閑話 隣で眠らせて 3
誰かが、遠くで私の名前を呼んで、どんどん、とドアを叩いている。その声は次第に大きくなっていく。そう、まどろみの中で感じていた。
まぶたを通して伝わる光に気づき、目をゆっくりと開く。もう、朝みたいで、部屋の中が随分明るい。とてもよく眠っていたみたい。
部屋の明るさから考えると、朝は朝でも、結構遅い時間のような気がした。
今は静かで、名前を呼ぶ声も、ドアを叩く声も聞こえない。夢だったのかな?
御影さんの顔が目の前にあった。寝る前と同じ光景。
幸せそうに微笑んで、眠っている。この表情は、時々見る寝顔と変わらない。
着替えようと思い、御影さんを起こさないように細心の注意を払って起き上がろうとする。だけど起き上がる前に、
「ん……」
と言って御影さんが目を覚ましてしまった。私は、少し話そうと思い、起き上がるのを諦める。
不意に、目と目が合う。彼はとても驚いた様子で目を見開いた。
「お、おはよう」
御影さんが、かすれた声で言った。
彼は腕枕している自分の腕を見て、次に私の顔を見て、最後に私の着ている部屋着に視線を落とした。そして、固まっている。
その様子がおかしくて、少し笑いながら挨拶する。
「ふふっ。おはよう」
「昨日のことだけど……俺、何もしてないよね?」
「え、覚えてないの?」
そう言うと、御影さんの目が泳いだ。なにかを思い出そうとしているみたい。
私は落ち着いていて、彼が緊張している。昨日の二人の状況から逆転しているみたいで、笑いがこみ上げてくる。
「ふふっ」
「な、なに?」
「あのね、こうやって、腕枕して一緒に寝てくれた」
「あ、そ、そう……添い寝だけね」
なんだか安心したようで、彼の表情が緩んだ。その直後に、ドアの方から、がちゃがちゃと、騒々しい音が聞こえたてきた。
「御影さん、レェナ、開けるよぉ!」
ユーユの声だ。どうしたんだろう?
もしかして起きたときに聞こえた声は、彼女が、私の名前を呼ぶ声だったのかな?
御影さんも、突然のことに固まっている。
がちゃり。
ドアの鍵が開けられ、部屋の中にユーユが入ってきた。
「レェナ、御影さん! ああ、無事だったんだあ。いくら呼んでも起きてこないからぁ……」
そう言って、部屋を見渡し、ある一点を見つめた。ベッドの上に並ぶ私たちだ。
「あっ…………」
はっとした表情のユーユから声が漏れる。彼女は、その後は無言で、くるっと回転して、入ってきたドアの方を向く。
「レェナちゃん、どうした?」
「御影さん?」
ユーユは部屋に入ろうとするモランディさんとクレフさんを押し返して、部屋の外に出て行った。
そしてドアが閉まったあと、がちゃり、と施錠される音が聞こえる。
「なんか、すっごく誤解された気がするんだけど……」
御影さんが、ぽつりと言った。
誤解というのは、やっぱり……。そうではないと、ちゃんと説明した方が良さそうかも。
その後、私たちは着替え身なりを整え、部屋から出た。そこには、ユーユ達がいた。
「御影さん、お話があるんですけど!?」
「えっ」
クレフさんとモランディさんに引っ張られるようにして、御影さんは彼らが泊まっていた部屋に引きずられていく。
私たちは、ユーユとユノーナとの三人で、食堂に向かい、遅めの朝食を摂ることにした。
食堂に着き、各々が注文する。
「男子って仲いいよねぇ」
「そうだね。いつの間に、って感じで」
ユーユとの会話に、ユノーナが混じってくる。
「レェナとミカゲは、夫婦?」
「えっと……違うよ、そんな話、したことないよね?」
ユノーナにきちんと断っておく。親子と間違われたことはあるけど、夫婦とは。そういえば一回夫婦だと、誤魔化したことがあったっけ……。
私が説明していると、ユーユがニヤリとして、追撃をしてくる。
「同じベッドで寝てるなんて。昨日、やっぱり……?」
「添い寝してもらっただけだよ」
「それだけ?」
「それだけ」
「えーっ。つまんないぃ! 御影さん同じベッドで寝て我慢できちゃったの?」
「我慢って、大げさな。お酒飲んでいたみたいだし」
そういえば寝る直前に、理性がどうとか言っていたような。
「あー、レェナ。その考えは、とても、とっても、甘いよぉ。どの男も、羊から狼になるの」
「ミカゲは、白い狼になれるよー?」
「それはほんとの狼だよぉ。そっちじゃなくてぇ……」
「ふふっ」
ユノーナに調子を狂わされるユーユの姿がおもしろくて、笑ってしまった。
「お酒を飲むと寝ちゃう人っているよねぇ」
「寝る直前は、何か説教っぽいこと言おうとしてたみたいだけど、眠気がすごかったみたい」
「説教って、完全な酔っ払いだよぉ」
ユーユは呆れたように言った。続けて、質問をしてくる。
「もし、昨日御影さんが手を出してきたら、どうしたのぅ?」
「……うーん。わからないなぁ」
なんとなく意味は分かるけど、そうなったら私はどうするのかな。
だいたい、同じ部屋に割り振ったのはユーユなんだけど。
「わかんないって言っている時点で、ねぇ」
ユーユがニヤリとしている。
他の人だったら「断る」と即答しているような気がする。だけど……。
そうこうしているうちに、御影さんら「男子チーム」が来て合流した。
「レェナさん、俺が昨日、何か言ったこと、覚えてる?」
「うーん、なんて言ってたっけ……」
「覚えてないなら、いいよ」
「えーっと、笑顔が好き、って言ってくれて嬉しかったよ」
「あーーっ。覚えてるんだ……それ、酔うと、何でも思ったこと言っちゃうんだよ……」
「ほんと?」
「で、基本的に全部覚えているから、あとで後悔することがある」
私は、嬉しかった。しかも本心を言ってしまっていたのなら、なおさら。
「後悔してる?」
「やらかした翌日、大抵は、恥ずかしくなって後悔するんだけど、後悔は全然、かな。でも微妙に恥ずかしい」
「よかった。酔ってたの、結構面白かったよ」
「はぁぁあぁ」
彼は頭を抱えてしまった。その様子も、かわいい。
「私もお酒飲んでみたいな」
「じゃあ、王都についたら、みんなで飲みに行こうよぉ」
「いいね」
「あたしも飲むー!」
みんなが賛成するなか、御影さんだけが、なんだか、苦笑いをしていた。
無事に王都について、みんなでお酒を飲めたら、きっと楽しいんだろうな。
そして、もっと御影さんには飲んでもらって、本音を語ってもらおう。
みんなが楽しく、お酒の話をする中、密かに私の楽しみが増えたのだった。




