閑話 隣で眠らせて 2
「御影だけど、入っていい?」
「うん」
ドアをノックしたのは、御影さんだった。
私は半身を起こし、部屋の入り口を見た。彼の顔が少し赤い。お酒のせい、なのかな?
御影さんは、部屋に入って私の顔を見ると、開口一番に不安そうな声を上げた。
「何かあった?」
「ううん、大丈夫」
「大丈夫って?」
御影さんの顔が、さらに曇った。彼に、そんな顔をさせてしまうほど、酷い表情をしていたのかな、私は。
急いで笑顔を取り繕い、答える。
「ちょっと寝付けなくて」
「……寝れないのって辛いよな」
「うん」
本当は夢のことがあるのだろうけど……うまく説明ができないので黙っておくことにした。
何か察してくれたのか、御影さんが話題を変えてくれる。
「俺も着替えて寝る準備しようかな。その後、まだ眠れそうにないなら、何か話をしよう」
「うん。体今から拭く?」
「あー、お風呂は入ってきた」
「そうなんだ」
私は、すぐ着替えると思ったので、また寝っ転がって横になったまま、ごろごろと回転して御影さんと反対側を向いた。
目隠し用の衝立はあるのだけど、なんとなく。
「あっ。あの、変なところじゃなくて普通のお風呂だよ」
急に御影さんが、慌てたように言った。
あれ? 何か微妙に会話がかみ合ってないというか、なんで慌ててるんだろう? 酔っているから?
「変な所って?」
「えっ? いや……」
口ごもっている。
私は、振り向いて彼をじーっと見た。
「いやっ。今日行ったのは普通の、この前レェナさんが間違えて入りかけた混浴のところ!」
「あぁ、あそこ」
この街では、普通の所らしいけど……私は無理。気にしない人は、男女ともに行けるのだろうけど。
でも、そこが「普通」なら、変なところとは? 興味があるけど、御影さんがいつにもなく焦る姿がおかしい。
「ふふっ」
「……やっぱレェナさんのその笑顔、好きだな」
「えっ?」
しみじみと、微笑む彼に、どきっとした。
好きだとか、かわいいとか。伯母さんも、友達も、お世辞だろうとそう言われることは、とても嬉しい。
私がお母さんの髪型を真似るのも、そう言われたいから。
でも、この胸が高鳴る気持ちは、なんだろう。
よく考えたら、彼がそういうことを言ったのは、これが初めて。私が慣れてないだけかも。
「いやっ、気分を悪くしたらごめん」
「ううん、嬉しい」
そう言っている最中に、自然に、自分の顔が綻ぶのが分かる。
さっきの慌てて取り繕ったのではなくて、自然な表情。
「うっ」
御影さんは、私の顔を一瞬だけ凝視して、すぐに顔をそらした。そして、手で頭を押さえている。
彼は、どういう気持ちなんだろう?
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
彼を見上げると、彼の口元も少し緩んでいるのに気がついた。
私は、相手が誰とでも、こうやって楽しい気分になるのがとても好き。
「じゃ、ちょっとあっちで、着替えてくるよ」
御影さんは、そういって、衝立の向こうに行った。私は、ごろりと上を向いて天井を見つめる。
やっぱり、部屋で一人でいるより誰かがいてくれると、寂しくない。
しばらくして、御影さんの着替えが終わる。彼は、そのままもう一つのベッドに歩いて行った。
「……じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
そう言葉を交わして目を瞑るけど、しばらく時間が経っても、なかなか寝付けない。何度も寝返りをうってしまう。
衣擦れの音で御影さんの睡眠を邪魔していないか、心配になった。
そう、悶々としていると、
「レェナさん、寝られない?」
御影さんの声が聞こえた。
寝るの、邪魔してしまったのかな?
「うん……ごめんね」
「俺も眠れないから」
それを聞いて、同じなんだと少し安心した。
「寒くない?」
「俺は、全然」
寒いと思っていたのは私だけだったみたいだ。
そういえば、手を繋いだとき、彼の手のひらとか暖かかったことを思い出す。
「御影さん、こっちに来ない?」
何も考えず、思ったこと言った。すると、御影さんは、困っているのか、戸惑っているのか、少し間を開けて聞いてきた。
「いいけど…………どういう意味?」
「そのままの意味だよ。ちょっと寒くて、近くにいたら暖かいかなって」
「そっか。添い寝か」
「うん……?」
ふうー、と長い溜息が聞こえて、御影さんが歩きだした。彼の足音が近づいてくる。そして、さっと、私がいるベッドの上に乗り、隣で横になった。
彼は同じ毛布に入らず、少し離れて反対側を向いている。
御影さんの方を向くと、私の手のひらが彼の背中に触れる。
このままだと、手のひらしか暖かくないし、彼も毛布の中に入らないと寒いんじゃないかな。
「こっち向いて欲しい」
そう言うと、少し間を置いた後、御影さんは、また溜息を吐いた後、くるっと反対向きになり私の方を見た。
同じタイミングで、私は自分にかかってる毛布を彼にかけてあげる。
「寒い?」
「うん……」
彼は、私の頭の下に腕を伸ばし、反対側の手は背中に回してきた。
抱き締められたことはあるけど、今は普段着より布が薄いためか、彼の体温をより近く、暖かく感じた。
なんだか緊張する。
「あ、酒臭い?」
すんすんと匂ってみるけど、特に変な匂いはしなかった。お風呂入ってきたというし、何も気にならない。
「ううん、全然」
「そっか。よかった」
せっかく、温かくなってきたんだし、どちらにしても、このままでいいと思った。
それにしても、私はさっきから、ずっとドキドキしてるのに、彼は平然としている。お酒が入っているから?
腕枕も、いつも誰かにしてるかのように自然にされちゃったし。慣れている……?
少しすると、次第に落ち着いてきて、私は、少しぼーっとしてきていた。
まぶたが少し重い。このままだと、すぐ眠れそう。人の温かさって凄いなって思う。
「あのさ、一応……俺も男……誘うのは…………」
御影さんが、随分ゆっくりとした口調で、途切れ途切れに言った。
誰とでもこういうことするな、と言いたいのだと思う。もちろん、そういうつもりはないし、女の人ならともかく男の人とは抵抗はある。
あるはずなんだけど、御影さんは、気にならなかった。年の差から親みたいに感じかもしれないけど、それよりも、もっと強い気持ちがあるような。
「結構……今も……理性……」
彼は目を瞑り、何か言っているけど、もう意味を理解するのは無理だと思う。
きっと、今日は悪い夢を見ることはないと、そんな予感がする。
私も眠くなってきたので、まぶたを閉じた。温かくて気分も落ち着き、とても穏やかな気持ちになる。
次第に、すうっと、意識が遠のいていった。




