第7話 優勢と油断
リーサが先頭の狼を片手で指さし、魔法の矢の呪文を唱えた。すると指先から五本の、輝く弓矢が放たれた。そのまま彼女の前にある杭を貫通し、狼に向かって飛んでいく。
三本の弓矢が先頭の狼に、二本がすぐ後ろに命中した!
「五本出せるようになったんだね」
伯母さんが、感心するように言った。
血しぶきを上げ、後方の狼の首が飛ぶ。先頭の狼は傷を負って一旦立ち止まるが、倒れなかった。
「!?」
リーサがたじろいだ。
次々と、魔法の弓矢と、クロスボウから発射される弓矢が狼に放たれる。先頭の狼は結局、五本の矢が突き刺さり、倒れた。
「三本食っておきながら、倒れないというのは……」
叔母さんが敵の体力に絶句していた。でも私は別の違和感があった。
クロスボウの矢を受けた狼は、一、二本程度で倒れていたのだ。魔法の矢の場合、四本以上当たらないと倒れない。
「クロスボウの方が効いている?」
魔法の矢の特長は、途中の障害物や装甲(毛皮)を無視する上、必ず当たることだ。三本も当たればかなりのダメージのはず。矢単体ではクロスボウと魔法では、さほど大きな差は無いはず。
「魔法の効きが悪い……?」
二射目が発射されるが、結果は変わらなかった。先頭集団がリーサの目前に迫っている。杭の壁があるため飛び越えるか、回り込まない限り近づけない。
そのとき、リーサ達の前面で土砂が巻き上がった。
「風の壁!」
魔法が発動した。風が吹き荒れ、刀となって襲いかかる。一匹が風で巻き上げられ、落下し、ぐしゃりとつぶれて動かなくなった。
その他の狼は、地面を掴むように伏し耐えているものの、傷を確実に負わせている。
「大丈夫?」
「なんとか……ありがとう」
御影さんが声をかけてきた。私は、次々に血しぶきを上げて倒れていく狼を見て、気分が悪くなっていたのだ。
彼が背中を優しくさすってくれたおかげで、少し楽になるのを感じた。
「レェナ、前を見なさい!」
「は、はい」
少し立ち直った私に伯母さんの厳しい声が飛ぶ。まだ、少し遠目に見ているだけなのに、リーサは前線で頑張っているのに……情けない。私は、顔を上げ、戦場を見た。
狼を十匹以上倒し、それ以外にも傷を負わせている。そのうえ、目的である勢いを、ある程度止めることが出来たようだ。
「全員、突撃!!」
足を止めた狼の集団に、剣士隊が分断するように切り入っていく。
「すごい……」
私はつい見とれてしまった。先生ら剣士隊が、狼をいなしていく。剣の攻撃も有効のようだ。
あれが先生の本気なのかな……?
いつも見られない、凄まじい剣の捌き。決して大ぶりせず、小さく剣を振ることで素早く、複数の狼を倒している。
剣だけではなく、蹴って距離を取るなど色々な技を使っている。他の剣士隊も後に続いた。
先生はこれを見せたかったのかもしれない。
分断され魔法隊にしようとした狼たちは、魔法隊や弓矢隊が攻撃している。狼たちは杭の壁と魔法に阻まれ、リーサ達に近づけないまま倒されていく。
「よし、押している。もう大丈夫だ。けど……戦いの最中にこんなこというとフラグだよな……」
御影さんが一人でつぶやいている。
フラグってなんだろう? 御影さんは時々、よく分からないことを言うことが分かってきたので、気にしないことにした。
いつのまにか、殆どの狼は倒されていた。
「…………!」
その瞬間、何か強烈な視線、悪意を持つ存在を感じた。入り口の奥の方に。
これは殺気? そういえば……何匹かいるというコボルドの姿が見えない?
私は、村の入り口から何か飛び出してきたのに気付いた。
明らかに他より大きい狼に、コボルドが乗っている。簡素な革製の防具を身につけ、剣を構えていた。思っていたより、随分大きい。
それが三騎、一斉に走り出した。私たちのいる方向を目指している?
「気を付けろ!! こいつらを中に入れるな!」
先生が怒涛のような叫び声を上げた。周りに、一気に緊張が走るのを感じる。
私は、いつのまにか御影さんの服の裾をつかんでいた。