バロック
大統領行政府。その中で大統領とその家族が住む官邸『アエテルニタス』
そこにレイラとリクは二人訪れていた。
案内されたのは客室。おそらくここで大統領は客人と話をするのだろう。事実この部屋の真ん中に上等な椅子にどっしりと座っている男がいた。
その人物こそこの国の大統領、バロック大統領だ。
目の前にして受けた印象は、その自信に満ちた目。大統領になるまでに幾度となくあった修羅場をくぐり抜けたことによってできた自信なのだろう。
「ようこそウァリエタースへ。選ばれし者よ。私が大統領のバロックだ」
「お久しぶりです大統領」
「あぁ久しぶりだね。美しいレイラ嬢」
「初めまして大統領」
「あぁ初めまして」
バロックはそう言って手を差し出した。それに応えるためリクも手を出し、力強い握手を交わす。
その握手に満足したのか、バロックは再び自分の椅子に座る。
「座りたまえ」
そう促されたため二人は用意された席に座る。そこにタイミングを見計らったように従者が現れ、二人の目の前に飲み物が出された。
その従者は、それだけを行うと大統領から下がるよう指示され、その部屋から出ていった。
「さて私に何をお願いしたいのかな?わざわざチェスターを利用して私と会いにきたのだ。ただ挨拶しにきたのではあるまい?」
「……アルボスのことを知っていたのですね」
「無論だ。私は大統領だ。重要事項に関して国のトップである私が知らぬはずがあるまい」
「……っ」
奥から出かかった言葉を飲み込むレイラ。それを言うわけにはいかないからだ。だが、バロックはそれに気がついた上で、にこやかに問いかける。
「お嬢さん。その反応はもっともだ。だから君の反応に関して何も言うまい。だが、それは胸の内に秘めておいてくれよ?君と私では立場も違えば持つべき感情も異なる。そして正解もだ。デストヒュヌスを憎み倒す君たちにとっては、その子供たるデスアモルを意図的に生み出した我らはまさに許せぬ存在。だが、それが絶対正義ではない。デスアモルを作り、そこから研究し、対策することで人類の生存率を高めていると言う見方もある。そのために出た犠牲は尊い犠牲ということもできる」
「大統領のあなたが、国民が死ぬことを肯定するのですか?」
「言い方がひどいな。国が生まれ、発展するまで人は何人も死んでいる。それも大勢だ。これはどこでも同じ。戦争なんてものはまさにそれだ。一体何人死んだと思う。その屍の上に国は成り立つ。これを否定することは、国という存在を否定するもの。否定しても構わないが、その時は、その屍によって得られた利益をも捨て去る覚悟をせねばなるまい。美しきレイラ嬢。あなたにその覚悟はおわりか?」
「……」
「それが答えだ。我らは犠牲の元にいる。それを受け入れなければならない」
「だが、それでは犠牲を生み出すのはやむを得ない。その考えに固執される徒より犠牲を生み出すのでは」
なんとなしに、リクはフォローを出す。
「かもしれん。だから私は公では言わない」
「ありとあらゆる権利は、数多の血が流れることで手に入れたのはわかります。でも、だからと言って何も知らない人を巻き込むことは肯定できません。いや、そうせざるを得なかったとしても、あっけらかんとその判断を下す人間は認められない」
「……心に留めておく」
バロックはそう言ってコーヒーを飲む。そして一息をつくとしばらく静寂が訪れる。
「さて。では君達の要件を聞こう。尤も君達の要求は大体察しているがな」
「各国。具体的に言えば護石を持つ大国に対する面会のために、手を貸していただきたいのです」
「ふむ。大切だね君たちにとっては。だが、現状私には不利益が大きいように思える。わかるかい?」
「……内部の対立にも経済的利益にもならないからですか?」
「坊や。それだけではない。人間が何でもかんでも金と権力に固執していると考えるのは間違いだ。それだけ考えているならば今の現状で君たちに合わない」
「?」
「いいかい?デストヒュヌスが暴れ回っていたのはもう数十年も前の話なのだ。今の人間にどれだけ恐ろしさが刻み込まれ得ているかいささか疑問だ。それよりも今起きていること。……そうだな。共和国アルビオンと独裁国家グラディウス。どちらも君達が必要な護石を持つ大国であるが、その二国の間にある戦争の火種。これがいつ爆発するか。その時どうするべきか。世界はこれに気を取られているだろう。……いや。この国や一部の国ではそれすら関心が薄いかもしれない。それが目の前にある危険ではないからだ。それが普通。なのに数十年前にあった厄災を気にしている余裕など国民に求めるのは酷というもの」
つまり、今世界の情勢的にデストヒュヌスに関する問題は後回しということ。人々は目の前にある危険に関して、強い関心があり。それを解決されることを望んでいるということだ。二大国の戦争の火種。それなりの知識層は関心を向けるだろうが、他は関心を向けない。それよりも自分達の経済状況の向上等を強く望む。自分達が安全で安心にそしてそれなりに金を稼ぐことができ、美味しいものが食べ幸せになれるか。これに関心を集めている。
多くの人々の世界とは狭いものだ。
「これが現状だ。しかしそれを非難するわけにもいかない。当然だ。それは言って仕舞えば当然に要求しうる我儘。国が近代化を進めているときに生まれた弱者のための特権。生まれた権利。そして国もそれを認めたもの。それを放棄させるわけにもいかないし、放棄させるという考えを持つことですらいかん。弱者は限られた範囲内において幸せを享受することができる。社会。国。または強い個人かもしれんもの達によってだ。だが、その範囲内は絶対だ。それを狭めることも許されない。それほど強力な権利。それに関してぐちぐち言っている暇はない。大事なのはそれを踏まえてどうするかだ」
「随分と遠回りですね。つまりどういうことなのでしょうバロック大統領」
「現時点で君たちには協力できない。それがダイレクトな表現であろうな」
バロックは二人に対してはっきりと答えた。
「デストヒュヌスを倒す。いい心がけだ。だが、実力が伴っていないと見る。レイラ嬢。特に隣にいる彼はね?」
「初対面でよくそう判断できますね」
「デスアモルの一人に手も足も出ず、挙句に相手に戦い方を教えてもらう羽目になったということは知っているぞ」
「……っ!」
(こいつ見ていたのか。あの時の戦いを。おそらく大統領の息がかかった人間を向かわせて監視させていたのだろう。出なければこうも具体的に出てくるはずがない。……しかし。おかしいぞ?おかしい。チェスターと交渉して大統領と面会するチャンスができてすぐに起きた戦い。そしてアルボスとアマデウスの距離はかなりある。この世界の技術では時間がかかる。あの短期間ですぐに派遣することができたのか?……それ以前にそれが可能だとしてなぜこちらに監視させた?……いや。それに関しては、チェスターが事情を話していたから、デスアモルと戦うことは避けられないことを知っていたかもしれない。だが、それならやはりチェスターから事情を聞いてから動いたことになる。……だが、それはおそらく不可能。ということは、アルボスにスパイまたはそれに類するものがいたということか?だが、まあそれもありうるか……)
「ゴタゴタ考えても仕方あるまい。あんな重要地点に関する話がダイレクトに伝わらないような愚かなことをするわけないだろ?」
「そうですね」
「では。どうすれば認めてもらえるのでしょう」
「認めるねえ。それは私の利益になるか。いや、この国のか。わかるかい?我が国が支援をする人間が大した結果も出せずにいるボンクラであれば、我が国の信頼。名誉に関わる。我が国はこの世界を引っ張るリーダー。その名誉を汚されるのは避けたい。逆に君たちが私たちにとって尊敬できる、名誉ある人間であるならば手を貸す」
「つまり」
「それそう相応の力を身につけろ。ということですか」
「その通り。さぁ。話は終わりだ。会えて嬉しいよ。次会うときは互いにこの手を心地よく握れることを祈る」
バロックは、そう言って陸に対して手を差し出す。これを受け取らないわけにはいかない。正直プライドが傷つけられた自覚はあるが、そこは堪えて、バロックの手を取り力強く握る。次はこの男の口から強いと言わしめてやるという思いを込めてだ。
「リク」
「はい」
大統領鑑定を後にし、レイラはリクに問いかける。
「強くなる覚悟はありますか?」
「当然。俺は自分が大したことがない。弱い。そんな評価を受けるのが嫌いな人間です。それを回避するならば、俺はなんら躊躇いもなくその回答に対してYESと答えます」
「いいでしょう。ならばついてきなさい。一度首都から、いえ、この国から出ます」
「他国へ行くのですか?」
「いいえ。違います。今から行くのはどの国にも所属していません」
「ほう」
「そこは、私。いえ私の家が管理している場所。そしてデストヒュヌスが封印されている場所」
「そんな場所で何をするのです?」
「決まっています。強くなる修行です。リク。あなたには魔法を使えるようにしてもらいます。今のあなたは、初歩の初歩。それではこれからは厳しくなる一方。そこで鍛えてもらいます。その場所には魔法を使うのに長けた女性。年齢にして100を超える人がいます」
「それはなんとも長寿な人だな」
「それだけではなく。現役でデスアモルを。それも上位を倒すことができる女性です。どうです?なかなか良い人が師となってくれると思いませんか?」
「強くなれるのであればなんでも。それで?その場所の名は?」
「……その場所は、『アルキュミア』」




