第17話 妖術師の力
「おい!」
男は叫んだけど、御影さんはそのままの勢いで向かってくる。
不意を突かれたのだろう、私の胸を押さえる力が緩んだ。感覚が戻ってきていて、さっきから不快でたまらなかった私は、ナイフを持った手を払いのけると、もう片方の手も振りほどいて離れた。
それと同時に御影さんが体当たりをする。とてもタイミングが良く、振りほどかれた手のナイフを構える時間も与えなかった。
しかし、打撃は与えられなかったようで、すこし後ろによろめいたけど、後ろにあった机に手をついて立っている。御影さんは、さっと距離を取り、私の後ろに移動する。
多分、できるようなら、ユノーナの所に戻るのだろう。
「男が、女の後ろに隠れるか?」
挑発なのは分かっているけど、御影さんは大丈夫かな。乗ったりしないとは思うけど。
魔法を使われなければ、私でも十分に勝てると思う。
なので、一気に距離を詰めて、派手なフードの男に斬りかかった。ユノーナの敵はここで倒さないといけない。
「はっ」
私は声を上げ、剣で攻撃するために、一気に近くまで接近した。
その時、頭の中に声が響く。
(早い段階で魔法を唱えようとするだろう。視線や接触に気を付けろ!)
モランディさんの声だ。
しかしその声が聞こえ始めたときには、既に私は剣を振っていた。振り下ろすまで止めることが出来ない。
「狂気の王冠!」
「チッ」
剣が命中する直前、男が私を指差し、魔法の詠唱を行った。しまった……まただ。抵抗に失敗して魔力が自分を襲うのを感じる。
同時にモランディさんの舌打ちする声が聞こえた。
「……」
私は意識が少し朦朧としてぼーっとしてしまった。
ここは、どこで、何をしていたんだっけ。分からなくなってしまった。けど、目の前の、多分魔術師の男の人が、優しく微笑みかけてくれているように感じる。
それ以外には、同じ部屋に誰か人がいる気配がある。
そうだ、彼に従おう!
彼の言葉を待っている自分がいる。
そして、私は剣を持っている。誰かを攻撃しろ、というのなら、この剣で切りつけることもできる。
「……」
あれ? 待っているけど、何かを言おうとしたように見えた魔術師の人は、口をつむんでしまった。視線がおかしい。急にどうしたんだろう?
相変わらずの沈黙が続く。
「……」
「はっ!」
私は意識を取り戻し、急激に全てのことを思い出した。そうだ、戦っている途中だった!
目の前の男を見ると、やはり様子がおかしい。隙だと思い、私は剣を思い切り振るった。
「ぐあっ!」
隙だらけだったので、簡単に命中した。
男は、膝をつき、悲鳴を上げて倒れた。もう立ち上がれないとは思う。
「レェナちゃん、もしかして力抜いた?」
「うん……少し」
モランディさんがいつの間にか私の隣にいて、話しかけてきた。
私は、無意識に殺してしまうと感じてしまって、力を抜いてしまった。どうしては分からないけど。
その為か、男はまだ生きている。
「こんなやつは生かしておいてもいいことはない」
モランディさんは男の短剣を奪うと、それを使って左胸辺りに剣を突き立てようとしている。
そこまで見て、私はつい、目を背けてしまった。
「ぐあああっ」
目をつぶっていたので、男の悲鳴だけが聞こえてきた。多分、もう一人私が倒した男も——。
怖くて、その方向を見ることができない。恐らく、心臓に短剣を突き立てたのだろう。
確かにユノーナをさらわれた怒りで私も本気で剣を振るったけど、命を奪うことまでは考えてなかった。結果的にそうなることはあったかもしれないけど。
命を奪うことまで、してもよかったのかな。そうした方がいいのかもしれないし、いけないことなのかもしれない。
モランディさんは、躊躇がなかったから、何か強い殺意を抱いていたのかな。
「すぐここを離れよう」
モランディさんは、言いながら部屋の奥にあるドアを見つめていた。
まだ続きがあるみたいだけど、でも、今は、ここに入った目標は達成できた。これでよしと思って、この場を去るのがいいと思う。
ユノーナは御影さんが抱っこして全員で集まった。モランディさんは、再び魔法を順に使って、全員を透明化する。
もちろん、魔法の巻物なんて使っていない。さらっとやってるけど、これはもしかして、あの魔法使いが驚くほど大変なことなのかな。
私が魔法にかかったとき、魔法使いの動きが止まったのは、もしかして……。
部屋から出たとき、何人かの衛兵さんが地下に下りてきてきた。商人さんや、さらわれた子供達は、これで大丈夫だと思う。
彼らの横を息を殺して、全員で通り過ぎ、一階に戻り外に出た。
火は殆ど消えていたけど、壁はかなり燃えて穴が空いている上に、屋根まで燃え移っていたみたい。
野次馬が集まってきている中、私たちは振り返らずその場を去った。
途中、裏口に向かっていった男達をみたけど、衛兵さんたちに色々聞かれているようだ。これもモランディさんの仕業なのかな。
宿泊している宿屋に急いで向かう。透明化のおかげもあってか、追っ手などはかかってないみたい。
まあ、あの建物の関係者はそれどころじゃないだろうし
私たちは無事に宿屋に着いた。
「今日は、四人とも、同じ一部屋で休もう」
「そうだね、今日だけは離れてると不安かもしれない」
モランディさんの提案で、一つの部屋、二人部屋を取った。私とユノーナで一つ、御影さんで一つのベッドを使う。モランディさんは、ベッドはいらないと言う。
「どうして?」
「まあ、夜中の間起きてるだろうからな」
「え?」
「代わりに朝になったら寝かせてくれ……」
何か作業をするということみたい。御影さんも起きてると言ったけど、モランディさんは頑なに一人で起きてるから大丈夫と断った。
彼がそう言うのなら、と、私たちは、その言葉に甘えることにした。
「ユノーナが起きない」
「魔法的なものは感じないし、多分だけど普通に寝てるだけだろ。起こすのもかわいそうだし、このまま寝させよう」
御影さんとモランディさんは、そう話をしていた。
ユノーナが私の隣で寝ている。
一回起きたのだけど、部屋を暗くしていたせいか、また寝てしまった。
安らかな笑顔でときどき私に抱きついてきては、なぜだか幸せそうな微笑みをしている。
用心はしたものの、特に何事もなく、夜は更けていった。
「……なあ、御影さん? 起きてるんだろ」
「あぁ」
モランディさんと御影さんが話し始めたのが聞こえる。私は寝たふりをしつつ、話を聞いていた。
「最後、あの魔術師にレェナちゃんを人質に取られたとき、どうやって会話してた?」
「ああ、あれか。会話などしてないよ。目でやりとりをしたけど」
「はぁ? 目で?」
「この後体当たりするぞと、目で伝えた」
「それは、どんな魔法?」
「だから、魔法じゃない。俺も、なぜだか分からないけど、伝わったっていう確信があった」
「目で会話ねぇ」
いまいち納得できないみたいで、声が少し不満そうに聞こえる。
「そういうことがあるのかな」
「モランディさんこそ、あの魔術師に何かしてなかった?」
「何のこと?」
「レェナさんが何か魔法にかかったとき、魔術師の動きが止まったように見えた」
「さすがにバレるか。ああ、人物支配という魔法だ。何もするな、と命じただけだけどな」
やっぱり、あの時モランディさんは何かしたんだ。
だとすると、もしかして、麻痺の呪文が唱えられたとき、抵抗できていたんじゃないか、とも思えてくる。
「なんだか強力そうな魔法に聞こえるけど。君はいったい?」
「そんなことはどうでもいいさ。あんたらは甘すぎる。レェナちゃんは、とどめまで刺すつもりがなかったみたいだけど?」
「殺すほどの悪意に触れたことがなかったのだろう。俺だってそうだ」
「へっ。幸せに生きてきた証拠だな。この国はいい。さっきみたいな例外みたいな悪党も、普通に生活していれば会うことも、なかったろ」
「……君は……」
「そんなんじゃ、いつか、情けをかけた敵に後ろから刺される」
「いったい、どんな生き方をしてきたんだ? 他の二人は……」
それっきり、モランディさんは黙ってしまった。彼らの来たという西方の国はどんなところなのだろう。
いろいろ聞いてみたかったけど、再び眠気に襲われた私は、それ以上考えることをしなかった。
明日にはユーユも戻ってくるし、色々、聞いていようかな。
今日は本当に、色々あったけど、みんなが無事で良かった。そう思うと、また私は深い眠りに落ちていった。




