試練
「今のところは何もないな」
一方その頃、リクは一人祠の中を歩いていた。もっとも、何も存在せず、ただ歩いているだけであった。
だがこのまま何も起きずに終わるとは思えなかった。
そしてついにリクは、これまでに見られなかった大きな、部屋にたどり着いた。大きな部屋だ。大勢の人々がパーティーを行えるほどだ。もっとも、これほど薄暗い場所では、ムードも台無しであろうが。
―――来たか
どこから声が聞こえる。耳を澄ませてもどこから聞こえるかわからない。前から声が聞こえると言われればそう思えるし、後ろだと言われたらそうだと信じてしまうだろう。
(どこだ……?)
あたりを見まわしてもその声の主はいなかった。
「ここだ」
先ほどまでは間違いなくそこにいなかったはずなのに、部屋の中央でたたずむ大きな獣が一匹いた。見た目は狼と言っていいだろう。だがそれにしては大きすぎる。今まで寝ていたのか、足を折って、随分寛いだ姿勢だ。それにもかかわらずリクはこの獣を見上げなければならない。その獣は、青白い毛並みに、周囲には何やら粒子とやらが漂い、その鋭い眼差しはリクを捉えていた。
「よくぞきた救世主。私は長きにわたり貴様を待っていた」
「誰だ」
「救世主を長きにわたり待っていたただの番犬よ。アストラ・インクリナント・ノン・オブリガント。それが私の名前だ」
「随分と長い名前だな」
「貴様は随分と態度がでかい男だ」
「よく言われる」
笑いながら、戯けた表情でリクは返す。
「これが救世主か……想像とはまるで違う。だが、それもまた面白い」
アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントは立ち上がる。おかげでよりその巨大な体を認識させられた。
「救世主よ。汝に問う。これから訪れる過酷な運命に抗う覚悟はあるか?」
静かに、厳粛に問いかけた。リクにもその雰囲気を感じ取ることができた。だが、あくまでもリクは戯けた表情は崩さなかった。だが、目の奥には確固たる意志が感じ取られた。
「さぁ?運命なんかわからないからなんとも言えない……。ただ、俺は救世主として助けを求められた人のために、己の意志をもって、これからの道を切り開く。その覚悟はあるぜ」
「……ふっ。ハハ……。ハハハっ!面白い!その目嫌いではない。よろしい!ならば、私を倒し、貴様の道を切り開いてみせろ!」
アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントは叫び、リクに襲いかかる。
「!!」
アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントの攻撃は単純、右前足でリクをフックのように殴り倒す。
それだけでリクの体は大きく吹き飛ばされ、壁に激突する。
「終わりか?あれだけ大見えを切ったのだ・それで終わるわけではあるま……」
言い終わる前に、乾いた音が聞こえた。それとほぼ同時に、アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントに無数の傷をつけられる。
「ぬぅ!これは!」
それは銃弾。いや、正確には弾などはなかった。ただ体に当たるまでは確かに銃弾のような形状をしていたが、アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントに傷をつけた瞬間消え去った。それもそのはず、魔力によってできたものだ。そもそも物体として存在しない。
リクの武器、ウォルンタースが火を吹いたのだ。
「よかった。ほんとうによかったよ。コイツが効いてくれて……。つい最近、コイツで急所を撃ち抜いても死なない化け物に遭遇して、腕まで潰されたから若干不安だったんだ。だがあんたはどうやら攻撃が通用するようだ。それだけでやる気が湧いてくる。うん!我ながらこの条件でモチベーションが上がるとは単純だ」
「それが貴様の武器か。なるほどなかなかに厄介な……。それに壁に叩きつけられた傷もないとは」
「正確には治ったが正しい。俺はどうも簡単には死なない感じらしい。ゲームで言えば、初期から体力値だけは最高値みたいな感じだ。おかげで死にゲーぽい環境でもそうそう死なない。つまり俺の生命力はゴキブリ並みだ。」
揶揄うような、馬鹿にするような口調でリクは笑みを浮かべる。アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントはそれを見て少しだけ目を細めたような気がした。
ウィリアムに襲われた時、リクは一度腕を失った。その事実はリクも自覚していた。だが、気がついた時には修復されていた。なぜ?という感情に支配され、リクはレイラに問いかけていたのだ。
曰く、リクは無象の魔力がある。
曰く、リクは自己治癒魔法に関して天賦の才がある。
それゆえ、リクは人間にとって致命傷となりうる傷を負っても、致命傷になり得ない。その無象にある魔力によってなされる自己治癒魔法により傷を治していくからだ。それも無意識に。
つまるところ、リクはそうそう死なない体を手にしたということだ。
「なるほど。さすがは救世主。やはりそう簡単にはいくまいか。ならば!」
周囲に霧が生まれ、視界が悪くなる。どんどん霧が濃くなるにつれ、アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントの姿が消えていく。
「ならばコイツはどう乗り越える?」
アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントの姿が消えていく。
「くっ!」
リクにはアストラ・インクリナント・ノン・オブリガントがどこにいるのかわからない。だが手を止めるのはまずいような気がした。だから銃を放つ。
だが手応えはない。ただただ外し虚しい音がするだけだ。
その事実を認識するのと同時に右脇腹に強烈な痛みを覚えた。
その瞬間先程のようにまた数m先まで吹き飛ばされた。
「ぐぉ」
(だがこれぐらいならまだ耐えられる。一度腕を失うほどの痛みを経験した。これぐらいなら耐えられる。)
歯を食いしばり反撃に出ようとした瞬間、地面に叩きつけられた。
「攻撃を受けたら追撃がくることをかんがえるべきだぞ?」
「……」
勝ち誇った笑みを浮かべていたが、その笑みを一瞬で消されることになる。
リクの銃口がアストラ・インクリナント・ノン・オブリガントに向けられていた。
そして、次の瞬間、アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントの顔に無数の傷がつけられる。
「ぬっ!」
「……攻撃が決まったとしても相手の反撃を想定すべきではないか?」
「確かにそうだな。次はそうしよう」
再び姿が消えていく。
(奴も生き物。心臓が動き、酸素を吸う。そして体内には血液がある。さっき傷つけた傷口から出血があるはずだ)
注意深く観察する。敵は近い、気を抜いたら先程同様痛い目に遭う。
目を凝らすと、かすかに血痕があった。
(やはりあった。なら今奴がいる場所は……)
ウォルンタースに銃弾を込める。特殊装弾プレケスを。
「そこだ!」
リクは後ろを振り返り、引き金を引く。
予測通りそこには、アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントがいた。今にもリクを襲い掛かろうとしていた。あと少し遅かったら、やられていただろう。
(決まった)
確信を持った。この銃弾は間違いなく当たると言う確信を。
―――しかし。リクの予想に反し、アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントの体に傷を与えることなく、通り抜けていった。
「なに!」
そしてアストラ・インクリナント・ノン・オブリガントの体は、霧へと消えていった。そこにはもはや何もなかった。
その直後再び背後から強烈な一撃を受ける。
「うごぉ!」
肺の中にあった空気が全て奪われる。だが、苦しんでいる暇はない。追撃が来る可能性があるからだ。リクはすぐに反撃の体制をとり、アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントに銃口を向ける。
だが今度は左脇腹に一撃を受ける。鈍い音がする。骨が折れた音だ。さらにその骨が肉に突き刺さり、強烈な痛みを覚える。
「っ!」
声こそ出さなかったが、その痛みは凄まじいものであった。
(一体なぜだ?俺は奴を正面から睨みつけていた。それなのに予想外の方向から攻撃を受けた。動いた様子もないのに。なぜだ?)
痛みを耐えながら、同時に生まれた疑問について考える。
(さっきも、銃弾が当たったと思ったら、通り抜けたし。……いや、そうか。幻影か?俺が狙っていたのは幻影。そして本体はまた別にいる。だから先程ように予想外の方向から攻撃が―――)
さらに一撃攻撃を受ける。
「ごはぁ!」
口から大量の血が噴き出してきた。その血が地面を汚していく。だがそんなことを気にしていられるほどリクに余裕はなかった。
「どうした?もう終わりか?さぁどうする?」
アストラ・インクリナント・ノン・オブリガントは低い口調で問いかけた。




