第15話 奴隷商
「何か用か?」
裏口を開けた男の人は、ぶっきらぼうに、女性の格好になったモランディさんに話しかけた。
女性に見える、その姿に目を細めている。これは、うまく騙せているかもしれない。
「知らない男に追いかけられていて、かくまって頂けないでしょうか?」
完全になりきっている。すこし、顔が赤らめているような? 普段の口調から信じられないほどの健気な雰囲気に、つい笑いそうになってしまい、私は口を手で押さえた。
「ほう、助けてやらんでもないが?」
「はい、あなたなら……」
そう言って、上目づかいに、男を見つめるモランディさん。うまく彼が入れれば、その後ろにぴったり付いて一緒に入ってしまおう。
でも、男の人は、何か考えているようだけど。
「……すまん、やっぱり今日はダメだ。あんたのことは残念だが、また今度にしてくれ」
そう言って、男の人は入り口のドアを閉めて引っ込んでしまった。
えっ?
「…………」
失敗しちゃった。これは一回出直すしかないのかも。
モランディさんを見ると、閉じられた扉を睨みつつ、ぷるぷると震えている。
「——あの野郎」
彼がぽつりとつぶやいた。
「下手に出れば、いい気になりやがって!! 何が今日は、だ。ふざけるな!!」
なんか、めっちゃ怒ってるみたい。
彼は叫ぶと、懐から小さな瓶を一つ、懐から取り出し、ドアに向かって投げた。瓶はドアに当たると割れて、何か液体が飛び散るのが見える。
続けて、彼はその扉に近づき、懐から、何か石のようなものを二つ、液体の近くでその二つをぶつけるようにこすった。カチッという音の後、ぼうっと聞こえて、扉は炎に包まれる。炎上するドアから少し離れていても、熱を感じた。
「ちょっと……モランディさん?」
はっとした顔になって、彼は私の方を見た。姿が見えないからだと思うけど、視線が少しずれている。
そして、次第に彼の顔が青ざめていくのがわかった。
「すまん、やっちまった……俺はちょっと隠れるが、レェナちゃん達は様子を見ておいて欲しい」
そう言われ、様子を見ていると、燃えているドアを開けて、二人ほど男の人が出てきた。
モランディさんは、どこかに隠れたようだ。
「熱っ!」
「うわ、なんだこりゃあああ」
「おい、水、水を早く!」
そう悲鳴を上げながら、慌てて二人とも引っ込んでしまった。でも、ドアは開いたままだ。
「御影さん、入ろう」
「うん」
え? 喋った? 狼の状態は?
「もしかして、化身から戻った?」
「うん、戻れるようになったみたいだ」
「よかった。——ね、手を……」
彼は黙ったまま、私の手を繋いできた。手の位置が見えていたんじゃないかと思うほど自然に。
「ありがとう」
「さあ、急ごう」
「うん!」
さっきと同じように、手を強く握ると、御影さんは手を握り返してきた。意思が通じているようで嬉しい。
私たちは手を繋いだまま、建物に入った。
建物の中は、本来は真っ暗なのだろうけど、裏口の方向の炎のおかげで、歩けるくらいには明るい。結構早く火が広がっているのかもしれない。
所々に、ランタンが置いてあるけど、火はともされていなかった。
外からは明かりが見えなかったけど、さっきの人たちは、どこにいたのだろう。
部屋はいくつかあるけど、人の気配を感じない。
「!」
急に御影さんが私の手を引っ張り、ドアが開いている部屋の一つに入った。
その部屋も何もなく、人もいない。
「どうしたの——」
言おうとしたら、耳元で、静かに、と言われて、私は口を閉じた。
すると、ドタドタと足音が聞こえ、部屋の前を走って行くのが聞こえる。
「なんだよあれは!」
「知るか!」
相当苛立った声が聞こえた。多分、三人くらいだろう、裏口の方向に走っていったみたい。
「あと一人」
「一人?」
「うん、ユノーナをさらったのは四人で、匂いからすると多分そのまま、この建物に入ったみたいだ。だとすると、あと一人以上、どこかにいる」
「もっといるのかな」
「分からない。四人以外の匂いもあった気がする」
私たちは扉から出ると、再び通路に出ると奥に進んだ。さっきの三人が来た方向に進む。
すると、通路の終点に、穴が空いていた。下に向かう、小さな階段がある。隠してあったようで、蓋がついたてをしたまま開けっぱなしになっている。
「そうか。地下だったのか」
御影さんがつぶやく。そのまま、私たちは階段を下りていった。地下は石ブロックを並べたような壁になっていた。空気が少し冷たい気がする。
壁に取り付けられた照明に明かりがともされていて、少し明るかった。
階段を下ると、部屋の中に直接出た。幸い誰もいないけど、明かりも点っているしテーブルにはさっきまで遊んでいたと思われる、何かのカードが並んでいた。
飛び出していった人たちのものかなと思う。
「誰もいないね」
私たちはひそひそ声で話しながら、扉の方に向かって、行き、それを静かに開けた。
「ちょい待ち」
聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ると、モランディさんがいる。ハアハアとちょっと息が荒く汗をかいているみたいだ。格好はさっきの女性に見える姿そのままだけど。
「ひそひそ声でも聞こえるから気をつけな」
彼はそう言って、先に進んでいく。
「さっきの人たちは?」
「あー、ありゃ消火活動にしばらくかかりそうだし、衛兵の相手もしなくちゃならないだろうから当分来ないよ」
彼は、何やら悪そうな微笑みをしていた。衛兵さん達が向かっているんだ。
扉の出た先は、右側は、鉄の棒が天井から伸び、床に刺さっていて、それがずっと先まで並んでいる。所々、人が出入りできる戸がある。左側はずっと壁だ。前方の奥の方には、また別の部屋があるみたい。
「ここは?」
「……牢屋だ。俺は初めて見るが」
御影さんが教えてくれる。人を捕らえて監視するために、鉄格子を並べて、このような作りになっているとのこと。
「あれ、その声は、御影さん元に戻ったの?」
「うん、戻れた」
モランディさんもさっきの私と同じ質問をした。姿が見えないと声で気付くしかないよね。透明化は便利のようで、意外に不便かもしれない。
牢屋の奥に目を向けると、奥に人影が見えた。ユノーナだろうか? それに近づき、隅についてる戸に近づくけど、鍵がかかっていた。
倒れてる人影は、ユノーナではなさそう。子供が二人、質素な布の上に寝ていた。それとは別に太った男性が倒れているのに気付く。そして、その姿に見覚えがあった。
多分ユノーナと出会った時の露天商の商人さんだ。
「レェナちゃん、あまり彼を見ない方がいいかも」
「え?」
「生きているみたいだけど、暴力——拷問を受けたみたいだ」
奥の方の暗いところにいるのではっきりと分からない。血は流れてないみたいだけど。でも、指のあたり、少し赤かったような。顔もひょっとしたら腫れている?
それにしても、他の子供も誘拐してるのかな。本当に奴隷商なんだろうか? それに同じグループの人に暴力——拷問って言ってたっけ、そんなことをするのかな。
「優先するのはユノーナだ。彼らは気になるけど、鍵も開かないし、あの奥の部屋に行ってみよう。多分誰かいる」
御影さんがそう言って繋いだままの手を引き、急かしてきた。私は同意して、奥に進む。
そして、部屋の前までたどり着くと、モランディさんが、ドアに耳を当て中の音を聞き始めた。そして私たちの方向に囁く。
「じゃあ、俺がドアを開けて入るから、二人は後から様子を見て入ってきてくれ」
止める間もなく、彼がそう言って、勢いよくドアを開けて中に入っていく。私たちはそれに続いて中に入っていった。




