アストラ・インクリナント・ノン・オブリガント
一方、アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントと戦っていたリクは、ぐったりと地面に座り込んでいた。
左足の肉が抉れ、右脇腹からの出血が激しい。右腕も骨が折れているようだ。
端的に言って虫の息だ。
だがそれでもリクは、絶命することはない。ゆるりと、ゆるりと、出血した血がリクに戻っていく。骨が徐々に修復されていく。ボロボロな体が正常な体へと戻っていく。
そしてリクは、ゆったりと立ち上がる。
「どうした?それで終わりか?貴様は、己の意志をもって、道を切り開くと言ったはずだ。それにもかかわらずこの様か?情けない男だ」
「情けない?俺は、数日前までただの男子高校生。こんな死にかけるような目に遭う人生を送っていないんだ。それなのにお前らは俺に期待しすぎだ。勝手に期待して勝手に絶望するな。長期投資という言葉を知らないのか?発展途上のところに投資して、長い期間待ってその成果を得るということだ」
「それをするにしても、成長する見込みがある人間に対して行うものだ」
「俺はダメということか?」
「少なくとも現段階ではな」
「厳しいな。こんなボロボロになりながらもまだふざけた態度ができる人間なんてそういないと思うんだがな……」
「私との戦いを乗り越えなければ認められない。それは譲れん。認めて欲しければ、私の攻撃を乗り越えてみせろ」
再びアストラ・インクリナント・ノン・オブリガントの幻影が複数生まれる。
リクはその事実を黙って認識した。
「……正直なところ無理だな。俺にはその攻撃を破ることは難しい」
「諦めるというのか?先程の威勢はどうした?」
「時に冷静に無理なものは無理と判断するのも大切だと思っている」
「それで、貴様は何を成し遂げられる!そのような思考で!」
「色々?そんな思考だからこそ成すことができる。むしろあんたの思考の方が危うい」
「ならば。ならばこそ。我幻影を破って見せろ!」
「それは断る。そんなもの破る気も破れる気もないしな」
「軟弱者が。諦めた人間に何ができる。救世主とされながらなんという体たらく!」
怒りのせいか、眉間の皺が深くなっていく。リクはそのことを理解していたが、自分の態度を改めることはない。
「ならば、今この場で私が食い殺してくれる!貴様のような奴はこの場で死に絶えるのがふさわしい」
「この世界には、思想・良心の自由の自由というものはないのか?」
呆れた表情でリクは呟く。だが、その間にもアストラ・インクリナント・ノン・オブリガントは、その幻影とともにリクを襲う。
だがリクは、何もしない。何もできないのだ。リクは、公言したように幻影を破る術を知らない。だから何もしなかった。だが一つだけ知っていることがあった。
左腕が激痛に襲われる。半分ほど筋肉を削られたようだ。続いて右足、右肩、左肩、何度も何度も恐ろしい痛みを味わう。
だが、まだ終わらない。
後ろから大きく口を開けた。その口の中には大きな鋭利な牙が見えた。
その牙がリクの首に深く深く突き刺さる……はずだった。
「ぬっ!」
アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントの顔色が変わる。
硬化魔法であった。リクは首に、ただ首のみに、硬化魔法を全力で使用していた。
「本当に……容赦ない。いきなり呼ばれて軟弱だのなんだの。人に期待しすぎじゃないか?理想の人を求めすぎて歳食っていく残念な奴みたいだ」
首から血がダラダラと流れながらも、リクは笑っていた。
「そして話も聞かない……。いったい俺がいつ、諦めたと言った?そんなことは……、一言たりとも言っていないぞ……。それに……」
リクは、銃口がアストラ・インクリナント・ノン・オブリガントに向けられている。
「別に。わざわざあんたのそれを破る必要なんてない。この状況なら、攻撃できるのだからな」
特殊装弾プレケスが既にこめられていた。そしてリクの持つ膨大な魔力により、その銃弾は、恐ろしい貫通力をもって、アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントを撃ち抜く。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
顔に火がついている。特殊装弾プレケスの効果だろう。酸素を吸うのも難しいだろう。
「はっ!これではどちらが軟弱かわからねぇな」
追撃を加える。今が倒すチャンスであると、リクは確信していたからだ。
容赦無く、まずは足を打ち抜き、そして、身体中を撃ち抜く。
ついにアストラ・インクリナント・ノン・オブリガントは跪き、そしてぐったりと倒れる。
リクはそれをみて、ゆったりと近づく。しかし決して油断はなかった。それどころか、銃に膨大の魔力を込める。
そして、眉間に銃口を向け、引き金に手をかける。とどめを刺す気である。
「……見事だ」
アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントはゆったりと口を開いた。それに一瞬リクは、手を止めてしまうが、思い直して再び引き金を引こうとする。
「……容赦のない男だ。だが、私はもう戦う気はないぞ・」
「そうか。なら倒すだけだ」
「まぁ待て。話さなければならぬことがある」
「なんだ?」
「我が使命は、救世主に対して力を授けること。つまり、貴様に力を授けることだ」
「それは、俺は合格ということか?」
「その通り。軟弱者だと思ったが、その実態はまるで違った。失礼した。貴様は、そんなものではなかった。ただ目的のために、今できる最良を実行する。その力がある。恐ろしい男だ。だが、確かに己の意志を持って道を切り開く力だ。だからこそ、我が、貴様に力を貸そう!」
アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントの体が、実体ではなく、光の粒子になっていく。
そしてその粒子は、リクの体の中へと入っていった。
「グゥ!」
何か吐き出しそうになったが、リクは、それを堪える。何か膨大な力が自分の中に入り込んでくるのは理解した。
その瞬間、何かが弾けたかのようにあたりに衝撃が起きる。
同時に、光のエネルギーが雲を突き破り、天に、地上を照らす太陽に、向かって一本の柱のように伸びていった。
きっと遠くからでもそれは観測できるであろう。
どこからか声が聞こえた。
「最後に一つだけ言っておくことがある。貴様は確かに、己の意志を持って道を切り開くことができるだろう。それだけの素質が、貴様にはある。だが―――」
―――その意志は、光だけでなく、闇も含まれたものであることを自分自身で理解することだ。
声は、それを最後に聞こえなくなった。
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