16話
その夜。
リリーは自室で、こっそり侍女服を広げた。
胸がドキドキと高揚する。
次は。
もっと大きな問題がある。
鏡の前に立つ。
そこに映る自分を見て、リリーは眉を寄せた。
「……目立つ」
何より。
髪だ。
リリーの髪は、淡い金色をしている。
皇族の中では珍しくない色ではあるけれど。
離宮に暮らすリリーを直接知る者が少ないとはいえ、使用人として紛れ込むには少し綺麗すぎる。
けれど。
もっと問題なのは。
瞳だった。
金色の瞳。
アルヴェリア王家の血を引く者に現れる、王族の証。
母の身分がどれほど低くても。
どれだけ離宮へ追いやられていても。
この瞳だけは。
リリーが間違いなく皇帝の娘であることを示している。
「……これ、どうしよう」
髪はまとめればいい。
帽子や布で隠すこともできる。
でも。
目は。
どうにもならない。
翌朝。
マーサが部屋へ入ってくるなり、リリーは尋ねた。
「マーサ」
「何です」
「目の色って変えられる?」
マーサの動きが止まった。
「……何を言い出したんです?」
「だから、金色なのが目立つでしょう?」
「ああ」
そこで。
マーサも納得したようにリリーの目を見る。
「確かに、それはまずいですね」
「でしょう?」
「王族の顔を知らない者でも、その目を見れば少しは疑うでしょう」
「どうしよう」
マーサは少し考え。
それから何でもないように言った。
「昔使っていた眼鏡が、物置にあった気がしますね」
リリーが顔を上げる。
「眼鏡?」
「度はほとんど入っていないものです」
「……それ、私に言ってる?」
「独り言です」
まただ。
その日の午後。
リリーの机の上には。
いつの間にか。
丸い縁の眼鏡が一つ置かれていた。
「……」
掛けてみる。
鏡を見る。
当然。
瞳の色そのものが消えるわけではない。
けれど。
硝子越しになるだけで。
金色の印象は少し弱くなる。
目元そのものも。
普段とは随分違って見えた。
「……ないよりは、ましでしょう」
後ろからマーサが言った。
リリーが振り返る。
「置いたの、マーサでしょう?」
「何のことでしょう」
「これ」
「さあ」
「絶対マーサ」
「私は何もしていません」
いつもの返事だった。
リリーはもう一度鏡を見る。
薄金色の髪は。
きっちりと低い位置でまとめる。
その上から。
侍女用の簡素な頭布を被る。
金色の瞳は。
眼鏡の奥へ。
完璧とは言えない。
近くでじっと見られれば。
気づかれるかもしれない。
でも。
「……ないよりは、まし」
リリーは自分でも呟いた。
紺色の侍女服。
白いエプロン。
地味にまとめた髪。
眼鏡。
鏡の中には。
いつもの皇女リリーとは。
少し違う少女が立っていた。
「どう?」
マーサを見る。
「何がです」
「侍女に見える?」
マーサは上から下まで見る。
「まだ歩き方が皇女です」
「そこ?」
「あと、顎を上げすぎです」
「上げてないよ」
「上がっています」
「難しい……」
「侍女は廊下の中央を堂々と歩きません」
「はい」
「皇族を見つけても、顔を上げてじっと見ない」
「はい」
「呼ばれても、『何ですか』と返事をしない」
「そんな返事しないよ!」
「私にはします」
「マーサ相手だからでしょう!」
「そういうところです」
まったく。
最後まで厳しい。
それでも。
鏡の中の自分を見て。
リリーの胸が少し高鳴った。
薄金色の髪も。
王族の証である金の瞳も。
今日は。
できるだけ隠す。
皇女として呼ばれなかった場所へ。
皇女ではないふりをして。
入り込むために。




