第14話 透明化の魔法
白い狼になった御影さんの後を、モランディさんと一緒について行っていた。
人通りが少なくなったといえ、街の中で白い狼というのは、ちょっと目立つみたい。できるだけ犬っぽく振る舞ってもらうけど、うまく誤魔化せているか、厳しいかもしれない。
なので、できるだけ人が少ないところを歩いて行くことにした。
黙々と歩いていても気が滅入るのを感じ始めていた。少しモランディさんと話をすることにした。
「ね、モランディさん、どうしてユーユ達と一緒に行かなかったの?」
「ああ、十分討伐隊の募集は集まったみたいだし、俺は遠慮することにした。ま、俺は予備みたいなものだし」
彼の顔が少し曇ったように見える。
「あいつらさ、互いに好意があったみたいなんだ」
「えっ、そうなの!?」
つい大きな声が出てしまった。白い狼が振り向く。
「レェナちゃん、声が大きいよ」
「ごめんなさい」
「詳しいことは聞いてないけど、三人で旅を続けていた途中に、そういう気持ちは抑える、ということにしたらしい」
きっと彼らの中でしか分からないこともたくさんあるのかもしれない。自分たちの気持ちを抑えてまで、三人で旅を続ける意味が、何かあるのかな。
「モランディさんは、ユーユのことを——」
そう言いかけたとき、白い狼が振り向いて立ち止まっているのに気付いた。街の外れ、外壁に近いところにに少し大きめの、何か飲食店のような建物が見えた。路地を抜けた先に見える。
長い間あまり手入れがされてないのか、壁の色など、荒れているように感じた。それに、窓には明かりがともっていない。一見誰も住んでいなさそうにも見える。
「少し、様子を見てみよう」
「うん、ユノーナがここにいるのかも分からないし」
「もしいたら、戦うことになっても中に入るかい?」
「それは……うん、できれば」
モランディさんが、質問をしてきた。無茶なのは分かってるけど、ここで行動しないと絶対後悔すると思う。ユノーナと二度と会えないかもしれない。
「躊躇いなく人さらいをする奴らだ。下手したら殺されるかもしれないし、捕まったら奴隷として売られるかもしれない。それに、もし何もなければ、我々が衛兵に突き出されるかもしれない」
「分かってます。それでも、助けたい」
「いや、分かってなんかいないね。でも覚悟は分かった」
そう言って、モランディさんは、にやりと笑った。私は、その微笑みを見て、少し背筋が冷たくなるのを感じる。悪意は感じないのに、なぜだろう?
この状況をむしろ楽しむような、余裕のようなものがある。冒険者としてはそれなりに経験を積んでいるのだろうけど、次元が違うような。
彼は、今から魔法をかけるので、抵抗しないで欲しいと言って私と御影さんに触れると、呪文を唱えた。
「透明化!」
すると二人の姿が消える。と、思ったのだけど、自分の足も見えない。全身を見回すと、私自身も見えなくなっている?
「よしうまくいった」
見えないけど、モランディさんの声が聞こえる。これは透明化という魔法で文字通り、他人から見えなくする魔法だと説明を受けた。
呪文を唱えたり攻撃をしようとすると解けてしまうので、気を付けるように、と追加で言われる。
何より重要なのは、存在そのものが消えたわけではない、そこに注意してとも。
「御影さんは、多分匂いで俺らの位置が分かりそうだな」
つまり、音や匂い、体温や、触れたら当然その感覚はあるので、油断しないようにということみたいだ。
まずは、全員で問題の建物の入り口に近づくことになった。
それにしても、お互いが見えないのは不安。
「ね、モランディさん、手を繋いで欲しいんだけど……」
「え? いや大丈夫でしょ」
「お願い」
「お、おう……」
私は声の辺りに、手を伸ばした。何か、微妙に柔らかい感覚が手から伝わるけど、手じゃないな。
「あっ、そこお尻なんだけど……」
「あっ」
私はこの辺りかな、というところにもう一度を伸ばすと、何かに触れた。モランディさんの指だ。すると彼の手が私の手をすぐにみつけ、繋いできた。
「これでいいか?」
「うん、ありがとう」
「…………」
私は、離れないようにしっかりと、繋いだ手を握り返した。その瞬間、モランディさんの手が、少し震える。彼の手のひらは、御影さんと違って、少しだけ小さく、少しだけ冷たい。
それでも誰かと手を繋ぐって、結構落ち着くな。
すると、低い位置からグルル……と唸るような狼の声が聞こえた気がする。御影さんどうしたのかな。
「レェナちゃん、それ素でやってる? あんたホントに……」
「何?」
「いや、なんでもない。いざとなれば離すから」
「うん、わかった」
手を繋ぐと歩くときに制限はあるけど、なんとなく進行方向の意図も分かるし、ぶつかることもないし我ながら名案だと思う。
みんなで建物の入り口に近づき、耳を澄ましてみる。私には、何も聞こえない。
もしかして、もうここを離れたのかな? いや、それなら御影さんも気付くはず。
「ドアを開けようとしたが、鍵がかかっている。当たり前だな……。裏口に行ってみるか」
モランディさんは、そう言って、私の手を引いていく。少し焦ってるのだろうか、ちょっと歩くスピードが速い。
「どうしたの? そんな急いで」
「あ、言い忘れてたけど、この透明化の魔法だけど、時間が経っても解ける」
私も彼に歩調を合わせて急ぎ、歩いた。
建物の裏側に回ると、裏口らしき出入り口があった。表に比べると随分周囲が荒れている。
ドアも覗き用の窓もない、木の板そのものだ。当然鍵がかかっていたのだけど。
「魔道士の手!」
モランディさんが呪文を唱えた。すると、空中に半透明の手が現れた。私たちのように完全に見えないのではなく、輪郭がうっすら光っている。
同時に、透明化の魔法が解けて、彼の姿が見えるようになった。私たちはまだ透明のまま。
「これからドアをノックする。出てくるまで何回も。もし、ドアが開くようなら、俺がそいつの注意を引きつけるから、隙を突いてドアの中に入って欲しい。俺も後に続く」
「大丈夫?」
「ああ、多分問題ないだろう」
続けてモランディさんは、呪文を唱えた。
「百面相!」
すると、彼の姿が、やや小さく変化し、服装が変わった。基本的な体型は変わってないけど、髪を長くして服装も女性っぽい。初対面なら女性にも見えなくはないかもしれない。もともと細い体型だから華奢な印象もある。
でも、こんなこんな格好に見せてどうするつもりかな。
「ど、どうしたの?」
「これは古典的なやつだけども、まあまあ成功する」
もしかして時々やっているのかな。声も高めになってるけど、元を知っている私からすると——あれ? 意外と騙されそう?
妖術師ってこういう魔法を使うんだ。カーラ村のみんなとは違うな。
私と御影さんは透明のまま、モランディさんは女性の格好という少し変な感じで待機する。
そして、半透明の魔道士の手が、ドアをノックし始めた。ドアが開くかどうか、それが全てなんだよね。
しかし、その心配をよそに、あっさりとドアが開き、中から男性と思われる人が顔を出したようだ。
私はその男性の動きを注視し、隙をうかがう。うまく中に入れるといいけど……。




