孫道露
石花県筆原郷湯介村。筆原郷で一番の富農である孫道露は末娘を藩真銭に嫁がせることに決めた。末娘の正琴は真銭と同じ歳。今年で二十歳だ。道露は五年ほど前から縁談に悩んでいたが、正琴自身は結婚に消極的だった。正琴は道露の農作業も納税管理も積極的に手伝うが、家事が苦手だ。容姿も凡庸で片思いしては失恋している。最初は親の決めた縁談ではなく恋人と駆け落ちするように結婚しようと夢を見ていたようだが、今ではそれすら諦めている。
道露の妻は正琴を産んだ時に力尽きて亡くなった。七人も産んだので道露は感謝と罪悪感があった。正琴の生まれた春の終わりには毎年子ども達を連れて妻の墓参りをしていた。子ども達は三人夭逝したが、二男二女生き残っている。正琴以外は結婚している。特に道露の長男は二男三女の子宝に恵まれた。その一番上の女の子が流行り病で十年前に亡くなっていた。道露の父親も同じ年に同じ病で鬼籍に入っている。
道露は長男夫婦の頑張りを認めている。あと数年で土地も家業も継がせて自分は孫達の面倒を観ようと考えている。長男は特別頭は冴えていないが温和で他人の話を聴いて決断していく。その妻は家事と育児に専念している。正琴は掃除も炊事も洗濯もせず、義理の姉に甘えている。思い出したように甥と姪と遊ぶぐらいだ。
半年ほど前にこんな不器用な正琴に縁談が転がり込んできたのだ。藩秋蓮の息子の真銭だ。秋蓮は紅帝国一番の豪商である。その夫は皇帝の末弟。富農である道露にとっても雲上人であるが、道露と秋蓮はこれまでに月に一度は会うほどの取引相手でもある。正琴と真銭も互いに顔見知りだ。協力し合って仕事しているので二人の仲は悪くない。
真銭は第六皇子の息子であるにもかかわらず、商人の息子として仕事に励む。腰が低い。道露にとっては嬉しい縁談だ。夢ではない。これまでに秋蓮と何度も話し合ったし、真銭と正琴に確認した。二人は縁談を不安に感じているようだが、ハッキリと承諾している。
道露は妻の墓前でその報告をした。あの世で暮らす妻も胸をなで下ろしているはずだ。
縁は不思議なものだと道露は思った。道露の父親と秋蓮はいとこだった。道露の父方の祖母と秋蓮の父親は姉弟だったのだ。つまり道露と真銭ははとこになる。今回の縁談は親戚同士の結婚になるが、血は薄まっているし姓が違う。
道露は不思議に思った。三十年ほど前に秋蓮と最初に会った時は勤勉だが地味だった。それが道露の祖母を説得して月経用の下着を扱う商売を始めて、今では帝国一番の豪商だ。道露の祖母は家族や小作人達に麻や綿を栽培させて秋蓮に買わせていた。道露の父親はそれを嫌がっていたが、祖母に逆らえなかったし、商売が成功して生活が豊かになった。時折凶作になるが本業の稲作も順調だ。道露はそれを見ながら秋蓮の商売に関わり、父親を手伝い、跡を継いだ。
もの思いに耽っていた道露は妻の墓前に花を供えた。




