閑話 隣で眠らせて 1
「えー。二人部屋三つぅ?」
ユーユが宿屋の主人に食ってかかる。といっても、そんなに迫力はないから、彼も余裕がありそうだ。御影さんとかが交渉した方がよかったのかも。
宿屋の主人は小太りのおじさん。ハンカチで顔を拭く仕草をしているけど、汗をかいているようには見えない。
「申し訳ございません、他のお客様との調整でどうしても、二人部屋でお願いしたくて。泊まれる人数は同じですし……。ちょっとお安くしますので」
「え、そうなの? じゃあ……許すー!」
「ありがとうございます」
宿屋の主人は、やれやれ、という顔をしているけど、内心、ちょろいと思っているかもしれない。
ユーユって流されやすいように思う。ぽやーっとしてそうで、何か決めるときには前に出てきて頼もしいんだけど、妥協案があるとすぐに、従ってるように見える。
今日は、ルセの街最後の日。
ユーユとクレフさんが討伐から無事帰ってきて、今日泊まる部屋を取ろうとしていた。昨日まで四人一部屋だったけど、二人加わってさすがに多いし、着替えとか気を使う。なので男女別に二部屋取ろうとしたのだけど。
「部屋は、うちとユノーナ、クレフとモランディ、あとはレェナと御影さんで!」
「なぁ、なんでユーユが決めるん?」
彼女の提案に、モランディさんが口をとがらせて言う。
「いーじゃない。文句ないよねえ?」
「俺はレェナちゃんと——」
げしっとユーユの靴のつま先が、何かを言いかけたモランディさんのすねに突き刺さる。
彼の小さな悲鳴の後、ユーユは私にいいよね、と確認をしてきた。
「仕方ないよ。私はいいよ」
と答える。彼女は、話がまとまったと安心しているみたいだ。
でも、ユーユとクレフさん、モランディさんと3人で旅するときはどうしてるのだろう? ユーユの方が男の人と同じ部屋というのは慣れているような気もするけど
特に意見もなかったため、結局、この部屋割りで今日は泊まることになった。
「俺の意見は?」
と、決まった後に発された御影さんの声は、なぜか他のみんなに届かなかった……。
そして各々が自由に過ごし、夜になった。
みんなで楽しく食事をした後、取っておいた部屋に戻ろうとすると、御影さんが話しかけてくる。
「俺たちは、男同士飲みに出かけるから」
「そうなんだ。私も行きたいなー」
「あー、また、今度な……」
なんだか行かない方が良さそうと思い「行ってらっしゃい」と送り出した。
それにしても、いつの間にあんなに仲良くなったのだろう。
その後、私は、一人で退屈だったので、ユーユとユノーナの部屋にいた。
「あー、あいつ……あいつら御影さんまで巻き込んで。ごめんねぇ」
「えっと私? 私はいいよ」
事情を知ったユーユが、申し訳なさそうに、謝ってきた。
ユノーナは早くも寝ていた。瞑想というやつなのかもしれないけど。
「この街には、賑やかな夜の街があるからねえ」
「夜の街って?」
「うー、レェナはそういうのあまり知らなさそう」
「そういうユーユは知ってるの?」
なんだかお姉さんぶるユーユに質問してみる。
「知ってるよお。こうやってね、女の人が隣に座って、お酒注いでくれるの」
「お酒飲んだこと無いけど、それって楽しいの? お金もかかるんだよね?」
「女の人に注いでもらって、楽しく話すのがいいらしーよ。くっついたりするし」
「えっ。そうなんだ」
村には、そんなお店無かったし、伯母さんはお酒飲まなかった。父は飲んでいそうだけど、家では見たことがない。
御影さんは、そういうお店によく行くのかな。
誰か女の人に嬉しそうにお酒を注いで貰ってる姿を想像すると、ちょっとイライラした。
「フッ。そんなお店だけじゃなくてぇ」
「ぶむふむ」
「女の人が裸になったりぃ……」
「えっ! それって……」
御影さんが、そんなお店に行って楽しそうにしているのを考えると、自分の中のイライラが怒りに変わっていく。
「あぁーレェナ、怒ってるの?」
そんなの自由にしたらいい、とも思うんだけど、心は納得していない。
そこでふと、イライラの理由を思いつく。お金の節約とか考えなきゃいけないのに、そんなところに行く考えのなさに、イラついたんだ、と。
「お金かかるし……」
「ふぅーん」
ユーユは、私の反応を面白がっているように見える。
私は、頬を膨らませて、ユーユに抗議した。
「もう」
「ふふっ」
二人で笑い合う。
そんな話をしていたら、気になることを思いついたので、聞いてみる。
「そういうユーユは、クレフさんがそういうお店に行っても怒らないの?」
「えっ?」
「えっ?」
彼女は本当に意外そうに、聞き返してきた。
あれ、ユーユとクレフさんは好き合ってて付き合ってるんじゃ……? 討伐にも二人で参加してたし、モランディさんもそれっぽいこと言ってたような。
「なんとなく思っただけ」
「うーん、怒る、ねぇ……」
彼女は、かなり曖昧な返事をする。私も、なんかそれ以上聞いちゃいけない気がして、話題を変えることにした。
少し他の話をした後、ユーユも寝ることにしたみたいなので、私は部屋を出た。
廊下に出ると、ちょうど帰ってきたらしいモランディさんの姿が見える。
「よぉ。レェナちゃん」
「あれ? もう帰ってきたの? 御影さんやクレフさんは?」
「まだ飲んでるよ」
「そうなんだ。どうして先に帰ってきたの?」
「んー……レェナちゃんが寂しくしてないかなって思って」
少し考え込んだところを見ると……本当の理由は別にありそう。
「寂しくは……ないかな」
「ふーん」
「あーでもお金の無駄遣いはいや」
「それは心配ない。安い飲み屋があったからな」
「女の人が注いでくれるとこ?」
「いや、普通のとこだよ」
「そっか」
「ふうん。なるほどね」
彼は、私の顔をじっと見つめている。
「どうしたの?」
「いや、嬉しそうだなって思って」
「あっ……」
自覚はあった。少しほっとしている自分がいる。
「まあ、そのあたりの気持ちをもっと大切にしてみたらいーんじゃない?」
「え? う、ん……」
彼は手を振って、自分の部屋に帰っていった。
モランディさんの放った言葉が、私の心に刺さる。自分の気持ちのこと。
自分の心だからこそ、誤魔化したり、敢えて見ぬ振りをしたり。自分は、そんなことをしてはいないだろうか?
私は、部屋に戻り、着替え寝る準備をしてベッドに横になった。
すると、だんだんと、うつらうつらとし始める。
「イヤっ」
そう叫んで起き上がった。汗を少しかいていた。涙も流れていた。
夢を見たのだと思う。内容は覚えていないけど、とても怖くて、とても悲しい、そんな感情だけは残っている。
心臓が破裂しそうなほどドキドキしていた。私は、起き上がって胸に手を当て、大きく息をつく。
一人で眠る時に見る、怖くて悲しい夢。随分前から、時々見ているような気がする。
でも、起きたときは見た内容が、記憶から消えていた。直前の感情と、汗と涙だけが、怖い夢を見た証拠として残っている。
馬車での旅や、この街でも昨日までは、寝るときには誰かが近くにいた。だから見なかったのかもしれない。
そういえば、セイランにさらわれたときも、一人で寝ていて、夢を見ていたっけ。
窓の外を見ると、街灯や、各家やお店から漏れる光で、まだ明るい。
夜といっても、まだ割と早い時間なんだと思う。
汗を拭き終えて、またベッドに横になったとき、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。




