎌鼬ッ」
再び五つの風の刃、それがブレスと衝突するよりも速く刀が鞘に収まる。
「鎌鼬ッ」
抜刀、納刀。
「鎌鼬ッ」
抜刀、納刀。
「鎌鼬ッ」
抜刀、納刀。
抜刀、納刀。
抜刀、納刀。
抜刀、納刀。
火のブレスは抜刀を繰り返す毎に威力を弱め、シュウたちに届くことなく消滅した。
「すごい……」
誰もが信じられないものを見たような表情を浮かべる中、獣人の剣士レオは自分の師が見せた剣技に驚きが隠せない。
生み出される風の刃の威力もさることながら、驚くべきは寸分の狂いもなく繰り返される抜刀術。
天才の剣ではない。
ひたむきに基本を反復した者のみがたどり着く達人の剣。
彼は自分の師の本当の実力を初めて目の当たりにした気がした。
――――――GYAAAAAAAAA!――――――
飛竜は自分のブレスが通じないことを悟るとすぐにその巨体での接近戦に切り替える。
シュウは再び抜刀術の構え。
エルフで魔力感知に長けたイリスだけがシュウの体内の魔力が膨れ上がったのに気づいた。
(何? これ……)
彼女はシュウの魔力が徐々に刀へと移り、ギュッと押し込められるのを感じた。
「抜刀、『絶華』ッ!」
そして魔力が臨界に達するとシュウの刀が振り抜かれる。
三十メートル以上の距離があったにも関わらず青く長い光が竜種の首の部分を横一線に通過すると、その体を真っ二つに両断した。
彼らが目にしたのは首と胴の二つに分かれ、地に落ちていく飛竜とシュウが刀を振り切った姿だった。
そして何より目を引くのはその刀。
さっきまで一メートルほどだった刀身は五十メートルに届くのではないかと思えるほど長くなり、夜空に向かって伸びている。
正確に言うのであれば、元の長さの刀身の上から青い光が刀を形作っている。
闇夜に映える青い光が幻想的な雰囲気を作り出し、その場にいた者はしばしばその光に見とれた。
「ふぅ」
シュウが息を吐き出すとそれに合わせるようにして刀の青い部分が粒子となって辺りに溶け、元の刀に戻っていった。
刀を鞘に納める、カチンと音が響き、それを合図にして後ろの四人も我に返ったようだった。
「シ、シュウさん、今のは……」
「言っただろ。遠距離魔法だけが有効な攻撃手段じゃないって」
「でも何ですか今のは!?」
「『絶華』。俺のオリジナル魔法の一つだ」
「オリジナル魔法ですか。先生、あれはどういった魔法ですか? 俺には魔力が刀の形をしてるようにしか見えなかったんですけど……」
剣士であるレオは実体のない魔力がどうして飛竜を斬ることが出来たのか不思議でならなかった。
「そのまんまだよ。あれは魔力で作った刀だ」
「え、でも……」
「サイもレオも斬撃強化は扱えるだろ?」
二人は戸惑ったように顔を見合わせた後、頷き返す。
斬撃強化、正式名『¦付与術式・斬撃強化』。
剣や槍などの刃物の切れ味を上げる魔法であり、付与魔法の中でもポピュラーな魔法だ。
使用魔力も大したことがないので、魔法を使える前衛であれば必ずと言っていいほど習得している魔法である。
「じゃあ先生は刀に纏わせた斬撃を強化するのに用いる魔力をあの長さまで引き伸ばしたって事ですか? でもそれじゃあ切れ味が落ちますよね?」
「ああ。だから刀を抜く前に魔力を鞘の中で圧縮してから放つんだ。圧縮された魔力は元に戻ろうとするときに爆発的な威力を生み出す。それを刀の形に成形する。一刀分だけなら十分それで保つからな」
これには冒険者の三人は顔を見合わせた。
つまり、爆発寸前の臨界状態の魔力を刀の鞘に納めておき、抜く瞬間に爆発させて驚異的な威力を生み出しているのだ。
例えるなら爆弾を手に持って、その爆発を相手に向けているようなものだ。
一歩間違えれば鞘の内側から爆発して弾け飛ぶ可能性がある危険な技だ。
「シュウくん、魔法に無知な私でも危ないって分かるわよ……」
「ホントですよ、シュウさん……」
「僕も……」
「いや、でも流石先生です!」
獣人のレオ以外からジトっとした目を向けられて憮然とするシュウ。
そうしているうちに、建物などに身を隠していた亜人たちが続々と姿を現し始めていた。
「おい、あそこに倒れてるの竜の頭じゃねぇか?」
「何だあの切り口、おっかねぇほどきれいだぞ」
「私見たわ。青い光が走ったと思ったら竜の頭と体が別々になってたのよ」
次から次へと興奮状態で話す亜人たち。
当然、誰がやったのかと話があがり、それを聞いたエリナリーゼはシュウの手を取ると高く掲げた。
「みんな! ここにいる冒険者のシュウ君が竜を倒してくれたわ! 彼が私たちを救ってくれたのよ!」
「お、おい、エリナさん!?」
シュウが慌てて手を下ろそうとするが時すでに遅く、亜人たちは歓声を上げながらシュウを讃えた。
「うお~。ありがとうよ!!」
「アンタのおかげだ!」
「人間にも良い奴がいるじゃねぇか!」
「あの人知ってるわ。教会の人でしょ」
「子供たちと一緒によく買い物してるものね」
シュウはエリナリーゼを軽く睨むが、彼女は関係ないと微笑んでいた。
「あなたはそれだけの働きをしたのだから、きちんと評価されるべきだわ」
「いや、だけど……」
「目立ちたくないのは知ってるけど、あなたがこれだけの人を救って、感謝されているんだから、それは甘んじて受けるべきじゃない?」
にっこりと魅力的な笑顔で告げるエリナリーゼ。
何も言えなくなってしまったシュウは熱を持った頬を隠すように顔を逸らすと、亜人たちに顔を向けた。
「怪我をしている奴らに手を貸してくれ! それと、魔物はまだ残ってる。なるべく王城には近づかないように!」
大声で返事をして、動き始める亜人たちを尻目にシュウは三人の方に向き直った。
「俺はこのまま王城を見てくる。お前たちは回復したら、住民の護衛を務めてくれ」
そう言って腰のバックパックから回復薬を幾つか手渡す。
「分かりました。任せて下さい」
「俺もやります!」
「うげっ、これ苦いです……」
三者三様の反応に頬をゆるめてからシュウはエリナリーゼに視線を移した。
「後のこと、お願いします」
「任せて! だから……怪我には気をつけてね」
力強く頷き返す。
夜の王都での事件は後半戦を迎えていた。
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