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あなたの友達のことを書いてください。あとでお話を聞くことがあります  作者: うちうち


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6/8

トンネルの上に眠るもの。

これも何かの怪異の仕業だと思うのですが、昨日、1話飛ばして投稿していました。展開がつながってなかったと思います(遺品整理の後半と相模のお母さんの話の部分が抜けています)。


もしまだお読みでない方は、すみませんがそちら(題名:同級生の「友達」。)からお読みください。

 池から引き返す山道は、来たときより短く感じた。

 名取川さんの白い背中を見ながら、木の根をまたいで下りていく。靴の裏に湿った葉がついているのか、ときどき、ぺたりと音がする。


 木立の切れ目が近づくにつれて、車の走る音が聞こえてきた。最後の低い枝をくぐって舗装された道へ出ると、むっとする熱気が顔に当たった。

 思わず、息をついた。




 道路の端には、山から流れてきた水を通す細い溝があった。枯れ葉の間を、透明な水がちょろちょろ流れている。こちらは底が見えるな、と思ってしまい、僕は顔を上げた。


 坂の下に、町が見えた。


 灰色や茶色の屋根が重なり、その間を川が細く光りながら横切っていた。斜面に沿って建つ家は、どれもこちらに屋根を見せていた。


 名取川さんが足を止めた。

 町を見ている。そして、鞄に手を入れた。スケッチブックが出てきそうな気配を感じ、僕は先に声をかけた。


「公園、もうちょっと下だったと思う」


 こちらを見上げた名取川さんは、小さくうなずいた。それから、もう一度町を見た。右から左へ、ゆっくりと視線を動かしている。


「……もう大丈夫です」


 何が大丈夫なのかはわからないが、覚えたってことかな。僕はもう、さっき見ていた屋根の色すら怪しいんだけど。





 坂に沿って、家がぽつぽつと建ち始めた。石垣の上の家、道より一段低いところに玄関のある家。庭先には、大きな植木鉢がいくつも並んでいる。葉に水をかけたばかりなのか、道の端まで濡れていた。


 道端の消火栓の標識は、赤い丸の下半分が日に焼けていた。すぐ横の空き地には、建物の土台だけが残っている。コンクリートに囲まれた四角の中に草が生え、奥には、壁のなくなった蛇口が一つ立っていた。昔はここにも、家があったんだろうか。






「あ、ここだ」


 道端の側溝に渡した短い橋。その向こうが、公園の入り口だった。


 場所がわかるか少し不安ではあったけれど、迷わなかった。明るいうちに着くことができてよかった。




 公園は、記憶よりずっと小さかった。

 入り口から奥まで、走れば十秒もかからない気がする。地面の真ん中は踏み固められて白っぽくなっていたが、端のほうには細い草が伸び、ところどころに長い穂が出ていた。


 遊具は三つ。ブランコと、鉄棒と、正式名称が何なのかはわからないけど、動物の形をしたスプリング遊具。


 ブランコの鎖は錆びていて、片方の座面が斜めに傾いていた。座面の下だけ土が深くえぐれていて、支柱から伸びた影が、その窪みに落ち込んでいた。


 鉄棒は、一番低いやつだけ塗装が残っていた。高いほうは支柱の根元から茶色くなっている。スプリング遊具は青い動物の形をしていたが、耳の先が欠け、顔の塗料が剥がれていた。何の動物だったのか、よくわからない。象なのか、犬なのか。


 もう一つ、遊具があったはずの場所には、四角いコンクリートだけが残っていた。


 ブランコの下には、靴でこすった跡がいくつもあった。動物の周りにも、小さな靴底の模様が残っている。誰も来ない公園というわけではないらしい。





 ただ、奥へ行くにつれて、草が深くなっていた。

 公園の奥には、高さ五メートルほどの崖が迫っている。茶色い土が横に何層も重なり、その上から草や木の枝が垂れていた。


 崖の手前には、腰くらいの高さの金網の柵が立っている。僕らが子どものころには、なかったはずだ。金網の手前に、赤いボールが転がっていた。下半分が草に埋もれている。柵のこちら側だ。拾おうと思えば拾える場所なのに、色の抜けた表面には、乾いた泥がこびりついていた。


 隣で、名取川さんが立ち止まった。

 僕も柵に近づき、金網の上に手を置いた。金網が必要な何かが、ここで、起こったのだろうか。





 実はこの公園には、二回しか来たことがない。


 一回目は、小学五年生のときだった。


 そこの崖に、六人で、拾った枝で穴を掘った。誰が最初に言い出したのかは覚えていない。公園の奥に穴を掘って、そこを秘密基地にする。たぶん、そんな話だったと思う。


 土は思ったより固くて、時間がかかった。爪の間が真っ黒になったし、座り込んで作業していたせいで、ズボンもひどいことになった。


 その日は三人くらいが入れる深さまで掘ったところで、夕方になった。入出っ張ったところを手でならして、残りは明日、ということでお開きにした。




 二回目は、その翌日だった。


 シートとおやつとスコップを持って、自転車で出かけた僕らを待っていたのは――昨日掘ったはずのトンネルを、真っ白な根がびっしり覆っているという光景だった。


 入り口にかがみ込むこともできなかった。

 昨日、僕らが座っていた場所まで、白い根で埋まっていたから。


 持ってきたスコップを、誰も使おうとしなかった。穴の前に固まったまま、しばらくそれを見ていたと思う。誰かが公園の隅に階段を見つけて、上に行ってみようと言った。


 崖の上がどうなっているのか、気になったのかもしれない。僕も、そのあとについていった。


 コンクリートの階段を上りきると、薄暗い木の下に、灰色の石がいくつも立っていた。


 墓だった。

 奥にも、その横にもあった。僕はそこで足を止めて、後ろから来た誰かにぶつかられた。


 僕らは、墓の下をずっと掘っていたのだ。


 そのあと何を話して帰ったのかは、覚えていない。

 それから、ここには来ていない。







 柵に置いた手が熱かった。

 金網の向こうで、白い根が穴を塞いでいた。

 横に一メートル、高さは僕の腰くらい。上の縁が少し丸くなっていて、下は地面につながっている。あの日、僕らが掘った穴の形のまま、そこだけが白かった。




 十数年経っている、はずだ。

 ブランコは錆びたし、柵ができたし、遊具は一つ減っていた。それなのに、あれだけが、あの日の朝に見たときと同じ形で、同じ白さで、そこにある。

 細い根が、隙間なく絡み合っていた。

 糸くらいのものから、鉛筆ほどの太さのものまで。それぞれが勝手な方向に曲がり、別の根の下に潜って、どこにつながっているのかわからなくなっている。




 周りの崖には草が生えていた。地面に近いところには苔も張っている。その中で、穴を塞ぐ根だけは、土の汚れさえほとんどなかった。


 指の腹に、柵の剥がれた塗装がざらざら触れた。乾いた公園の土とは違う、掘り返した土の匂いがする。あの穴に頭を突っ込んだときにも、こんな匂いがした。




 隣で、スケッチブックを開く音がした。

 名取川さんが、崖を見ていた。左腕で紙を支え、鉛筆を動かし始める。

 描くつもりらしい。僕はそれを止めなかったが、内心、あまり見たくないな、と思った。



 柵から手を離す。

 不意に、指の腹に柔らかいものが触れた。

 親指と人差し指の間で、細いものが潰れる感触。湿っていて、少し冷たい。それが引っ張られ、ぷつりと切れた。



 思わず手を振った。

 何も落ちなかった。

 開いた手には、柵から移った赤茶色の錆がついているだけだった。親指と人差し指をこすり合わせる。乾いている。爪の脇に、細かい塗装のかけらが挟まっていた。

 でも、何かをちぎった感触だけが、確かにまだ残っていた。



 顔を上げる。

 白い根は、金網の向こうにあった。手を伸ばしても届かない。


「上、行こうか」


 名取川さんはスケッチブックに目をやると、彼女は少しだけ鉛筆を動かしてから、うなずいた。紙を閉じ、鞄にしまう。





 僕らは公園の隅にある階段へ向かった。

 崖の横を折り返すように作られた階段は、端のほうに落ち葉がたまっていた。手すりの根元から草が生え、靴を置ける場所を少しずつ狭めている。途中で振り返ると、ブランコの横棒が、もう目の高さより下にあった。


 前回は、不意打ちで墓の群れが出てきたから不覚をとったが、今回は違うぞ。そちらの手の内はわかっているのだからな。そう思いながら、最後の段を上りきる。……あれ?


「少ないな、お墓」


 そこにあった墓は、全部で十基もなかった。

 低い石垣に囲まれた土地に、いくつかずつ、少し間を空けて並んでいる。一面の墓、というのには程遠い。奥の古い墓石は傾いていたが、手前の二つには花が供えてあった。




 後ろから顔を出した名取川さんも、同じように立ち止まった。

 記憶の中では、もっと、こう、どこまで行ってもお墓、という感じだったんだけど。

 階段の向こうに、公園が見える。鉄棒と、ブランコの支柱。その横に、草に覆われた柵の一部がのぞいていた。

 ブランコがあそこにあるなら。さっきの穴は、このあたりの下になる。

 僕は足元を見た。

 靴の先に、細かい砂がついていた。その向こうに、墓石を支える四角い石の台がある。

 子どものころ、僕らはどこへ向かって掘っていたんだろう。






「とりあえず、僕の子どものころの記憶はあてにならないということがわかった」


 坂を下りながら、僕は言った。

 記憶の中では、階段を上りきった瞬間、数えきれない墓が僕たちを迎えたことになっていた。実際にあったのは十基未満。そのときの僕らは、よっぽどびっくりしていたんだろう。

 名取川さんが、こちらを見上げた。それから、首を横に振る。


「え?」


 足を止めた彼女が、スケッチブックを開いた。

 さっき描いた、崖の絵だった。


 土の層が横に走り、上から草が垂れ下がっている。手前には金網。穴の部分は紙の白さが残され、その中を細い線が何本も横切っていた。根に塞がれた入り口が、周りの暗い土から浮き上がって見える。


 その隅に、小さな名取川さんが描かれていた。

 頭の上で両腕を丸くして、大きな丸を作っている。

 ……ああ。

 墓の数は間違っていた。でも、あれは間違っていなかった、と言いたいわけだ。


「そうだね」


 名取川さんは絵を閉じた。

 それ以上、二人とも何も言わなかった。






 坂を下りきったところで、古い商店の前を通った。

 軒先のテントには店の名前が残っていたが、ガラス戸の内側には茶色い紙が貼られ、中は見えなかった。戸の脇には、アイスの絵が描かれた看板が立っている。


 その角を曲がると、道は山の裾に沿って続いていた。道の分かれ目には、小さな石柱が立っていた。寺の名前と、左を指す矢印。苔がついていて、文字の下半分はほとんど読めない。


 左に曲がると、人家の塀が途切れ、道の両側が木立に変わる。

 ひときわ大きな木の根元に、湯呑みが一つ置いてあった。

 小さな平たい石を据え、その上に載せてある。中には雨水と、黒くなった葉がたまっていた。地蔵も墓も見当たらない。


 少し先にも、同じような石があった。

 そちらの湯呑みは割れていて、底だけが残っていた。

 何に供えたものなのだろう。





 寺に着いたのは、四時を過ぎたころだった。

 境内へ入るところにも、湯呑みがあった。

 門柱の脇の平たい石に、一つ。中には黒くなった葉が沈んでいた。


 僕は来た道を振り返った。

 木立の間に、さっき通ってきた細い道が見えていた。湯呑みはどれも、道から手を伸ばせば届くところに置かれていた。


 お供えなら、すぐそこに寺があるのに。

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― 新着の感想 ―
誘われている感じがするねぇ。 スケッチブックでコミュニケーション取るキャラって良いよね。私の知る限り三人いる。名取川さん含めて。
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