第十三話 白と黒
「すいません。このような物しかありませんが」
「いえ、ありがとうございます」
院長が淹れた紅茶をミリアリアは優雅な動作で口へと運んだ。
現在部屋の中にはシュウと院長とミリアリアの三人しかいない。
護衛のためと同席を求めたクリスはシュウが話を聞く条件に退出させた。
当然本人は烈火のごとく怒ったが、ミリアリアからの要望もあり外で他の護衛とともに待機している。
「お嬢様、あんた貴族の割にフットワークが軽すぎるな」
「誉め言葉として受け取っておきます」
「誉めてねぇよ」
シュウの機嫌はすこぶる悪い。
控えめに言っても最悪だ。
彼は仕事とプライベートを明確に分けるタイプの人間だ。
子どもたちのために血なまぐさい話は極力教会に持ち込まないようにしている。
それを台無しにされたのだ、怒るのは当然と言えた。
「で、要件は?」
ミリアリアは院長に目配せした。
これから先の話は無関係の者には聞かせられないと言うことだ。
彼女の視線の意味を感じ取り、院長も腰を上げる。
「では、私はこの辺で」
「ありがとうございます」
「すいません、院長。迷惑かけます」
扉が閉まり、足音が遠ざかるとミリアリアは正面からシュウを見据えた。
その表情は引き締まった一人の政治家のものだ。
「この間の短剣ですが、解析の結果が出ました」
「続けてくれ」
「解析を担当した研究者によれば、あれは転移魔法を補助する効果を持つマジックアイテムだそうです」
「転移魔法を?」
転移魔法は実用化が最も難しいとされる魔法の一つだ。
魔法技術が進んだ魔族でも、一部の者しか扱うことが出来ず、人間では大国のいくつかが有事の際に儀式魔法として発動させるのが精一杯だ。
「あの魔物は他の場所から転移して来たってことか?」
「はい。ですがもう心配はないそうです」
「どうしてだ? 魔物を国内に転移させられるならかなりの脅威だろ?」
「あのマジックアイテムは使い捨てで一回しか使えず、使用にも莫大な量の魔力を必要とするそうです。それこそ宮廷魔術師が束になっても練れないほどだと」
シュウは腕を組んだまま身体を椅子に預けた。
思考を情報の整理に傾ける。
マジックアイテムの使用に大量の魔力を必要とするのは確かに肯ける。転移魔法クラスの高難度の魔法であれば当然だ。だが当時に何故それほど貴重なマジックアイテムをこの程度のことに使ってしまったのかという疑問が残る。
(王都に騒ぎを起こすのが目的だった? いや、今回のことは内輪で処理された。騒いだのは一部の貴族で目立った騒ぎは起こせてない。それに騒ぎを起こすのが目的なら召還場所に倉庫を選んだのも理解出来ない。王城や町の中に直接呼び出した方が何倍も大きな騒ぎを起こせる)
どう考えても今回の襲撃には不可解なことが多すぎた。
「だが、あれを使った犯人は特定出来ていないんだろ?」
「はい。当分は警戒を強化するつもりです」
カップを口に運ぶと思考を続ける。
(当分危険に陥る事はないとはいえ、敵の正体は不明。高位のマジックアイテムにも関わらず、その出所も不明。ある程度は安全が確保されたのがせめてもの救いか。だが……)
シュウは背中にぴりぴりとした物を感じていた。
過去に隠蔽能力の高い魔物に背後から襲われたことがある。
あの時は背中に感じた嫌な感覚に従って振り向き、辛うじて刀を打ち合わせることに成功したが今感じているのはあの時と同じ感覚だ。
何か大きな事が起こるのではないかという漠然とした不安感に襲われる。
「今の王位継承権を持っているのはだれだ?」
「王位継承権ですか?継承権第一位はフィリップ王子、二位がレダ王女ですが」
「レダ王女に婚約者は?」
「いえ。今の所はおりませんが、それが何か?」
シュウの頭にあったのは昨日のラリニース侯爵の捨て台詞だった。
(ヤツは「王になったら」と言った。少なくともそうなる自信があると言うことか?)
だがこれに関しても情報が少なすぎて判断が付かない。今無理に話す内容ではないと判断してミリアリアに話さないことにした。
「すまない。もう少し纏まったら、話す。今はまだ話せそうにない」
「わかりました。こちらでも情報を集めておきます」
シュウはまた思考に没頭するが、ミリアリアが此方から視線を外さないのを訝しく思い、視線を上げた。
「なんだ?」
「いえ……」
「気になるんだが」
シュウの言葉に何度か逡巡を繰り返した後、ミリアリアはまっすぐに彼を見つめた。
「随分子供たちに懐かれているのですね」
「……そうか?」
「それに先ほどの授業、王立魔法学校の教師でもあれほど幼い子供たち相手に授業を理解させるのは難しいでしょう」
これはミリアリアの本心だった。
貴族や商人の子供でもなければ勉学に励むようなことはない。まして亜人に対して偏見を持っているはずの人間種があれほど幼い亜人の子供にしっかりと授業を成り立たせ、内容を覚えさせるなど普通は出来ない。
「シュウさん貴方は何者ですか? 平民にしてはあまりに知識がありすぎます。それこそ幼い頃から教育を施された貴族よりもずっと。それに加えて『鬼蜘蛛』を単騎で討伐できるほどの力を持ち、亜人に対しての差別意識もない。とてもただの平民とは思えません」
「―――俺は冒険者のシュウだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……話したくなければ構いません。誰でも触れられたくない事の一つや二つありますから。ですが、私は今の社会を変える上でどうしても貴方のように亜人に差別意識がない優秀な人材が欲しいのです。……私に従えとは言いません。しかし、協力だけでもしていただけないでしょうか」
ミリアリアは席を立ち、シュウに深々と頭を下げた。
シュウは流石にこれには驚いた。
ミリアリアは最高位の貴族でありながら、必要とあれば身分、地位に関係なく頭を下げられる人物なのは薄々分かってはいたが、実際に自分に向けられて平気なのかは別問題だ。
「おい!?」
「お願いです。私に協力していただけませんか?」
「……」
「私は何としてでも亜人と共存できる社会を作らなければいけません。お願いです。何としてでも……」
「……」
シュウは椅子にに背中を預けると、大きく息を吐き出した。
「ーーーとりあえず、顔を上げてくれ。俺もそんな態勢を取られては話しにくい」
座るように促すと、ミリアリア真剣な表情のまま、席に着いた。
シュウはしばらくの間、彼女にどう話すか悩んでいたが、覚悟を決めたのかミリアリアを正面から見据えた。
「俺は基本的に亜人も人間も大差ないと思ってる。身内が危険ならそっちを優先するだろうがな」
ミリアリアは静かに頷いた。
彼女が国の亜人を救うことに誇りを持っているように身内をどんな犠牲を払ってでも守ることにシュウは誇りを持っている。
「だから国の亜人を救いたいって言うアンタの思いは少なからず共感できる。手を貸してみる価値があるともな」
「では!!」
「だがまだそう思うだけだ。手を貸すってことは他の奴から恨まれる可能性も増える。俺は身内を危険にさらしてまで賛同できるほどアンタを信用してない。それに……まるっきり俺に問題が無いとも言い切れない」
シュウの顔は苦虫を噛み潰したような気まずげなものだった。
ミリアリアに力を貸しても良いという考えもある。
これまででミリアリア=エーデルという人間像はある程度把握した。本心からの亜人の救済。最高位の貴族の力が借りられるという打算的な部分を差し引いてもミリアリアという少女に賭けてみるのも悪くない。少なくとも自分一人よりは遥かに力になるはずだ。
だがそれがシュウの力を当てにされるとなると話は変わってくる。下手をすればシュウは強みどころか弱点になりかねないのだ。
「ならば……どうすれば?」
「俺が手を貸して良いと思えるだけのものを見せて欲しい」
「具体的には何を?」
「そうだな……」
シュウは考え込む仕草をするが、すぐにハッとした表情を作ると扉に目を向け、立ち上がった。
扉の外に幾つもの気配を感じ、思わずため息をつきたくなった。
「? ……あの、シュウさん……?」
不思議に思ったミリアリアが口を開くが唇に人差し指を当てる動作で、黙らせる。
音を立てないように入り口に向かい、ドアノブを掴むと勢いよく扉を引いた。
「「「わぁ~!?」」」
扉を開けると子供たちが雪崩れ込む。
どうやら全員が壁に耳を当てて中の様子を窺っていたようだ。
シュウは大きくため息を吐くと子供たちに向き直った。
「お前らな。盗み聞きなんて行儀が悪いぞ」
「だって~」
「シュウにぃがいじめられてるかと思って……」
「え、あ……私、苛めてましたか?」
思ってもみない子供たちからの視線にさらされ、狼狽するミリアリア。
そのような事実はないのだが小さな子供にとって自分たちに親しい者に味方するのは当然の事であって……。
政治の世界に生きる彼女は老獪な政治家の鋭い眼光に慣れていても、子供からの非難の視線には免疫がないようであたふたと慌てているのが珍しい。
「別に苛められてたわけじゃねぇよ。真剣に話してただけだ」
「ホント?」
「ああ。心配すんな。ほら、じゃあおやつにするか?」
「わーい!」
「おやつ!、おやつ!」
「おし、手洗って先に食堂に行ってろ」
元気な返事と共に駆け出していく子供たち。
シュウはその背中を見送るとミリアリアに視線を移した。
「アンタも食ってくか?」
「え?」
「食ってけよ。アンタが普段食ってるような立派なもんじゃないが味は悪くないと思うぞ」
「あの、私は…」
ぐ~と部屋の中に乾いた音が響いた。
「……」
「……食ってくか?」
「いえ、私は……」
ぐ~。
「……食ってくか?」
「…い、いただきます……」
ミリアリアは赤くなった顔を隠すように俯くと、蚊の鳴くような声で答えた。
どうやら本気で恥ずかしいようだった。
忙しくては満足な食事を取ることも大変だなと、いたわりの視線を向けたのだが彼女は違う意味で受け取ったようで、シュウに勢いよく詰め寄った。
「ち、違いますよ!」
「あ?」
「今日はまたまた朝食が少なかっただけで、私そんなに食いしん坊じゃありません!」
「お、おう」
「途中で間食とかしちゃってますけど、あ、甘いものとか大好きですけど!」
「……」
「ちょっと最近お腹周りとか気になったり、胸に栄養がいかないことを恨めしく思ったりはしますけど、私そんなに食いしん坊じゃありません!」
「わ、わかった。分かったから」
ミリアリアあまりの恥ずかしさに混乱しているようで変なことを口走っている。
だがこういう話を聞くと、目の前の美貌の貴族も途端に自分と同じ一人の人間なのだと感じる。
甘い物が好きだったり、体型を気にしたりと普通の女の子とそうは変わらないのだ。
シュウは今まで警戒していた自分が可笑しく感じ、肩を震わせた。
「ば、馬鹿にしてますね!!」
顔を赤くして怒る姿が一層笑いを誘う。
腹を抱えて一通り笑うと思っていたよりも目の前の貴族に人間味があったことに不思議に安堵を感じていた。
「アンタそんなしゃべり方出来たんだな」
「も、元々はこちらが素の話し方だったんですが」
シュウに指摘され、途端に元の表情と言葉使いに戻るミリアリア。
その様子にシュウは苦笑を浮かべる。
「公の場での言葉遣いが身についちまったってとこか」
「当主となってからは弱みを見せないために普段から言葉遣いには気を付けていましたので……。いつの間にかこれに慣れてしまい……」
「―――さっきの方が似合ってる。堅苦しくないから、俺と話すときはさっきのにしてくれよ。それにさんづけも堅苦しいからなしな」
「ですが」
「いいんだよ、決まり。ほら行くぞ」
シュウは一方的にそう言うと、部屋を出て行った。
「え、お待ちくだ、いえ。待ってください。シュウ!」
ミリアリアも慌ててその後を追うのだった。




