迷子
真都と澪がこの奇妙な町へ迷い込んだのは、夏休み中に学校から帰っている最中のことだった。
真都が高校の三者面談を終えた帰り道。
進学を勧める教師と、生活のために働きたい真都。
母さんは進学したっていいのよと言ってくれたが、まだ小学生の澪を片親で育てていくのは簡単なことではないだろう。
勉強は苦手では無いが、別に大学や専門学校で学びたいことがある訳でもない。
結局答えは出ないまま、重たい気持ちを抱えて家路についていた。
夏休み中だけど、三者面談で家から誰もいなくなるということで、その日澪は学童保育にいた。
三者面談後に迎えに行って、母さんが
「買い物して帰るけど、澪も来る?」
と聞いたら、
「お兄ちゃんとお散歩して帰る!」
と言ったので、母さんと別れて2人で歩いていたのである。
道端の雑草をちぎったり、公園でブランコを立って漕いだり、おしとやかな見た目と裏腹に活発な澪を見ながら、自分の進路に想いを馳せる。
気を使ってるとかじゃなくて、僕は本当に就職でいいんだけどな。
母さんはいつも
「真都はもっと自分のことを考えなさい」
と言ってくれる。
だけど、自分のことを考えろと言われても難しい。
大学へ行きたいほどやりたいこともないし、将来の夢があるわけでもない。
それなら早く働いて、少しでも家計の足しになった方がいいんじゃないか。
母さんと澪が大事で、2人が幸せに生活できるのが嬉しいんだから、これも自分のことを考えてるうちに入るんじゃないのか。
先生はそういう風に悩むのが大人になるということだ、なんて言っていたけど、大人が悩ませてきているだけで、僕は別に悩んでる訳じゃないんだけど。
そんなことを考えていると、前を歩いていた澪が突然立ち止まった。
「お兄ちゃん、あれ!」
道路脇の草むらを指差している。
「どうしたの?」
近寄りながら視線を向ける。
そこには小さな女の子がいた。
年齢は澪より少し下だろうか。まだ小学生では無いかもしれない。
こんな時期だと言うのに長袖のワンピースを着て、草むらの中にしゃがみ込んでいる。
膝を抱えて、うつむいたまま動かない。
こんなところで何をしているんだろう。
熱中症になるような暑さだ。体調不良を起こしているのかもしれない。
「大丈夫?」
澪が心配そうに声をかける。
女の子の肩がぴくりと震えた。
ゆっくりと顔を上げる。
女の子は震える目でしばらく二人を見つめていた。
そして次の瞬間。
立ち上がると、くるりと背を向けて走り出した。
「あっ!」
澪が声を上げる。
「澪!」
嫌な予感がして叫ぶ。
けれど案の定、澪は迷わず追いかけた。
「待って!」
「澪!?だめだよ、いきなり飛び出しちゃ!」
慌てて後を追う。
木々の間を抜けて、小道を曲がって、曲がって、曲がって。
走りながらふと思った。
こんな場所、近所にあっただろうか。
住宅街のすぐそばとは思えないほど木が多い。
変だなと思いつつも、それでも立ち止まる暇はなかった。
だって見失えば澪が1人になってしまう。
まだ小学生になりたての妹を1人で知らない土地に行かせる訳にはいかない。
そして気づけば、二人は知らない町の中に立っていた。
さっきまで夏の日差しが照りつけていたはずなのに、不思議と暑さを感じない。
むしろ少し涼しいくらいだ。
「……え?」
隣で澪が足を止める。
2人そろって辺りを見回した。
先ほどまで追いかけていた女の子の姿はない。
代わりにあるのは、静かすぎる町だけだった。
女の子は見失ってしまった。帰り道も分からない。
僕がついていながら、2人で迷子になってしまうだなんて、なんてことだ。
でも、そんなことを言っていたって仕方がない。どうにか帰り道を探そうと、僕たちは町中を歩いてみることにした。
そうして、男の子と出会ったのである。




