謎の少女
「は・・・?」
彼、向井章浩が状況を何とか整理したとき恐怖よりも、絶望よりも、困惑が襲ってきた。
仕方がないことである。なにせ普通であったのならあり得ない状況であったからだ。
彼が家に帰るために渡っていた横断歩道から車線上に、まるでペンキで雑に描かれたような赤いタイヤ痕はすぐそばにある電柱にぶつかった車であろうものまで続いていた。
その運転席だったであろうところには、ぐったりとした老人が。その下にはタイヤで顔がひかれたであろう遺体があった。あたりに彼ら以外の人はいなかった。
「なんで・・・なんでっ・・・どうなってるんだっっ!!?」
夜中タバコを買うために近くのコンビニまで外出した彼は、横断歩道を渡る途中、とてつもない痛みが突然襲ってきた。
それは骨が折れたかのような鋭い痛みでもなく、転んだときのような鈍い痛みでもなく――、
――――まぎれもない『死』の痛みだった。
「なんで・・・、なんで・・・傷が、ないんだ・・・?というか、なんで死んでないんだ!!??」
誰もが理解不能な状況だった。あまりに不自然だった。でもその前にやるべきことを思い出した。
「そっ、そうだ!!!爺さん!そこのあんた!!大丈夫か!!?」
事故に遭遇した人を助け出そうと動く。まずは轢かれた人を見る。その人はタイヤで顔を押し潰されて、素人目ではっきりと死んでいることが理解できた。
「くっそ・・・」
次に運転席を見る。そこにはぐったりしている老人がいた。
生きているかどうかは不明だが、轢かれた人よりはケガの具合はマシだった。
助け出そうと行動に移る。車のドアは、電柱にぶつかった衝撃からか歪んでいて開きそうにない。
割れていた車の窓から老人を助けようと手を伸ばす。
「しっかりしろ爺さん!!今出してやるからな!!!」
その手でつかんだ老人は人間とは思えぬ軽さだった。
「え・・・?」
否――、なにもつかんでいなかった。まさかと思い、車のドアに手を伸ばす。彼の手は、ドアをつかむことはできずすり抜けていった。
「はぁ?ほんとにどうなってるんだ・・・?いやっ・・・まさかっっ!!」
血が搾り取られたボロ雑巾を見る。身長160cmほどの身体の持ち主の顔は、タイヤで巻き込まれていて判別はつかない。
周りにはタバコが入ったコンビニのビニール袋と、その人の持ち物であろう財布とスマートフォンの残骸が散らばっていた。
服装は真っ赤なパーカーと赤黒いのパンツ、そして赤と黒のスニーカーを履いていた。
次に自分の服装と持ち物を見る。白のパーカーと黒のパンツ、黒ベースに白い線がはいったスニーカーを身に着けている。
コンビニで買ってきたはずのタバコも、それが入った袋も財布も携帯もなかった。
お腹から嫌な考えが冷や汗とともにやってくる。それを頭ごなしに理性が否定する。でも、もしかして、と感情が訴えてくる。
自身と身体的特徴が一致する遺体。まわりに散らばった物。今着ているものとは違う、血のように赤みがかった服、そして、最後に憶えている激痛。
これらが示していることは――――
「俺、死んだのか?」
――理性が感情と一致したことを意味していた。
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「そっか・・・俺は死んだのか・・・」
状況を受け入れたとき、向井は泣くことはなく、不思議と落ち着いて納得していた。
「なにも残せなかったな・・・」
そして次に『後悔』が襲ってきた。
彼はこれから社会で過ごす楽しみも、結婚という祝福も、子供を育てる未来も、そして自身がこれから様々なものを見て経験する喜びも、誰ともそれらを共有できずに死んでしまうことを後悔していた。
そして、1つの疑問を抱いた。
「そういやぁ、俺天国に行けるのかなぁ?」
「いえ、残念ですが天国にはいけませんよ」
「そっか・・・、やっぱり地獄に行くのかなぁ・・・」
「いえ、地獄にも行きませんよ」
「えぇ・・・まさか、異世界転生か!!!?」
「そうですね。正確に言えば、その下準備に来てもらいます」
「なんだそれ?俺に神様になってくれってかぁ??」
「いえ、それは大丈夫です。神様はいっぱいいますから」
「ふぅー・・ん」
「――――ん?」
気づけなかった。
あまりに自然と話しをしていたために気づくことができなかった。
考えてみればおかしい話だ。
自分は死んでいるとさっき認識したのにも関わらず、普通に誰かと会話しているのだ。
「ッッ――――」
唾を飲み込みながら、恐る恐る声がした方向をゆっくりと見る。
そこには――
「お久しぶり――いえ、初めまして、お父様」
自分が娘だと語る謎の少女がそこに立っていた。




