第18話 平穏な買い物
また夢を見ている。ぼんやりと見えるのは、お母さんの真剣そうな、何か思い詰めた表情。眉をしかめ、私をまっすぐ見つめている。
「レェナ。あなたの運命を——」
「運命?」
唐突に目の前が暗くなり、真っ暗になる。
「私の大切なレェナ」
「どうしたの?」
お母さんは、半分しか開いていない目で、私を見つめようとしている。
でも、焦点が合わないように感じた。もしかしたらもう私が見えていないのかも。
お母さんは私に手を伸ばしているけど届かない。
「幸せに……」
「お母さん!?」
その時、私は目が覚めて、まぶたを開いた。
目の前では、ユノーナが眉をしかめ、口をへの字にして心配そうな顔をして、私の頭を撫でてくれている。
私は、自分が泣いているのに気付いた。涙が頬を伝った感触があって、急いで拭う。
「心配かけちゃったね」
ユノーナの頭を今度は私が撫でてあげる。
心配してくれてたのが暖かく感じた。
「あ、目が覚めたんだ」
こくり。ユノーナは、うん、というように頷いた。
私の言葉がわかったのかな。
「あ、おはよう」
御影さんも私が起きたのに気付いた。部屋の机に向かっていたけど振り返って私を見た。
「おはよう」
「どうした? 目が真っ赤だし、まぶたが……」
「あっ」
私は彼と反対の方向を見て顔を隠した。これは、多分半日くらいは戻らないかもしれない。
髪を前に垂らし、目が見えにくいようにしよう。
モランディさんは寝てしまったということで、私とユノーナ、モランディさんで朝食を摂る。
その後は、ユノーナの服を御影さんだけで買いに出かけた。私はユノーナと二人でお留守番だ。さすがに、昨日と同じ格好はマズいだろうというと話し合った結果なんだけどね。
ユノーナと二人で、御影さんを待つ。言葉が通じないのが、もどかしいな。
「私の言うこと分かりますか? 分かる?」
無駄だと思うものの、それでもなんとか、会話をしたくて話しかけてしまう。すると、彼女はこくりと頷いた。やっぱ分かるのかな?
「やっと話せたね、レェナぁ」
「はえ?」
きょとんとする私。なんか急に言葉を話し始めた。言葉というか、私が使っている共通語を。どういうこと?
「木から戻ったときは、体の全てが眠りから起きたわけじゃなかったの」
「あ、少しづつ目が覚めてきたってこと?」
「うん」
「ちょっとずつ色々なことができるようになってきたよ。理解はできてたけどさっき共通語を喋られるようになった」
なるほど、昨日の時点で完全に起きたわけじゃなかったんだ。
「昨日から寝ていたのはそのため?」
「うん。本当はあたしは眠らなくてもいいの」
なるほど、そーいうことだったのか。って、エルフって寝なくていいの!?
「寝るというか、目をつぶってメイソウするの」
「瞑想……!」
御影さんが言ってたやつ。うーん、彼は瞑想以外にも寝ないといけないし、エルフというわけじゃないから言ってたのとは違うのかな。
彼がいた異世界には、エルフがいるのかな。それとも全然関係ないのかな。
話せば話すほど、疑問がわいていく。
「そうなんだね。じゃあ、改めてヨロシクね。私はもう知ってるみたいだけどレェナ。あなたはユノーナと呼んでもいい?」
「うん、いいの」
「ありがとう、よろしくね!」
そういえば、記憶は、戻ったのかな。
「記憶って、やっぱりあまり思い出せない?」
「うん、そうなの」
御影さんが言っていた、父親と母親とお別れするところが最後の記憶で、唯一の記憶というやつか。
色々、思い出せるといいけど。時間が必要なのかな。
「あ、でもお城、森の中に大きな湖があって、その横のお城をよく見ていたし中にもいたようなの」
「お城?」
「うん」
「住んでいたの?」
「わからないの」
そっか。もしお城に住んでいたのなら、お姫様ということになるのかな。
住み込みの使用人とかかもしれないけど、ユノーナはまだエルフとしては子供なんだろうし。
「ね、ユノーナって子供?」
すごく変な質問——。
「子供だよー。大人として認められるのは百歳くらいなの」
「そ、そう」
人間なんて百歳なんてとても生きられないのに。エルフって聞いてたけどすごい長寿なんだ。
それ以外にも、もうあれこれ質問してしまい、時間がどんどん過ぎているのに気付かなかった。
そして、やがて御影さんが、帰ってきたので、これから三人で、服を含めて、色々買い物に出かけることにした。
あまり、ユノーナ用に買った服がよろしくなかったので、服も買うことにした。
とりあえず、ユノーナ用の護身用の短剣と、魔術師の職階級のようなので、魔術書を買った。といっても中身は全部白紙だから、この後、魔法の巻物も買いに行くことにしている。
カーラ村だったら、いくらでも作ってもらえたんだけど仕方ないね。
「こんなことならあの奴隷商にあったお金をもらっておけば良かった」
「それ、いけないと思う」
御影さんのぼやきに私は反論する。盗みはいけないんだけど、でも確かに最近お金を使いすぎかもしれない。
「まあ、そうだけどね。さすがに今後のことを考えるとね」
「うーん、何か依頼でもこなさないとダメかなあ」
「余裕があれば、それも考えよう」
とりあえず王都までは行けるだろうけど、今後はユーユ達のように冒険者向けの依頼をこなさないといけないかもしれない。
「あ……いいこと思いついた」
「どうしたの?」
「すぐには無理だから、次の街で試すことになると思う。後で説明する」
「うん」
御影さんに、何かいい案があるみたいだ。考えがまとまったら、また教えてもらおう。
少し歩いて、宿屋街の服屋さんについた。
大人用もだけど、普通に子供の服も結構あった。どれも比較的派手だけど、落ち着いた色のものもある。
私は嬉しくなって、ユノーナにいろんなタイプを着せてみた。ワンピース、スカート、ドレス。貴族風、お姫様風、平民風。組み合わせで色々ある。
なぜこんなにいろいろな服があるのだろう。不思議。
ユノーナは、大人しく私のなすがままになっている。
彼女自身も楽しそうだ。表情が、少し抑えられてた気もするけど、少しづつ自然に感じたまま表現してくれるといいな。
「レェナさん、お楽しみ中申し訳ないけど、一番の目的忘れないでね」
御影さんに注意されてしまった。
思い切って、店員さんに聞いてみることにする。御影さん曰く、こういうところにあるお店は、割と口が堅いから、と。
「あの、ちょっとこれから話すこと、秘密にして欲しいんですけど、いいですか?」
「……訳ありですね。何でしょう?」
服を売っている女の人——お姉さんに話しかけてみた。彼女はアリと名乗った。そのまま更衣室に連れて行く。
「アリさん、この子……こんな耳なんですけど、隠すいい方法ないでしょうか?」
「わわわっ。すごいお耳ですね。うーん」
彼女は興味深そうにユノーナを見て、少し考えて言った。少しとがった耳がとても気になるみたい。でも、「エルフ」だと言わないあたり、多分知らないのだと思う。
「とても可愛い顔をされてるし、フードもいいですけど髪留めはいかがでしょう?」
そういって、アリさんは、ユノーナの髪をまとめて、髪留めを使って後ろで止め、顔の横の髪を調整する。
結構ギリギリだったけど、かなり耳を隠すことができた。
「ウィッグも足せば、さらに完璧だと思います」
テキパキと、ユノーナの頭にウィッグを付け、完璧に隠すように髪を流す。
すごいねウィッグって。ユノーナの髪の毛は、もっと伸びれば隠しても自然に見えるだろうけど、今の肩より上のショートに近い長さだと、ちょっと無理があった。
しばらくはウィッグを使う方が良いかもしれない。
「じゃあ、これをお願いします。服も」
私は、髪留めとウィッグを購入する。
うぅ。痛い出費。実は髪留めも何種類か可愛いのがあって、欲しいな、と思うのはより高かった。いくつか買いたかったけど、泣く泣く一つに絞る。
「お、いいね!」
御影さんも、髪を整えたユノーナを見て喜んで、親指を立てた拳をこっちに向けた。何のサインか分からないけど、ユノーナも真似をして同じポーズをする。
「ふふふ、お父さんも妹さんも、仲がいいですね!」
アリさんが、笑顔でふとそんなことを言ってくる。
「じゃあ、親子でご入店ということで、少しお安くしておきます!」
……いや、親子じゃないんだけどなー。でもそう見えちゃうのか。
否定しても良かったけど、安くなると言う言葉につられて、私は何も言わなかった。肯定もしないけど。しかし、「恋人、夫婦」だともっと割引率が高いと、壁に書いてあることに気付いてしまった。
これは……どうしてももう一つ、ユノーナにして欲しい髪留めがあったから、使わない手はない。
「いや、実はあの人は夫で……」
私はそこまで言って、何故か、すごく恥ずかしくなってしまって、言葉を止めてしまう。嘘を付いてしまったからなのかな。多分、そうだと思う。
「そ、そうでしたか、申し訳ありません! では、恋人・夫婦割引で——」
御影さんが、この状況に気付いたのか、近づいてきた。余計なこと言わないといいけど……。こんなに恥ずかしい思いをしたのだから。
「よろしく頼むよ」
彼は、そう言って私の手をつなぐと、アリさんに微笑んだ。私は、ますます恥ずかしくなって下を向く。
でも、結局、その割引のおかげで、髪留めをもう一つ買うことが出来たのでよかった。
「だいぶ歳上の素敵な旦那様ですね」
とアリさんが言ってくれた。私は、既に落ち着いていたので、ありがとう、と余裕で返すことができたけど、この辺りでは珍しくないのかもしれない、と思う。
ユノーナもとてもご機嫌だったので、よかった。ずっとフードをかぶっているのも窮屈だったろうし。
それにしても、御影さんは随分余裕の態度だったけど、こういうことは慣れているのかな。少し気になった。
その後、私たちはモランディさんが言っていた、魔術ギルドに足を向けることにした。ユノーナの魔法のことは彼に聞くことになっていたけど、どうも忙しいみたいだし、いつになるか分からなかったので、今日行ってみようということになった。




