第8話 フラグが立つとき
「うおおおおおっ!!」
先生は、叫びながら声を上げ、狼めがけて切りつける。すると、その一撃で騎乗していたコボルドが落下した。残り二騎。それらはスピードを緩めず、剣士隊をすり抜けた。
「しまった!」
先生が叫ぶ。
すぐにウインドウォールの魔法が放たれる。
しかし、その二騎は、杭の壁を軽々と飛び越え、リーサ達の目の前に着地したのだった。
「まずいな、下がろうか」
「いや、あの速さではすぐ追いつかれるよ。狙いは間違い無い、レェナだよ。ここで倒すしかない」
御影さんと叔母さんが言った。叔母さんはスクロールを開き、詠唱を始める。
私はリーサから目が離せなかった。
彼女は目の前に着地した二騎に、驚きと恐怖で動けないようだ。
他の魔法隊は狼とリーサから離れ魔法を唱える。クロスボウや命中が確実ではない呪文は、リーサに当たりそうで撃てない。
「あれは、魔法の防具だね。私の平和ボケが……! 魔法の矢!」
伯母さんが、悔しそうに言い、呪文を放つ。
しかし、かなりの魔法の矢が命中しているのに、なかなか倒せない。それでも攻撃を続け、伯母さんの魔法のおかげもあって、一騎が倒れた。
最後の一騎は、私たちとの間にいたリーサに飛びかかった。
「リーサ!!」
狼が飛びかかり、コボルドが剣で彼女を切りつけるのが見える。一瞬のはずなのに、リーサが後ろにゆっくりと倒れていくように見えた。
バタンという音がして、彼女は仰向けに倒れた。
すかさず、狼が倒した獲物の胸の上に、前足を置いた。己が倒したのだと誇示するように。
騎乗しているコボルドは私を睨んでいた。リーサのローブは破れ、肩の辺りには血が滲んでいる。意識を失っているように見えた。
「あいつ!」
敵を倒してリーサを助けなければ!
この瞬間、私はコボルドと狼を明確な敵だと認識した。大切な人を、傷つけ奪う存在だと——
友人を傷つけた報いを受けなければならない。
倒さなければならない。
この世から、滅ぼさなければならない。
「許さん!」
もう怖いという感覚は消えていた。生き物を傷付ける罪悪感も、血を見て怯むような気持ちも。私は、何かに駆られるように、敵を睨み、その方向に走り出した。
「レェナ、待て!」
「レェナ……さん!? 君はいったい……」
後ろから、伯母さんと御影さんの驚く声が聞こえた。しかし、頭の中に響く言葉にかき消される。
斃セ。
次第に人の声が聞こえなくなっていく。視界にはコボルドだけが映り、狼の土を蹴る音だけが聞こえていた。
コボルドを乗せた狼が、私の動きを見て走り出し迫って来ていた。冷静に、集中して相手の動きを見て、ほんの少し上から振り下ろされた剣を受け、弾く。コボルドは、その力に驚きバランスを崩した。
私は、それを見逃さず、剣を振った。固い物に刺さる鈍い感触がある。しかし、剣から伝わる感触が急に軽くなり、そのまま空を切った。
どん、という音の方向を見ると、切り落としたコボルドの腕が地面に落ちていた。それにはリーサの血に赤く染まった剣が握られている。
返り血が、私の頬と服を汚していた。軽々と腕を切り落としてしまったことに驚く。
「この力はいったい……?」
私の冷静な部分が恐怖にわなないた。だけど、得体の知れない熱に侵された体と心はビクともしなかった。
コボルドは、狼に乗ったまま苦痛に歪む顔をし、距離を取った。そしてすぐ、こちらに向かって来る。体当たりで私を倒すつもりのようだ。
私も走り出し一気に間を詰める。狼が地面を蹴り、飛びかかってくる。すんでの所を屈んでかわし、すれ違いざまに、コボルドを思いきり切りつけた。
「えっ?」
硬い鎧や、腕より太い胴体に当たったはず。なのに、空振りしたと思うほど、剣からの感触が軽かった。とてつもない違和感を抱く。まるで、自分の力が何倍にもなったような、そんな気持ちになる。
どすん。
何かが落ちる音にはっとして、足を止めた。振り返ると、コボルドが胴体のところで防具ごと切断されている。それは、真っ二つになって地面に転がっていた。切り裂かれた胴体から血が流れ、赤い海が広がっていく。
「ぐが……が…………」
コボルドが驚いた目で私を見ていた。断末魔だ。凄惨な光景が広がっている。
倒すつもりではいたけど、これは何だ……。さっきの力は……? 妙な熱はもう消えている。聞こえなくなっていた周囲の、ざわざわという音が耳に入ってきた。
村のみんなが、驚いている。凄惨な光景を引き起こした私に対して、引いているような声が聞こえた。
「防具ごと切り裂くとは……あのレェナちゃんが……信じられない」
「さっきの表情……まるで荒れ狂った角のある巨人の形相だったぞ……」
さっきのは……私じゃない。そう言いたがったけど、脳裏にコボルドを引き裂くときの姿が浮かぶ。
「うぅ……」
私は再び気分が悪くなってきた。今度は、自分の行いに対してだ。




