第十四話 聖女の才能はおやつの時間に発揮される
多くの高貴な者たちが暮らすアルメダ王国西部。
その屋敷の一室に男たちが集まっていた。
男たちは丸いテーブルを囲むようにして真剣に話し合っていた。
「それで、首尾はどうなっている?」
「ああ、順調だ。レベル的にバラつきはあるが、タイプ・ドラゴン、タイプ・オーガを含めた魔物数十体、いつでも例のマジックアイテムで呼び出せるぞ。」
「ほう。流石だな。この短期間でよくそれだけ準備できたものだ」
報告書を手に話し終えた男に向かって、正面に座っていた男が純粋な賞賛を投げかける。だが報告書を手に持った男は顔歪めた。
「何人もの得難い部下を失ったのだ。これで結果が出なければ、奴らに顔向け出来ん」
「必要な犠牲だよ。今の腐ったこの国が生まれ変わるためのな」
「それよりも例のマジックアイテムは使えるんだろうな。あれが無くては今回の計画全てが台無しだ」
報告書の男は自分の隣に腰掛ける上座の男に視線を向けた。
「心配するな。息子ともうまく適合しておる。最後に使ったのは五年前だが問題なく使用できるだろう」
「それならいいが。くれぐれも気をつけておいてくれ」
報告書の男はその言葉に満足したのか視線を正面に戻した。
「それでマジックアイテムに必要な魔力はどうするのだ?」
「例の術式を使う」
「教国から提供された例の……しかし、信用できるのか?」
「問題ない。奴らも一枚岩ではないからな、我らに協力しているのは反皇女派だ」
「皇女派と言いますと例の勇者召喚に成功したという……」
「何者かが細工した召喚魔法陣を無理矢理起動させたそうだ。そのせいで魔法陣は二度と使い物にならないらしいがな。」
「勇者というと異世界人と噂の……」
「本当の所はどうか知らん。だが強力な魔術を扱う上に神の加護を得ているそうだ。反皇女派からすれば、目の上のたんこぶであろうよ」
その言葉に何人もが納得の表情を浮かべる。
「帝国でも此度勇者召喚に成功したそうですからな。我らも早くせねば、出遅れてしまいます」
「分かっておる。魔族討伐、なんとしても我らの手で行わなければならん。魔王を討った国が次の世代の大陸の覇者となる。我らの国が大国となるためにも他の国に功績は譲らんさ」
上座の男はそこで言葉を切ると一転、苦々しい表情を作った。
「例の『鬼蜘蛛』がこれほど早く倒されるのは想定外だったがな……」
「全くだ。何処のどいつかは知らんが余計なことをしてくれたものだ」
「誰がやったのか分からんのか?」
「うむ。だがだいたいの予想はつくがな……」
「……あの女か。全く見てくれだけはいいのだから、大人しくしていればいいものぉ……」
「最高位の貴族でありながら、賤しい亜人に媚びを売りおって。流石はあの軟弱者の娘じゃな」
「あの男も亜人との融和などふざけたことをぬかしておったからな。天罰が下ったのだろうよ」
「ホホ、違いない」
「確かに違いないな」
全員が小さく笑い声をあげる。
とても笑える内容ではなかったが当の本人たちは本当に可笑しそうに笑っていた。
「それでいつ決行するのだ?あまり遅いと近衛共が戻って来るぞ」
「今日、近衛隊に紛れさせた者から連絡が来た。近衛隊は後10日は戻らん。計画の決行は予定通り5日後とする」
「賛成ですな。流石に近衛に加えて剣姫がいたのでは計画が失敗する恐れもありますからな」
全員で了承の意味で互いの顔を確認し合う。
「5日後だ。五日後に愚鈍な王を殺し、この国は生まれ変わるのだ」
誰かが漏らした言葉にその場の全員が頷いた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦
「こ、これは……」
少女は目の前に広がる光景に戦慄した。
相対するのは小麦色の巨大な怪物。
まん丸なフォルムがいくつも積み重なり、ご丁寧に頭からは透明色の液体が見受けられる。
あまりの敵の強大さにカラカラに乾いた喉に唾液を送ろうと生唾を飲み込む。
相応の被害を覚悟しなくてはこの怪物は倒せない、正しい選択をするのであればここは撤退すべきだ。
少なくとも日を改める必要がある。
我が軍はここに来るまでに二体の怪物を打倒している。
士気は最高潮にあるものの、自軍への被害を考えるのであればこれ以上の戦闘は避けるべきだ。
しかし本能がこの怪物を征服したいと彼女に語りかける。
本能を揺さぶるような甘い誘惑。
彼女は警鐘を鳴らす理性を押さえ込み、その手に剣と矛を持った。
男には逃げてはいけないときがあるそうだが、女とて立ち向かわなくてはいけないときがある。
「いざ」
彼女は左手の矛を怪物の胴に突き刺した。
柔らかい。
ほとんど抵抗を感じさせずに根本近くまで矛は突き刺さる。
すぐさま敵の息の根を止めようと右の剣で怪物を切り裂いた。
殆ど抵抗もなく彼女は怪物に致命傷を与えた。
そこで彼女は不安感に襲われた。
簡単すぎる……何か見落としがあるのでは?
しかしいくら確認しようとおかしなところは見受けられず、そして間違いなく目の前の怪物は至上最高の気配を発している。
それにしてもあっけない。
彼女は肩透かしを食らった気分だった。
だが指揮官に遅れは許されない。少しの判断ミスが戦いを敗北へと導くのだ。
とどめを刺そうと怪物に牙を突き立てたところで彼女は鼻から頭にかけてガツンと強烈な衝撃を受け、呻いた。
やはり敵は強大だ。これほどの衝撃を自分に感じさせるなど並みの輩ではない。
再度敵に手傷を負わせようとするが、先程の頭を蕩けさせるような甘い痺れで体が言うことを聞かない。
―――――まずい、このままでは!―――――
なんとしてでも生きて帰るのだ。
必死に力を振り絞り、立ち上がろうと……
「何固まってんだ?」
「いえ、お気になさらず」
そこで少女、ミリアリア=エーデルは意識を取り戻した。
「変なものでも入ってたか?」
「いえ、大変おいしいと思います」
美味しすぎるくらいにと心の中で一人ごちる。
「そうか、お代わりするなら早めにな。チビたちが全部食っちまうぞ」
「シュウにぃ、おかわり!」
「わたしも!」
「ぼくも!」
シュウは彼の前に突き出される子供たちの皿に一枚ずつ小麦色の怪物―――パンケーキ―――を乗せた。
「院長ももう一枚どうですか?」
「ええ、いただきます」
普段、粗食と言っても差し支えない院長だがこの時ばかりはこれでもかというほど食べている。
「シュウさん私にも!」
「こっちにもお願いします!」
いつもは神に仕える者として相応しい態度を見せる修道女たちだが毎度毎度この時間だけは違うようだった。
ミリアリアの苦虫を噛み潰したような表情が気になるところではあるが、彼女も子供たちに負けず劣らず食べている。
何歳になっても女性が甘い物が好きだというのは本当らしい。
「うう…カロリーが…しかし本当に美味しいです。教会の子供たちはこんなに美味しい物をいつも食べているのですか?」
「はい。シュウさんが二・三日に一回お菓子を作ってくれるますので。子供たちは勿論、私や他の修道女たちも大変楽しみにしているのですよ」
初めは貴族が同席することに緊張していた大人たちだが、ミリアリアの美しさと親しみやすさに今ではすっかり警戒を解いている。
先程まではあまりの警戒度の高さに殆ど全ての修道女―――――院長を含めた―――――にお茶の時間を欠席するか尋ねたのだが誰一人として首を縦に振らなかった。
甘い物には魔力があると言うが本当だったのかと戦慄したのはシュウの秘密である。
「シュウ、私に雇われませんか?」
「……いや、アンタすでに俺の雇い主だろ」
先日も聞いたセリフだがミリアリアの目に宿る力が先日とは比べ物にならないことにシュウは触れなかった。
「いえ、冒険者でなく専属の菓子職人としてです。この味なら月に金貨十枚出しても良いです」
「……」
金貨十枚と言えばAランク冒険者でもなければ稼げる額ではない。
間違っても菓子に払う金額ではなかった。
「シュウ、雇われましょう。こんなに美味しい物を放っておくなんて私には出来ません」
「い、いやなんか落ち着け、な?」
マジだ。つうか目がヤバい。
「なに言ってるんですか。私は冷静です」
「いや、冷静じゃないだろ! 目がおかしい! てかにじり寄ってくんな!」
熱に侵されたように顔を上気させ、にじり寄ってくるミリアリア。
そこに『聖女』と呼ばれた神々しさはない。あるのは人間の本能的な欲求、食欲―――――甘味欲と言うべきか?―――――だけだ。
「シュウにぃ取っちゃだめ!」
シュウとミリアリアのあいたに割り込んだのは兎の獣人の女の子だった。
白く長い耳をピンと張りつめさせている。
「小娘、私の前に立つなど分を弁えなさい!」
「シュウにぃはあげない!」
アンタ『聖女』だろ! と内心つっこんでいた。
十歳に満たない子供相手に大人げなさすぎる。
「シュウにぃは渡さないもん。だって……」
シュウが兎耳の天使に感謝の意を表せたのはここまでだった。
「シュウにぃ居なくなったら、チーズケーキが食べられなくなっちゃうもん!」
終わったと天を仰いだシュウを誰が攻められるだろうか。
「チーズケーキ? それは一体何ですか?」
「えっとね、チーズを使ったケーキなの。食べるとチーズの香りがぶわーっときてすごく美味しいんだよ! 私あれがいちばん好き!」
「ケーキにチーズを合わせるなんて…ああ、しかしそれは」
何か苦悩する表情を浮かべるミリアリア。間違いなくチーズケーキを頭の中に思い浮かべているのだろうと簡単に予想できた。
しかしシュウの不幸はそこで終わらない。
「なに言ってんだよ。シュウにぃが作ったお菓子ならオレンジのクッキーが一番だよ!」
「オレンジのクッキー? それは生地にオレンジを混ぜ込んであるのですか?」
「それだけじゃないよ! オレンジの絞り汁と牛の乳だけで作ってあるから香りが凄いんだ! 俺犬の獣人だからあの香りがたまらないんだぁ」
犬が柑橘系の香りを好んでどうすると思わないではないが今は些細なことだ。
「私はあれが好きですね。マーブル模様のケーキ」
「あ、院長私も好きです!」
「私も!」
「私も!」
手を挙げたのは教会の中でも年長者に分類される者たちや修道女たちだった。
特別な木の実を混ぜ合わせて作ったマーブルケーキは大人向けに甘さを控え、苦みを加えた一品だ。
苦労した甲斐あって彼女たちの心をガッチリ掴んでいるようだった。
「も、もう我慢なりません。シュウ、私に甘味を!」
「い、いや、だから落ち着け、な?」
「子供たちよ!」
ミリアリアはシュウの言葉を無視するとシュウに背中を向け、手を掲げ、子供たちの視線を集めた。
「私はあなたたちと仲良くなりたいのです。そのためには甘味が必要だと思いませんか?」
「思う!」
「私も!」
次々と拳を掲げる子供たち。
ミリアリアがスッと手を挙げるとその喧噪は嘘のように消え去る。
「美味しい物は亜人、人間関係なく分かち合う。それこそ理想だと思いませんか?」
「思う!」
「一緒に食べた方が美味しいもん!」
再びの喧噪と、スッと上がるミリアリアの手。
またしても一瞬にして沈黙がその場を支配した。
一挙手一投足で見る者を惹きつける、人の上に立つ人間として最も必要な才能を彼女はこの時いかんなく発揮していた。
「では私と供に理想(お菓子)を目指しませんか?」
「で、でも、あんまり食べると夕ごはん食べられなくなっちゃう」
心配そうに口を開いたのはエルフの少女だった。名前をアンリといい、幼いながらも周りのことを考えて動けるしっかり者だ。
シュウの食事作りを何度も手伝っている。
ミリアリアは膝を押り、少女と目線の高さを合わせると金の髪を優しく撫でた。
「心配しなくて良いのですよ。あなたのお兄さんはそんな事で怒る方ですか?」
「ううん、シュウにぃはいつも優しいよ」
「そうでしょう。彼はそんな小さな人間ではありません。あなたたちの味方なのです、人間としての器も他の方と比べられないほど大きなものに違いありません」
目を輝かせ、シュウに尊敬の眼差しを向けるアンリ。他の子供たちもミリアリアの話を聞いたせいか、似たような眼差しを向けてくる。
……何故だろう、こちらに背を向けているはずのミリアリアから半端じゃないプレッシャーを感じる。
「あなた、お名前は?」
「アンリ」
「良いお名前です。ではアンリさん、たまにはワガママを言ってみたくはありませんか?」
「えっ、でも……」
「殿方が女性のワガママを叶えるというのは一種のステータスなのです」
「えっ、そうなの?」
「そうなのです。どんなワガママでも難なく叶えてしまう男性、そんな男性は女性から見ればどうですか?」
「カッコいいよ!」
「ええ、ですからたまにワガママを言うのも良い女の条件なのです。しかし甘えてばかりではいけません。相手が優れた殿方であるなら貴方もそれにふさわしい態度で接しなければなりません」
「私もっとお手伝いがんばる!」
「私も!」
「あたしも!」
そんな子供たちにミリアリアが向けるのは柔らかな微笑み。聖母と呼ぶのが相応しく、見た者を包み込み、癒すであろう慈愛の笑み。
種族を問わず、通じるカリスマ。一連の出来事でシュウはミリアリアが統治者として類い希なる才能を持っていることを認識した。
しかし考えてみて欲しい。彼女が実力を発揮したのは政治の場ではなく、古びた教会の一室だ。
――――――才能の無駄遣いだろうが!――――――
シュウは声を大にして言いたかった。
「はあぁ」
この後どうなるかは語るまでもなかった。




