姉弟の異動
夏鉄が十八歳になったばかりの夏。四歳年上の姉である月竹が都の西側で地方長官の息子である陳慶伯と結婚することになった。慶伯の父親は紅帝国にある百カ所の県の一つを任されている長官である。安昌県。
安昌県は遥か西から中央の首都まで流れる西江の中流にあり、そこは広大な運河である円河と垂直に交わってもいる。円河は円形の盤古大陸の内側を同心円状に回っている。天から眺めれば夏になると右回りに、冬になると左回りに流れる。緻密に計算された土木技術と正確で頑丈な関で円河の流れを変えている。洪水や干魃の時にも円河の流れを調整して災害を防いでいる。
その要所である安昌県の長官の所へ月竹は嫁ぐ。科挙で女性としては最上級の七段目まで合格した月竹にとっては悪くない話ではある。夫から信頼されて仕事の相談に乗れるだろうし、月竹自身はそれを期待している。
既に月竹と慶伯は文通しており、互いの知性に不満を持ってないようだ。まだ面会していないけれど、月竹は楽しそうである。夏鉄は少し不安になった。恋慕する機会が無かったのに一生の結婚に月竹は賭けている。姑や姑の相性や子宝の問題を考えていないのだろうか。夏鉄がそれとなく尋ねると、月竹は笑い飛ばした。結婚は女にとって忍耐と覚悟はつきものだ。父帝と皇后が決めた縁談でもある。断る理由はない。
母親の加蘭も心配して、月竹を穏やかに諭した。皇族としての矜持を持ち続けながらも嫁ぎ先に尽くす。辛い事が有れば加蘭に愚痴の手紙を送る。月竹は加蘭の言葉には耳を傾けた。
月竹が婚礼の準備をしている間に夏鉄は後宮から長兄の住む東宮に移動する準備をしなければならなかった。たとえ皇子であっても成人していれば後宮に留まるべきではない。父帝と皇后からの命令である。移動すれば病弱気味な兄を手伝う。益々勉学と武芸にも励まなければならない。後宮に戻れるのは月に一度か二度ぐらいだ。
内心、夏鉄は母親から離れたくはなかったが、皆から嘲笑されたくなかったので、父帝の命令に従った。宦官達も手伝う。去年、末の兄は結婚して地方に出て行った。末の兄が最も夏鉄に攻撃的だったので少し夏鉄は安堵している。皇太子だが温和な長兄である旬鉄には憧れと軽い親しみを持っている。旬鉄とは一ヶ月に一度ほど後宮か東宮のどちらかに会って夏鉄は体調を気遣われている。夏鉄も旬鉄の息災を気にした。会う時は加蘭の言われた通りに薬草の茶を出している。
夏鉄は自分と同じ歳の甥である俊学とどの様に接するべきか少し迷う。俊学は旬鉄と似て聡明な上に丈夫で健康だ。会えば夏鉄を叔父として敬意を払うが、夏鉄は少し引け目を感じる。三度ずつ弓術と剣術の試合をしたが夏鉄は全敗している。その上、俊学は一昨年結婚している。俊学の正妻は後宮ではなく東宮に住んでいる。
我ながらに情けないと何となく夏鉄は自嘲する。後宮の歴史編纂をする母親の手伝いが出来ればそれで良かったが、皆はそれを疑問に感じている。




