メイドのアンその3
午前1時
屋敷の4階。
レイラの部屋には、重苦しい空気が流れていた。
「着いたばかりなのにこうも、厄介なことがあると気が滅入るわね」
この場にいるのは、主のレイラに加え、ベアテル、クレア、エレノアの4名である。
「死亡したのは、ミヤ。ウァリエタース出身で、特に魔法等の教養はない。背中に焦げ跡があり、電気を流されたことによる感電死であることはまず間違いです」
「魔法による殺害であることは間違いないわね」
「よりによって。殺人か…」
「今までこれほど大きな問題は生じなかったのだけどね」
「スパイがいるのは間違いないか…」
「スパイがいるのはある程度想定内なの」
「でしょうな。これだけ他国から受け入れているのだからそれはそうでしょう」
「他国というよりは、そもそもどの国にも所属していないのだから、どの国から受け入れてもそのような事態になる。それに向こうも完全にこちら任せにするのは不安でしょうからね。それはやむを得ない。それを理解した上で、防ぐ方法を考えてきた」
「ですが、今回メイドの一人が殺されてしまった」
「そう。そこが問題なの」
「問題が表面化した以上、スパイがいるとして炙り出す必要がある」
「しかし、そうなれば何人かは身に覚えがあって構えるでしょうね」
「だろうな。そうなると尻尾を出さないだろうな」
「現状怪しいのは…」
「新しく入ったアンという女でしょ」
「…かな」
エレノアの発言に対し、少し言葉を詰まらせながらベアテルは同意する。
アンを連れてきたのはベアテルのためこれは仕方ない。
「ですが、アンは誰かと常に共にしていた。アリバイはあります」
「スパイであることは前提にした方がいいわ。そうなるなら多少魔法の覚えがあるはず。切り抜ける方法を持っているかも」
「どうなの?魔法を使えるの?」
「使えるだろうな。元々令嬢だ。そのような教育を受けていてもおかしくはない」
「なら使えるでしょうね。問題は多少で済むのか、警戒するレベルなのか」
「でも彼女が犯人とも限りません」
「もちろん。それにさっきも言ったように、色々な事情から様々な国から受け入れている以上、ある程度スクリーニングしているけど、確実に漏れてしまう。他の者の犯行ということも十分。それに来たばかり事を犯すのも不自然だからね」
「それに目的も不明ですしね。何か心当たりはありますか?」
「どうかな。アンはグラディウス出身だか、彼女の両親は反独裁派で有名だ。そして現在も顔を出しており、何かしらの囚われているなどの情報は掴んでいない。これが正しいとするならば、グラディウス、現政権の有利な行為には及ばない」
「現政権は、アルビオンとの争いが重要な争点となっており、その過程において、他国をこちら側に引き込ませたい。しかし、現状民主主義であるアルビオンの方を持つ国が多く、そのための対策を講じることが考えられます」
「なら、そのための手段の一つとして、我々にちょっかいをかけてくることも考えられそうな」
「ですが、現政権とは相反するものなら、むしろ民主主義の国家の後ろ盾をもらいたいと考えるはず」
「そうなりますと、アンの立ち位置的にはむしろ下手な行動に出ないと考えられますね」
「ああ。俺もそう考えて招き入れたこと経緯がある。ただ、その前提が誤りであったかもしれない」
「その可能性もあるでしょう。しかし、ベアテル。そもそもスパイはいるもの。その前提で考えており、今回は被害を出してしまったのは痛いけど、こちらが不利になるような状況ではない。むしろ向こう側にとって不利な状況。責める必要はない」
「もったいないお言葉」
「では、他の犯人候補を挙げる必要がありますね」
「それなら、私が」
エレノアはそう言ってレイラに資料を渡す。
その資料には、この屋敷で働いているメイドの資料である。
そこに記載されているメイドは4名。
現在疑われているメイド。アンの他に、マデリン、デリラ、サディである。
「アンについては、とりあえず置いておいて、そのほかの3人について改めて。まずマデリンは、アルボス出身。すなわち、ウァリエタースと協力関係にある国であり、グラディウスとは対立。ウァリエタースは現状は、我々とは一応協力関係であることから、一番可能性は薄いです」
「それにもかかわらず疑う理由は?」
「アルボス出身であるものの、グラディウスの現政権派との関係があること、また彼女はかつてアルボスにある魔導師大学の出身でありことが挙げられます」
「一応疑わしい部分ありか」
「次にデリア。こちらはグラディウス出身。すなわちアンと同じです。こちらは王家派であり、イデオロギー上アン以上に疑わしい」
「しかし、これはあからさますぎる」
「最後にサディ。こちらは珍しいパリエス出身です」
「鎖国しているあれか?」
「はい。この国は他国との交流が極めて薄い。ただ、資源が豊富であることから経済的な交流はゼロではありません。ただその付き合いも正当に資金も出すかなどの観点からであり、他国の争いは我関せず。ある意味完全中立であります」
「独自の情報網は築いていると考えるべきでしょうね」
「はい。そしてそのために我々のところに潜り込むことも当然かと。ただ、我々も出身国で、選んでいると思われることも問題ですから、こういう者も雇っているとのアピールは必要ですからね」
クレア苦笑いしながら述べると、全員なんとも言えない表情になる。
「まあいいわ。みんなの意見はどうかしら?」
「アンが来て早々のことですから、アンを疑っておくのは当然かと」
「しかし、来て早々に事を犯すのも間抜けな話だ」
「そうね。でもベアテルあなたがそれをいうのはどうかしら」
「…エレノア」
「クレア。あなたは?」
「デリアでしょうか?アンと同じ国出身ですがイデオロギーが違う。彼女を失墜させての、影響を狙っているとか?」
「しかし、結果自分も疑われる」
「ではベアテル貴方は?」
「マデリン。グラディウスの反抗にすることでの孤立を狙ったものでは?」
「だが失敗すればそれはウァリエタースについても喧嘩を売るに等しい。リターンもあるけど、リスクに見合ってないわ」
「どちらにせよ。我々がやるべきことは変わらない。我が屋敷の敵を炙り出し、締め上げる。我々はどの国も差別なく受け入れるが、事を起こされた時は厳粛に対応するまで」
「それは、我々の管理下、我らの秩序、ルールに則る対応でよろしいですな」
「スパイを自国に戻して、怒り狂って母国の司法が裁くかしら?」
「では、そのように致しましょう」
――――――――
アンは、悩んでいた。
屋敷での殺人が起こり、自分が疑われるのは間違いないからだ。
そして疑われるという状況は、すでに隠密行動が不可能である事を意味する。
これでは到底自信の目的が達成されない。
(どうする?今回の件、私は無関係。それに私は自分の分身を置いていたことからアリバイはできている。これで誤魔化せる?)
アンは横に首を振る。
(希望的観測でしかない。私が魔法の心得があることは承知のはず。だったらアリバイ工作ができた事を前提とする。ならば、アリバイがあるからはい終わりなんてそんな甘いことはない)
「アン。少しよろしいですか?」
「なんでございましょう。クレア様?」
「少し問題が起きたの。来てくれますか?」
「もちろんでございます」
屋敷4階。
レイラの部屋。
アンはクレアに連れられそこへと足を踏み入れる。
(…まさか、4階に来ることができるなんて)
それはまだ先の話であると思っていた所であり、この事実に少しだけ喜びを感じた。
そこには、アン意外にも連れられてきた者がいた。
マデリン、デリア、サディである。
「…」
少しだけ、彼女たちに視線を向けるが、気が付かないあるいは気がついても無視をしているのかこちらに顔を向けることはない。
「集まったわね」
この屋敷の主、レイラは極めて友好的な顔で微笑みかける。
「貴方たちを呼んだのは、しかし尋ねたいことがあるからなの」
「尋ねたいことでしょうか?」
「ミヤが亡くなった」
その言葉を聞いた瞬間、全員の顔がこわばった。
少なくとも、全員そのような表情を作ることはできていた。
「これが事故であるならば、皆を呼び彼女のご家族に連絡のあと、死を悼む機会を設けることができた。だけど、そういうわけにはいかないの。何せこれは殺人。それも魔法を使用しての。貴方たち魔法の心得はあったわね?」
「待ってください。私は―――」
「マデリン。話は終わっていない」
「…っ」
「わざわざ魔法を使っての殺害。誰かは知らないけど、いい度胸。よほど自信があるのね。それに実力も我々に勘付かれない程度には隠すことが出来る」
「私たちの中にミヤを殺害した、この屋敷に対して危害を加えたスパイ。またはそれに類する者がいると考えておられるのでしょうか?」
「少し違うの」
「と言いますと」
「私は別にスパイを炙り出そうなんてしないわ。だって定義によったらあなた方以外も拘束しないといけないじゃない。ここはどの国にも所属しない場所。全く、無害な子もいるけど、少なくとも国から推薦された者なんて、スパイじゃないと考える方が難しいじゃない。貴方たちはサディはともかく国から推薦されたのではなかったかしら?」
この瞬間、メイドたちの間には、本当の緊張が走った。
とっくに疑われていた。
スパイであるとバレるバレないなんてものはここに来た時から、終わった話であったのだ。
「私が炙り出すのは、殺人者。ミヤ。彼女もウァリエタースから、推薦された者であり、隙あらば、情報を得ようなんて考えていたでしょうね。でもそんなことはどうでもいいの。私たちの領地で一線を超えた不届者に対し、我々の方法を持って裁くことが目的」
部屋の気温が下がった気がした。
いよ。気がしたというのは間違いである。
実際に下がっている。
(後ろに何かいる…)
「皆後ろが気になるのかしら。見たければどうぞ」
レイラな許可が出たことで皆後ろを向く。
そこには、6体の西洋の騎士をモチーフに作られたであろう、氷の彫刻が。
ただ彫刻と異なる点は動いているということだ。
「私が魔法によって作り出した人形よ。これよりこの屋敷3階以上にこれを設置し警戒体制を敷く。貴方たちにはしばらく3階の業務についてもらうわ」
「はい」
「かしこまりました」
「承知しました」
「かしこまりました」
各々、その発言について了承する。
(…舐めていた)
アンは自分の甘さを責めていた。
今目の前でレイラが使用している魔法。
一体の氷の騎士を作り出すだけでも、相当の魔力が必要である。
それを六体作り出しながら、彼女はまだ余裕をみせている。
作り出そうとするならば、まだまだ作り出せる。
いや、これらを操作しながら自身も戦える事を示しているのだ。
この事実は魔法の心得があるならば、理解できる。
それを、おそらく魔法の心得があるメイドに見せてということは…
(これ以上好きにはさせない。いや、やってみせろ。その時は、容赦しないという宣言)
先ほどの舐めていたという感想は、別にレイラの魔法の技量を舐めていたということではない。
レイラのその印象から、優しさを感じ、怖さを感じなかった。
だから、ある程度好きにできると思っていたのだ。
しかし、今私たちに見せた姿を持って、『舐めていた』と認識させられたのだ。
(ほとぼり冷めたあとどうするかも、考えていたけどそう上手くいくわけない。少し覚悟を決めないと)
アンはそう言い聞かせる。
だが、それは他のメイドも同じ。
どうせ疑われ、信用されていないのだから、この状況を打開する必要がある。
ならば、ここから先はこの事件の犯人を捕らえた上で、自分の立ち位置を確保する。
(私は、ここでは終われないの)




