アド・ノケンヅム・ポテンテス・スムス
「どうしたの?まさかそれで終わりというわけではないでしょう?」
アンドリューの顔が険しくなる。エレノアの挑発が原因だ。
「アド・ノケンヅム・ポテンテス・スムス」
「!」
アンドリューが呟くと周囲に水が集まる。街である以上水は必要なインフラ。当然街には水が大量にある。
その水がアンドリューの周りに集まって、一つまた一つ塊となる。それがもうさらにひとつ集まる。そして形が変わる。
爬虫類?トカゲだろうか?いや蛇のような形をしたものもいる。人よりほんの少し小さな水の塊。種類は様々。しかし共通する点はある。
刃物だ。
全爬虫類に刃物がある。
「ムカつく女だ。私に攻撃をし、私を見下す。実にムカつく。よって切り刻み殺す。準備は良いか?」
「こっちだ!急げ!」
後ろから声が聞こえる。援軍だ。この街を護衛する者たちだ。しかし今はタイミングが悪い。あまりに悪かった。
「いけない!来ては!」
エレノアの静止は間に合わない。それよりも先に水の爬虫類は彼らを斬り殺す。頭を斬り殺していく。
(これがやつの能力か!)
援軍は、彼らは、怯えていた。想定していない攻撃により、まるで歯が立たない敵を前に。彼らは怯えていた。死が迫り、それに対して拒絶するような。
刃物がついた爬虫類が人間を殺していく様。まるで―――
(まるで。ヒエロニムス・ボスの最後の審判……)
ヒエロニムス・ボス。ルネサンス期の画家だ。レオナルド・ダ・ヴィンチと同じ時代を生きた画家。その画家の作品の一つに最後の審判がある。その作品の右下あたりに描かれているものこそ、爬虫類の形をした刃物を備えた化物が人間を殺そうとしている様子。まるで今の状況のよう。まさにそれに合致する状況であった。
「さあ!どうする!味方がやられていくぞ?どうする?どうする?」
アンドリューは問いかける。
「どうすると聞いている!」
アンドリューの名を受けた水の爬虫類はエレノアに遅いかかる。
「…この」
槍で化物どもを倒していく。一匹、二匹と。
「遅い。それでは遅い。あんたが一匹、に引き倒している間に私は、三匹新たに生み出す。これでは時間の問題で私の勝ちだ」
アンドリューは勝ち誇った顔をする。
「アストラ・インクリナント・ノン・オブリガント」
突如、巨大な狼が現れる。その狼はけたたましく吠え。それだけで水の爬虫類を十数匹が消滅する。
「なに!」
アンドリューは驚きの顔に豹変する。
「俺はあんたが三匹生み出す間に十数匹殺すぞ?時間の問題で俺の勝ちかな?」
リクはいやらしくも、アンドリューと同じ顔をする。もちろんわざと。こういう時は、やり返すと決めていたのだ。
「あんたは……そうかい。あんたが……ハロルドが言っていた……」
「他のデスアモルは?」
「倒したよ」
「上出来。なら後はこいつだけね」
「そうだな。二人で一気に―――」
突如。巨大な槍が陸の腹に突き刺さる。
「ごぉばぁ!」
「リク!」
助けようとエレノアは手を伸ばすが、届かず。リクは槍に刺されたままであった。
そして槍を突き刺した張本人はその槍を持ち上げる。
その男は、身長が2mを超える。炎に包まれた馬にまたがり、まるで西洋の騎士のようであった。
「ハリー!」
アンドリューが叫ぶ
「引くぞ。一度引くのだ。楽しみはまだ取っておけ」
「…ッチ。わかったよ」
「……おい」
掠れた声が聞こえる。ハリーの頭上からだ。
「人を刺しておいて、何呑気に会話している!」
ハリーに武器を構える。
「……ふん」
しかし、ハリーは攻撃される前に振り払う。リクの体は槍から外れ、そのまま地面に叩きつけられる。
「ぐぅ」
痛みに耐える声が聞こえるがハリーは気にした様子がない。
「聞け!俺たちは再びやってくる。この街にある俺たちの卵のために」
「卵?」
エレノアが呟く。
「そうだ。卵。貴様らの言葉であれば『悪意のかけら』といったかな?」
「……悪意のかけらっていや、確か……」
「こいつらが生まれる源よ。それがこの街にあるということ」
「なるほど。納得したよ」
リクはもわず笑みを浮かべる。
「貴様らの事情は知らん。しかし我たちはそれを奪いにやってくる。準備をしておけ」
「今からではないんだな?」
「ほう。もうすでにあの怪我を修復したのか。普通であれば絶命しているあの傷を。なるほど。回復だけは素晴らしい」
「ひとつ特化したものがあるだけいいだろう?俺はまだルーキー。それでこの出来なら期待のルーキーと言って崇められてもいいぐらいだ」
「態度もなかなかのようだ」
ハリーは感心する。
「ならばルーキー。疑問に答えよう。今から襲い掛かっても勝ちは取れん。戦うならば勝ちを取るのが普通だ。俺は死ななくともお目当てのものを手に入れなければしょうがない」
「準備している間に持ち去ってしまうかもな?またはぶっ壊すかな?」
「どうやって?首都から遠く離れた田舎の街が?それにあれはそう簡単に持ち運べるものではない。デスアモルになりたいと思うならともかく、なりたくないならアレに近づくべきではないからな。そして壊す?できるかな?人間の利害関係が入り組んだそれを」
「なるほどな」
「もういいか?では私はいく。追っても構わんが。無駄であると言っておこう」
そう言ってハリーとアンドリューは姿を消した。
「さて。大変なことになったわ。どうするの?」
「あいつには腹を貫かれた。やり返さないと気が済まない」
「いいわ。手を貸してあげる」




