草仁の永い悩み
藩秋蓮は十歳になる。去年から下級官吏であった伯父の家に行き来して学問を習っている。父親の草仁は機織りばかりやっている秋蓮に不安を感じて兄である草士に頼んでいた。
五十六歳の草士は半ば引退しており、他の親戚の子達や近所の子達に学問を教えていたので快く引き受けていた。それなりに官吏として俸禄を貰っていたものの、何かと弟の草仁から生活費や物資を援助してもらっていたので恩もある。今では三十歳になった長男の啓軟が官吏として家督を継いでいる。
秋蓮は特別に聡明ではなかったが、好奇心が旺盛で質問ばかりしている。草士は最初、面倒臭がったが、秋蓮なりに真面目に勉強に励んでいる事に気付いて答えていく。反射的に正答を告げるのではなくて、秋蓮が何とか自力で考えられるように間接的な答えを出す。
啓軟の長男で草士の孫でもある順温も秋蓮と同じ十歳だが、順温は既に去年の科挙で二段目まで合格している。読み書き算盤を身に付き始めた秋蓮を複雑な心境で盗み見ている。順温は跡取りの男子なので三歳頃から仕込まれている。遅咲きの秋蓮を不憫にも思うし、同時にめげずに頑張る姿を見て軽く驚嘆もした。
草仁は商人としての教養が身につければ良いと思っているので秋蓮に期待していない。篤農家か他の商人に嫁ぐか、将来性の有る婿を迎えるのだろうが、秋蓮は官吏にならないだろう。草仁は秋蓮が帳簿を作成してそれが理解できれば良かった。
しかし秋蓮は伯父の草士とその孫の順温と仲良くなったのか、熱心に通っては勉強している。二日に一度、半日以上は頑張っている。そうでない日は母親の祥華の機織りを使用人達と共に手伝っている。家事は相変わらずやろうとしない。草仁は父親として複雑な気持ちになった。
科挙で二段目まで合格すれば商人としての知識は十分だろう。むしろ商人には机上では説明のつかない計算ができなければならない。草仁自身は働きながら三十歳ぐらいで三段目まで合格したが、秋蓮は結婚した後は家業と家事に専念して欲しかった。
最近の秋蓮の顔色が良い。父親の草仁が家事や躾に煩く注意しないようになったし、伯父とその孫と仲良くなっているからだ。母親の手伝いも誉められるので上手にこなしている。
草仁は啓軟以外の甥かその息子達に水運業の仕事を譲ろうか、それとも秋蓮の婿に譲ろうか迷う。啓軟には弟が二人いて、一人は啓軟を手伝い、もう一人は草仁を手伝っている。前者は官吏に登用されていないが頭は冴えていて、後者は真面目に働いているが指示待ちだ。草仁は妻の祥華と何度か話し合うが結論が出ない。そもそもあと十年ほど迷ってみようと考える。今は五十歳だが少しずつ子分に仕事を割り振ればまだ頑張れる。




