宣言
「いいの?レイラ様と話さなくて?」
エレノアは少し心配そうにリクに問う。
彼女が心配するのには理由がある。チェスターが悪意のかけらの破壊を拒否したことに対し、レイラはそれを認めるつもりはなかった。だがそこにリクが割って入りチェスターと手を組む事を決めた。当然レイラはいい顔をするわけではなく。しかしだからと言ってリクをせめることもなかった。
ただ決まった事を受け入れ、それに向けての準備を進めていた。
二人の間に妙な空気が流れているのは誰の目にも明らかであった。
エレノアはそれをみてリクに問いかけたのだ。
「どう切り出すべきかわからない」
「情けない。あれだけレイラ様の考えを否定しておいて、それ?」
「別に。否定したつもりはない」
これは嘘ではなかった。人道にそれた行為は非難されて然るべきだ。これ自体にリクはまるで否定していない。レイラの怒りもわかる。ただそれらを犠牲にした先に、事をなすことができる。だからこそチェスターと手を組む事を考えたのだ。
だがレイラはそれが気に入らない。そのことも理解している。
「とりあえず行ってきなさい。大統領との連絡はすでに取れているそうよ。明日にも私たちが護衛しながら運ぶのだから。今解決しなさい」
エレノアは指を差す。その先にはレイラがいるのだろう。
「……」
まいった。これが素直な感想であった。だが行かないわけにもいかない。頭をかきながら、一度深呼吸をし、レイラの元へといく。
すでに日が落ちている。護衛の者はいるが、事務作業などを行う公務員などはすでにいない。これが公務員か。なるほど皆目指すわけだ。
くだらない事を考えながら長い廊下を歩く。
(何て話すか……)
このことばかりが頭の中を支配する。まるで考えがまとまらない。何を言われるのか?責められる?失望される?それもわからないのだから事前に準備することもできない。
そうこうしている間に扉を開けるとレイラがいた。
「きたのですか」
「ええ」
リクはそう言ってレイラの隣に立つ。
「……甘いでしょうか」
「えっ?」
「私ですよ。私が。チェスターの行いを認めることが私はできない。でもそれにより街が発展し、雇用が生まれ、所得水準が上がったのも事実。他では飢え死にしているにも関わらず、ここではそんなことは稀。街並みも綺麗。クラス上では最高でしょう。それもまた事実」
「そうです。ですからそれを否定するということは、それによって得られた市民の穏健も捨てることになる」
「ええ。それはそうでしょう。それを踏まえた上で私は否定しました。しかし現実はそう甘くない。事実私たちの目的はそれを利用して交渉したことで達成されようとしている。これもまた事実。―――であるならば私は、これを肯定すべきなのでしょうか?それは聖女として正しいのか?」
レイラも気がついている。理想と現実を。理想ばかり言ってもそれによって世界を変えることはできない。そんなよく知っている理をレイラは知っている。
「まず言えることは、聖女として正しいのか否かなどは捨てるべきでしょう。それを言ったら俺は救世主ですよ?にも関わらず今回は俺が率先して行ったこと。救世主にしては不適ではないですか?」
「しかし時に聖女として振る舞わなければならないのですよ」
「それでも。俺たちが重要な。何か己の価値観に対して考える時には捨てるべきです。俺たちは人です。聖女、救世主。いや大統領だろうが、政治家、どこかの地方公務員。そんな立場で己の価値観を決めるなど馬鹿げた行為。自分で考えるべきです」
「……そう。そうかもしれない。でもそれだとしてもやはり私は私の考えはやはりチェスターを認められない。協力するあなたも。理解することはできる。だけどそれが素晴らしく、受け入れるべきであるとは言えない。理想を追いかけて現実を見ていないと言われればそれまででしょうけど」
「別にいいじゃないですかね」
「そうかしら?私はあなたが手を貸してくれるのにそれを非難しているのよ?」
「現実。現実。そればかりだ。俺も現実を見ろという方ですけど。何か事をなす時、現実より理想を見ている人だと思う。理想的で何が悪い、理想を見てその上で悩んでいるならば問題ない。悩んでもらっているだけで俺はあなたを信頼に値する。ただ漠然と肯定してくれるよりよっぽどいい」
「私もあなたのことを信頼しているわ。非難だってします。私は私。ですが約束します。これだけはあなたと約束します」
「なんでしょう?」
「自由になさい。その後に及ぶ責任は私がとります。非難されないなんてことがない。今ならさられない。ですが今後そのような局面が来るでしょう。その時は私のせいにしなさい。私はあなたを、何も関係もなかったあなたを巻き込んだうえで、あなたのやろうとすることに対して非難をすることがあります。それは傲慢。自分勝手。ならば、その結果起こることあなたがやろうとしたことにより起こったこと、それは私に責任があり、そしてあなたは気にせずまた次を考えてほしい。これで対等……いえ。幾分かマシな関係になるでしょう。あなたがもしこの先非情な判断を下さねばならぬことが起き、それにより誰かが死ぬことがあれば、それは私が殺意を持って殺したということ。あなたを利用して殺したということ。ならば私が責任を持つのは道理なのだから」
レイラのそれは悩んだ結果のことだ。
彼女には負い目がある。無関係の人間を巻き込んでしまった負い目が。だが、その負い目があろうともあらゆることを許容するというのはまた別問題であった。
レイラはこの二つで悩んだ。だが、すぐに動かなければならない状況。ゆっくりしている暇はなかった。そんな短時間の中、彼女は彼女なりに悩み、そしてリクに告げたのだ。
リクの行いに対して責任を持つ。それは自分がやったことに対する義務であるから。だが、責任を持つ以上リクは自由にやっても良いが、口は少しぐらい挟ませてくれ。そういうニュアンスも込めてのことだ。
リクはこのことを理解しているのかしていないのかはわからない。しかし、レイラはどちらでも良かった。
これは自分自身の中にあるものに対する決着をつけるためのことでもある。ただ自分の中の問題。表立って大きな声で言うものではない。心の中にしまっておくものだ。
「ですが。私は同時に信じていますあなたの信念、道義は誇れるものであると。それゆえあなたは仮に非難されるようなことがあろうとも『悪』でないと。私は信じているのです」
「……俺が誉められたものかはわかりませんが、俺は俺を誇りに思っています。それに関しては約束します」
「それでいい。それでいいわ。ならこの話は終わり。早く寝ましょう。明日は早い」
「そうですね」
「奴らは気がついているでしょう?」
「何を?」
「私たちが『悪意のかけら』を運び出すことをですよ。街を攻めるならばあの時が一番でした。ですが、それをしなかったのですから。おそらくそうなのでしょう?」
「たしかに。そしてなぜそれをしなかったのかを考えると、奴らも兵が不足。奪うには戦力が足らなかったと言うことでしょう」
「でも運んでいる最中は、私たちの方こそ戦力不足です。だからこそ明日は大変です」
「わかってます。わかってますから。俺は今すぐにベッドに行くとしましょう」
手を振りながらリクは去っていく。
「……私は、私の義務を果たせるのでしょうか」
レイラの独り言は聞こえなかった。




