第十二話 授業
「15+10は?」
「「「「25!」」」」
太陽の日差しの下、30人ほどの子供たちが地面に直接座り込み、目の前の黒板に書かれる数式や文字に視線を注いでいる。
「はい、じゃ次。これは?」
「42!」
「53だよ!」
「ばかだな。60にきまってんじゃん!」
言い争いを始める子供たちを前にシュウは苦笑交じりにため息をついた。
この青空教室を始めたのは一年程前だ。
週三回、昼食の後二時間ほど教師役を務めている。
教えているのは文字や計算など実践的に使える知識である。
亜人達は独自の文字を用いているため、話すことはともかく人間が使う大陸共通語を書けない者が多い。
そのため給金の誤魔化しや不正労働などが少数ではあるが存在している。
将来的にそう言った問題に遭遇しないために始めたのがこの教室である。
いまでは教会の子供だけでなく、両親が共働きなどの理由で預けられる子供に対しても授業を行っている。
「おら、喧嘩すんな。それから答えは55だ。全員外れだ」
間違えた生徒たちの間から悲鳴のような声が上がり、逆に正解した生徒からは喜びの声が上がる。
差はあるが子供たちはこの教室を楽しみにしていた。
「じゃあ最後に恒例の質問タイムだ。何か聞きたい事あるか?」
「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」
次々に手を上げる子ども達。
彼らが一番楽しみにしている時間であった。
シュウは当初、子供たちが持つ素朴な疑問に答えることを想定していたのだが、最近は少々勝手が違ってきている。
「じゃあ、はいそこ」
「シュウにいは昨日どこに行ってたんですか?」
「亜人街だが?」
「服に付いてた香水の匂いは誰のですか?」
「なっ!?」
シュウの脳裏をよぎったのは自分を抱き締めるエリナリーゼの姿だ。
布越しに伝わる彼女の体温と柑橘類のような香水と体臭が入り混じった香りが思い出され、体温が上がるのが自分でも分かった。
「やっぱり女の人だ!」
「あんな香水、男の人つけないもん!」
浮気を見つけた奥さんのように口々にシュウを攻める女生徒たち。
そんな光景に口元をひきつらせながら、シュウも口を開く。
「い、色々あったんだよ…」
何故か後ろめたい気持ちになり、語尾がちいさくなる。
シュウが口ごもる様子は子供たちの喧噪をいっそう大きくした。
「うわきだ、うわき!」
「うらぎりもの!」
「私実家に帰る!」
「私というものがありながら!」
次々とシュウを糾弾し始める生徒たち。
男子生徒たちは女生徒たちが話す内容は分からないものの騒ぐのが楽しいのか「うわきだ、うわき!」と一緒になって騒ぎ立てる。
「でも誰だろ?」
「知らない人に襲いかかるはほどシュウ兄節操なしじゃないし……」
「じゃあ、知ってる人?」
「どこでそんな言葉を…」と途方に暮れるシュウを尻目に情報を交換しあう生徒たち。
そんな中一人の獣人の女生徒が手を挙げた。
「あのね、香水に混じって獣人の匂いがしたの」
「獣人?」
「何の獣人か分かる?」
眉間にしわを寄せて考え込む女生徒。一方で想像以上に鋭い獣人の嗅覚にシュウの背中は冷や汗で凄いことになっている。
教会につく前に消臭効果のある果実で匂いを消したつもりだったのだが、獣人の嗅覚はごまかせなかったようだ。
「えっとね……虎…かな?」
「虎?」
「虎の獣人なんて……」
「あっ! エリナリーゼさんだ!」
一斉に女生徒たちの視線にさらされ、たじろぐシュウ。
その様子は昨日騎士たちと剣を交えながら眉一つ動かさなかった人物と同一人物とは思えなかった。
「あのひとが誘惑したんだ!」
「スタイルスッゴい良いもんね」
「特にあの胸」
「お、おんなのかちは胸じゃないもん!」
本当にどこで覚えてきたのかという言葉を連発しながら議論を戦わせる女生徒たち。
一方で男子生徒はまだその手の話には興味がないようで別の話題で盛り上がっていた。
「だから兄ちゃんの作るパンケーキが最強だって!」
「ぼくはゼリーのほうがいい」
「なに言ってんだよ。ボア肉のやきにくだろ!」
「おかしじゃないじゃん」
「お腹へってきちゃた」
性欲より食欲の男子生徒たちに苦笑を浮かべるシュウ。
元の世界では料理が趣味だったこともあってこちらの世界に来てからも定期的に料理やお菓子を作っている。
作り手からしても楽しみにされるとついつい張り切ってしまうこともしばしばだ。
「ほら、お喋りは後だ。真面目に聞きたいことがないなら次回からこの時間は無しだぞ」
彼の言葉に焦ったように考え始める子どもたち。やがて一人の生徒が手を挙げた。
「先生」
「何だ?」
「お父さんが言ってたんだけど、この国より大きな国があるって本当?」
真面目な質問に口元に笑みを浮かべるシュウ。
女性関係の話は苦手だがこの手の話題は得意分野だ。
「本当だ。よし、じゃあ今日はその話題にしよう。ここアルメダ王国は王国ってついているだけあって王様が国の中心なんだ」
「ほかのくにはちがうの?」
小首を傾げる女生徒にシュウは大きく頷いた。
「世間で大国って言われている国は全部で三つ。ソルダ帝国・ルーナ聖王国・リヒテン皇国だ」
「なにが違うの?」
「国の指導者や統治方法が違うんだ。ソルダ帝国は国の外に他の国や種族から奪った領地をたくさん持ってる。それらを維持するために武力が必要だから軍隊も強いんだ。ソルダの軍隊は世界最強って言われてる」
先ほどとは違う生徒が手を上げながら話す。
「はい! じゃあ、他の国は弱いの?」
「いやそうとは限らない。精霊教って知ってるか?」
「お父さんから聞いた! 精霊教の司祭に気をつけろって」
シュウは大きく頷いてやり、視線を元に戻すと口を開く。
「精霊教はこの世で一番偉いのは光の精霊に選ばれた人間で、その他の頭の悪い亜人は人間に従えって、考えてる宗教だな」
精霊教は光の精霊を信仰し、光の精霊に選ばれた種族は人間であるとして、この世界を平和で安定したものに保つために人間がこの世界を統治することを目指している。
逆に獣人や魔族といった闇の精霊の加護を得る亜人種族はこの世に害と悪をまき散らすものとして徹底根絶を掲げている。
胸糞悪いことだがこの世界で多くの者たちに信仰されている宗教である。
因みに勇者はルーナ聖王国では神の使徒として崇められている。
「あたし、あたまわるくないもん!」
少女は私怒ってますと明らかに分かる様子でその小さな拳を握りしめている。
「そうだな。俺も正直、精霊教は嫌いだ。その精霊教の本部があるのがルーナ聖王国だ。信者も多いから、積極的に戦争に参加して魔族と戦ってるな」
「他の国も戦争に行くの?」
「いや、全部じゃない。積極的に戦争に参加しているのは、ソルダ帝国・ルーナ聖王国の二つだ。アルメダ王国とリヒテン皇国はお金を出してるけど兵は出してないな」
「じゃあ、あたしたち亜人の味方?」
明るい表情で聞いてくる女生徒に申し訳ない気持ちが湧きながら、シュウは首を振った。
「いや、どっちの国も戦うよりは味方にしておいた方が良いって考えてるだけだ。味方にならない亜人は敵って感じかな?」
すると、彼の一番近くにいたエルフの女の子が彼の服の裾を握った。
「シュウにぃは味方だよね?…」
不安そうな表情で問いかけてくる亜人の子供の頭を撫でてやる。
シュウは全員を安心させるように笑った。
「当然だろ。俺は強いからな、いざとなったら国を相手にしてでも助けてやる」
「えへへ」
「あー! エイミーばっかりズルい! 私も!」
「僕も!」
「おら、お前ら引っ付くな!まだ授業中だ!」
彼に抱きついてくる生徒たちを引きはがし、席に座らせる。
「ねぇ、シュウにぃ」
「授業中は先生だ!」
「せ、先生! さっき言ってた魔族って亜人とは違うの?」
「いや、魔族ってのは獣人やエルフ・ドワーフなんかと同じで亜人の一つだ。特徴としては肌の色が赤だったり青だったり、角があったりだな」
「カラフルだねー」
「だな。だが全員が魔法を使える上に、強い。弱点は数が少ないことぐらいか」
「お母さんが魔族はずっと人間と争ってるって」
「ああ。もう何百年も魔族と人間は争ってる」
「そんなに!?」
「ああ。もうずっとだな。」
頷く生徒たちだったが不意に彼らの視線が横を向く。
まるで目が離せないような生徒たちの姿を訝しく思い、シュウ視線をずらすとその先には高級そうな馬車と揃いの鎧に身を包む騎士達。
そして馬車から手を引かれるようにして一人の女性が下りてくるところだった。
女性は白を基調としたドレスに身を包み、髪も同色の白。瞳が青いためによりいっそう白が強調され、神々しい雰囲気を放っている。
シュウはその姿を目にすると背後に庇うようにして子供たちの前に出る。
一度も女性から目を逸らさず、明らかな敵対意思のある厳しい視線を向けている。
「こんにちは、皆さん。勉強は楽しいですか?」
「……何しに来た?」
「貴様! ミリアリア様に向かって!」
「良いのですクリスさん」
ミリアリアは手で制す形で彼女の後ろに控えていた護衛を黙らせた。
「シュウさん。とりあえずその物騒な気配をしまってください。子どもたちが怯えています」
「……」
振り返ると子ども全員が脅えたようにびくりと反応した。
中には目尻に涙を浮かべている者もいる。
至近距離から直接ではないとはいえ、シュウの殺気受けたのだ。
齢十前後の子供たちではこの反応は当然と言える。
「立ち話もなんですから、中に入れていただけませんか?」
シュウは小さく舌打ちすると子供たちに中に戻るように言いながら渋々ミリアリアを招き入れる。
シュウの機嫌に関係なく、太陽の日差しをたっぷりと含んだ暖かい風が彼らの目の前を通り過ぎて行った。




