ご褒美回
広い浴場、足を大きく伸ばして湯船に浸かるというのは格別だ。だが、今日に限っては、少しそれがマイナスに働いていた。
「……………………」
「…………………………」
お互いに無言である。それだけでない。物理的な距離があった。それはもう。
その物理的な距離が、心の距離の表れになっている様に思える。
(だが、俺はまだ冷静な方だ。ドキドキするが、冷静だ。問題は―――)
リクはレイラの方に視線を向ける。
(問題は、さっきから顔がコロコロ変えながら動き回っているレイラさんだ)
だがその張本人であるレイラは、何かを決意し、近づいてきた。
そしてあろうことか、リクの隣に座った。
「………………………」
(近い。近い。近い。近い!)
心臓の鼓動が速くなる。しかし、レイラの顔が赤いことから、レイラも同様だろう。
「コホン!」
わざとらしい咳払いだ、何となく話しかけろというオーラが感じた。
「コホン!コホン!……コ。ゴホ!ゴホ!」
何も反応しなかったら、勝手に本当にむせていた。
「何しているのです?」
「……何でもありません」
「もう少し早く話しかけたほうが良かったです?」
「何のことですか?」
どうやら、なかったことにする気らしい。
「気持ち良いですね」
「そうですね」
「一応異性と共にお風呂に入っているのに、反応が薄くないですか?」
少しむすっとした表情だ。
「過剰に反応したら引くでしょ?」
「それはまぁ。そうですね」
「理不尽」
「一応これでも努力しているので、反応がないのは、それはそれで不服なのですよ」
「いや綺麗だとは思いますよ?ただあまりジロジロするのはどうかなと思いますし」
「……意外とその辺り常識的なのね。てっきり常識なんて知ったことかという生き方だと思ったのですけど」
「常識とされるもの全てに反抗してたら、キリないでしょ?」
「確かに」
「人間、スムーズな関係を築くためには常識も必要でしょ」
リクがそういうと、「それもそうね」と述べながら、レイラはクスリと笑う。
心の奥底まで一気に熱を帯びた様な感覚に陥る。それは風呂に入っていたせいか、それもとも別の理由。レイラさんのせいなのか分からなかった。
お互いにすこし。ほんの少しばかりだが、落ち着きを取り戻したおかげか、ゆったりと温泉を堪能することができ始めていた。
「ねぇ」
「なんです」
その様な状況を見計らって、レイラはあ改めてリクに話かける。
「つらくないの?」
唐突に出た言葉。だが、リクはその意味を何となく察した。
これは、きっとリクの自分自身の立場についてのことを言っているのだ。
リクは、レイラの頼みを、世界を救うことを了承した。
ちょっとやそっとの頼み事でない。本来関係なきリクに背負わせるべきでない責務。恐ろしいほどのことを押し付けている罪悪感が未だ拭えていないのだ。
リク自身は気にする必要はないと感じているが、言われてすぐ気にしないなどはできない。できるなら当初からその様な感情を持たないのだから。
「正直。ここまでですでに骨を何度もおられ、肉を削がれ、出血をし、最終腕を一度潰されていることを考えれば、結構辛いですね」
「そうよね」
レイラは苦虫を噛み締めた様な表情だ。
「でも決めたことですから。自分の意志で。そして俺ならばできると思ってます。ならば辛いからと言って引くのは、俺自身いやですよ。それで引くのはダサいので」
「……ぷ。やっぱり。リクは、リクですね。結局そういう回答が返ってくるのですね」
「少し俺のことを理解してくれましたか」
「少しだけですがね」
少しの間沈黙が生まれる。だがその沈黙が心地よかった。ずっとこの時間を過ごしても良いと思える様な心地よさだ。
「少し背中を向けてもらえません」
「?わかりました」
言われるがままに、レイラに背中を見せる。突然。背中に熱を感じる。暖かなものだ。
レイラが腕を回し抱きついてきたのだ。
「!?ちょっ。何を!」
思考がバグる。なぜ急にその様な行動に出たのか分からない。だが、冷静さを失っているリクは、そんな疑問を持つこともなかった。
背中に当てられている柔らかいもの。それに神経が強制的に集中させられる。
「おっ!お礼です。お礼!少しだけ本当に!……こんなのお礼になるかも怪しいですが」
正直。十分嬉しい出来事である。だが、いつだって本音を言えば良いというものではない。はっきりと嬉しいのでもっとよろしくなど口を裂けても言えない。
「鼓動が速くなっている……意外と緊張してます」
「そりゃこんな状況なら仕方ないでしょ」
「私もです。こんなこと異性にするなんて普通しませから。鼓動が速くなってる」
確かに。レイラの鼓動もすごい早いものであった。
「……そろそろのぼせそうなので、俺はそろそろ上がることにします。流石にそろそろ開けてくれるでしょ」
「うん。わかったわ」
レイラは、リクから離れる。
正直名残惜しいものはあったが、顔にはかろうじて出さなかった。
「それでは私はもう少しだけ、ゆっくりしてます」
「わかりました」
レイラに別れを告げて、リクは脱衣所で、体についた水分をタオルで吸い取る。
そしてさっと服を着る。男だ。対して時間はかかるものではない。
そして鍵が先ほどまで閉ざされていた扉は、すでに開いていた。
「……」
「どうでしたか?」
扉を開けた先には満面の笑みを浮かべたクレアの姿がいた。
「趣味が悪いな。でも。一応ありがとう」
「素直でよろしい。それで何があったのです」
「なぜ聞く?」
「気になるからじゃないですか〜。それにセッティングしたのは私なのですから。報酬としてそれぐらいあっても良いと思いません?」
「……抱きつかれた」
「ほほう。服を着ていない状況で?」
「背中だけどな」
「なるほど。そしてリクさんは、レイラ様のものを堪能したということですか」
「否定はしない。男だからな。それは仕方がない」
「開き直りましたね。まぁいいでしょう。あとは、レイラ様から聞き出すことにしましょう」
クレアは、ウキウキな表情で姿を消していった。
(すみません)
リクは、心の中で謝罪する。おそらくこれからクレアは、ニコニコ笑顔でレイラを揶揄うだろう。そのことを考えての謝罪であった。




