第十五話 王都襲撃
話が大きく動きます。バトルが多めになるかな?
「ん?」
シュウの背中にゾクリと奇妙な感覚が通り抜けた。
夕食の準備中ということで一緒に台所に立っていた院長はいきなり手を止めた彼を訝しむ。
何だ今のは。
「シュウさん? どうしました?」
「あ、いや。背中に変な感じが……」
シュウも自分の背中に走る奇妙な感覚に戸惑っていたが彼の意識に子供の叫ぶような声が割り込んできた。
「シュウにぃ!」
「たいへんだよ!」
「おにいちゃん!」
「どうしたんだ? そんな声出して」
シュウに駆け寄ってきた子供たちは彼の服の裾を掴むと、必死に訴えかける。
彼らからは困惑が見てとれた。
「シュウにぃ! マリーが大変なんだ!」
「何だと?」
「ううん、マリーだけじゃない。他の獣人の子たちも様子が変なんだ」
「みんな、すわりこんでふるえてるの」
「シュウにぃ、なんとかして!」
子供たちのただならぬ様子から状況を察したシュウは、急いで子供たちが集まる部屋へ向かった。
そこには自分の尻尾を抱くようにして座り込み、ブルブルと震える獣人の子供たちの姿があった。
「お前たち、どうした? 気分が悪いのか?」
「わ、わかんない。でも何か嫌な感じがするの!」
シュウは座り込む子供たちに合わせ、しゃがみ込むとその顔色を見る。
全員震えてはいるものの、顔色がおかしな者は見あたらなかった。
だが彼はそこで気づいた。
怯えているのは誰もが獣人の中でも特に感覚の鋭い者たちだと。
(まさか……)
ある種の直感なようなものがシュウにはあった。
怯える子供たちを近くのシスターに任せ、急いで協会の外にでる。
夕暮れ特有の昼と夜が混じったような景色の中、祈るような気持ちで辺りを見回す。
彼の推測が正しければ、今王都は危機的状態だと言っていい。
「なっ!?」
いた。
その目に映ったのは悠然と空を飛ぶ飛行物体。
鋭くとがった牙に爪。
全身は鈍く光る鱗に包まれ、背中からは一対の翼。
大きな棘を生やした尾。
頭からは捻れ曲がり、鹿のように枝分かれした立派な角。
かなりの距離があるため、推測でしかないが、全長およそ十メートル。
その体躯を揺らし、悠然と空を舞うその姿は見た者に恐怖と威圧を与える。
「ドラゴン!?」
―――――GYAAAAAAAAA!―――――
彼の呟きに応じるかのように放たれた咆哮が夕暮れ時の王都に響く。
竜種。
魔物の中でも最高位に属する一角。
高硬度の鱗とキマイラ種を超える強力な魔法耐性。
並の戦士では倒すどころかその体を傷つけることすら出来ず、ブレスや咆哮などの特殊攻撃によって空中から一方的な蹂躙をするその姿は空の王者。
過去には竜の群に滅ぼされた国もある。
また上位のドラゴン種には人語を理解するほど知能の高い者もおり、極めて危険な魔物である。
シュウはすぐに教会の中に戻り、自分の部屋まで走ると、愛用の隠蔽効果を持った黒色のマントと刀を掴む。
異変を感じ取ったのか彼を見つけ、近づいてくる院長の顔には困惑が見て取れた。
「シュウさん、これは一体……」
「院長、すまないが説明してる時間がない。急いで子供たちと他のシスターを連れて地下室に入ってくれ。国内に魔物が入り込んでる」
院長は目を見開いてシュウの顔を見るが、そこには冗談や悪ふざけといった色はない。
彼女はすぐにきびすを返すと、周囲の者たちに指示を飛ばしていく。
「急いで子供たちを地下室へ! 荷物はいりません。年長組は年少組に手を貸して! 小さな子を優先に! 全員入れるスペースはあります。落ち着いて行動しなさい!」
あらかた指示を出し終わると、院長はシュウに向き直った。
「シュウさん、あなたはどうするのです?」
「俺はこのまま魔物の討伐に行きます。夕方のこの時間帯だと動ける冒険者は限られますから。戦力が多いに越したことはありません」
「でも国王直属の近衛隊も貴族の騎士たちもいるのでしょう? 何もあなたが出なくても……」
シュウは国内が手薄であることを教えるかどうか迷ったが、最悪の状態を想定しておくべきと考え、口を開いた。
「……近衛隊は今、任務でほとんど王都に残っていません。残された騎士達だけで空を舞う竜種を倒すのも不可能でしょう」
「そんな……では……」
「はい、竜種を倒せなければ王都が壊滅します」
院長は彼の言葉に絶句した。
古今東西、制空権を握る事は戦争・紛争に限らず、大きなアドバンテージとなる。
遮蔽物のない空からの一方的な攻撃。
魔法を用いたとしてもその差は一向に埋まるものではなく、相手が竜種となれば有効な攻撃を当てることすらままならない。
騎乗用の竜を使った竜騎士でもいれば変わったかもしれないが、アルメダ王国にはそのような航空戦力はなく、また竜騎士を所有しているのも例外を除けばリヒテン皇国だけだ。
「院長。この教会には俺が防壁用の結界魔法を施してあります。たとえ竜種でもそう簡単に破られないはずですが、地下室からは出ないようにしてください」
「わかりました。シュウさんあなたも十分気を付けてください。あなたの方がよっぽど危険ですから」
院長の言葉に手を振って答えたシュウは二階に窓から外に出ると、壁を伝って教会の屋根に上る。
「……酷い……」
すでに町はあちこちで火が上がり、人々の悲鳴が響いている。
倒壊した家屋も十や二十ではすまない数になり、空へと登って行く黒煙が事態の深刻さを物語っていた。
竜種は空を飛びつつ、時折ブレスや突進などで建物や住民たちを次々と破壊していく。
シュウは魔法の行使に集中する。
今必要なのは無暗に突っ込むことではなく、状況を冷静に判断することだ
落ち着け。
そう自分に言い聞かせた。
「――――解放――――ディテクト」
感知魔法を発動。
シュウの脳内には三次元映像のように町の様子が映し出される。
焦るな。
焦るな。
落ち着け。
自分を理性で抑え込み、街全体を俯瞰する。
一般的に知られていないが感知魔法は自分から距離が離れるほど入手できる情報量も少なくなる。
近くであれば立体的に把握できる映像も距離が離れると体温や気配を察知するので精一杯というのが普通だ。
シュウが平常時に感知出来る限界範囲は自分を中心としたおよそ半径五〇メートル。
これは一般的な魔法使いと大差なく、近接格闘を主体として魔法を補助的に扱う戦士としては驚くほど広いと言える。
だが今のシュウは自分を起点とした半径2キロを感知範囲としていた。
自分の魔法に解放した分の能力をつぎ込み、一気にその感知範囲を広げたのである。
そして強化された視覚・聴覚・嗅覚。
今の彼はどんな動物よりも鋭い感覚器官を持ち、普通の人間では感じることが出来ないことまで詳細に把握していた。
(ドラゴン種一体、オーガ種二体。どれもおそらくステージ3。他にステージ2までの魔物が多数……匂いから判断して竜種はおそらく飛竜種……オーガ種は2メートルクラスか……)
敵の戦力を把握すると、すぐに行動に移る。
建物の屋根に飛び移りながら、感知対象を住民に絞る。
多い。
ほとんどが未だに避難できていない。
中には既にこと切れている者たちもいるようである。
シュウは避難がままならない状況に唇を噛み締める。
竜種に恐怖を感じ、避難誘導を行う騎士たちの行動が遅々として進まないというのもあるが、それ以上に住民たちがパニックに陥っているのが大きい。
「全員、東門に向かって避難しろ! 魔物は国の中央から来てる! 東に向かえば遭遇しない!」
屋根の上を走りながら周囲に声を飛ばす。
彼の存在に気づき、指示を聞いた住民たちが次々と周囲の者たちにそれを伝える。
弱冠ではあるが避難スピードが上がったことを確認し、シュウはそのまま竜種のいる方向に全速力を進んでいった。
♦♢♦♢♦♢♦
「た、大変です!」
「無礼者! 陛下の御前だぞ!」
会議中の部屋に大声で飛び込んできた若い騎士に各貴族からの鋭い叱責が飛んだ。
しかし若い騎士はそのまま膝をつくと話し始めた。
「も、申し上げます! 城下に複数体の魔物が出現! 防衛担当の者から至急、救援要請が来ています!」
貴族たちは行動を改めない無礼な騎士に更に罵声を浴びせようとしていたが、報告を聞き一瞬にして静まり返った。
「な、なんと申した?」
「魔物じゃと?」
「馬鹿な! 結界は!?」
それらの声を呼び水にして動き出す貴族達。
「騒ぐでない! 魔物の出現それは確かなのだな?」
アルメダ国王はざわめきだす貴族に一喝すると情報を求め、膝をつく騎士に問いかけた。
「はい! 少なくとも数十体の魔物を確認しています」
「す、数十体!?」
「いかんぞ。近衛騎士がいない今、それだけの魔物に対応できるか?」
「すぐに各貴族の私兵を対応に当たらせろ!」
貴族たちの行動は素早かった。
次々に指示を出していき、魔物の王都襲撃に対処しようとする。
しかし続く騎士の言葉にその手を止めざるを得なかった。
「ですが……」
「まだ何かあるのか。申してみよ」
「は、はっ!未確認ではありますが……り、竜種を確認したとの報告が……」
会議室は再度凍りついた。
複数体の魔物の襲撃だけでも手に余るのに、最強種の一つである竜種が確認されたと聞かされたのだ。無理もない。
「竜種!?」
「それは国内の戦力で対応できるか?」
「無茶を言うな! 無理に決まっておるだろう!」
「騒ぐな!」
王の一喝によって、熱を帯びていた会議室は一瞬で冷静さを取り戻した。
「―――大臣、冒険者ギルドへ急ぎ緊急依頼を出してくれ。内容は王都の魔物討伐。討伐の有無に関わらず、報酬を出すとな」
「陛下! 我ら高貴な血筋の者が冒険者を頼るなどなりませぬ」
「黙れ! そのような事を言っている時ではないわ! 魔物を倒せなければ、国が滅ぶのだぞ!」
王の怒鳴り声に身を縮ませた貴族を一睨みすると、大臣の方に顔を向けた。
「では、陛下」
「うむ。冒険者に魔物の相手をしてもらう。その分余剰の戦力を竜種にあてる。騎士は全員で竜種を討伐せよ! 近衛も全員出せ」
「しかし、陛下、それでは城の警備が薄くなります。万一のことを考えますとそれでは……」
控えめに反論をした大臣に思わぬ所から救いの手があった。
「ならば私の私兵を此方によこしましょう」
「ラリニース侯爵?」
「恥ずかしながら、私の私兵では近衛騎士に劣りまするが、強力な戦力を竜種にあてた方が良いでしょう。それに城の結界もあります。五十人も騎士がおれば何も問題ないかと」
普段反王派とは言わないまでも、亜人を積極利用する王をよく思っていないはずの侯爵から助け船が出されたことに戸惑う大臣。
だが特におかしな事も無かったためにその案を受け入れた。
「分かりました。しかし何人か万が一に備えて近衛を数人残しておきまする」
「うむ。では解散だ。各自対処に当たれ!」
足早に出て行く貴族たち。
城下に兵を差し向ける者、国民に避難の指示を出す者、医療班の手配をする者各自が与えられた命令を忠実に勤めていた。
「ラリニース侯爵すまんな」
「いえ、お気になさらず」
軽く頭を下げる侯爵の顔を誰もこの時見ることは出来なかった。
「エーデル公爵、今回の事態どう考える?」
安全のため、部屋を移ろうと廊下に出たところでミリアリアは王に話しかけられた。
「先日の事件の続きかと、しかし竜種まで出てくるとは想定外でした」
王は静かに頷くと黙り込み、目的の部屋の扉を開いた。
部屋はかなりの広さで、数百人規模の人間が入れる余裕があった。
中には赤い絨毯が敷かれ、豪奢な玉座だけが唯一の家具として部屋の中に存在していた。
ここは謁見の間と呼ばれ、他国の使者などを迎え入れるのに使われる儀礼用の部屋だ。
そのため、この部屋に施されている結界魔法の強度は城全体にかけているものよりも強固に展開されている。
そこにラリニース侯爵家の騎士が入ってきた。
しかし国王はそこで違和感を覚えた。
入ってきた騎士の数が彼の報告より少なかったのだ。
「ラリニース侯爵、騎士の数が少ないようだが……」
「はい、少々予定がありまして。後から息子が率いた別働隊と合流することになっております」
そこに騎士団の一人が近づいてきた。
侯爵は騎士が持ってきた剣と装備を身に着けると厳かに一礼した。
「陛下、ここは我々がおりますゆえご安心を」
「そうか、では任せるぞ」
王はそう言って玉座に座ろうと侯爵に背を向けた。
すると侯爵が腰の剣を抜いたのだ。
王の周囲の近衛がおかしいと思うよりも早く、公爵は次の行動に移っていた。
「愚かな王に天の裁きを!」
「侯爵殿!? 何をされる!」
騎士たちの絶叫もむなしく、ラリニース侯爵の剣は慌てて振り返った王の体に吸い込まれていった。
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