雪菊の疑問
目の前には先帝の末子である賀夏鉄とその妻で帝国一番の豪商と称される藩秋蓮が立っている。隣には皇太子になった俊学が大きな机の前でにこやかに座っている。夏鉄と俊学は叔父と甥だが同じ歳だ。
皇后である胡雪菊は先程から露骨に緊張して何度もかしこまろうとする夏鉄と秋蓮が不思議に思えた。去年、夏鉄は皇帝に冷宮にいる宋加蘭に会わせて冷宮を修繕させて欲しいと手紙で頼んでいた。宋加蘭は夏鉄の実母だ。手紙を読んだ皇帝は泣き顔で雪菊と俊学にそれを読ませた。流刑に近い結婚に全く反対せずに妻の秋蓮を支えて更には親孝行をするのだ。俊学も心を動かされ、秋蓮と夏鉄に会うことにしたのだ。
月経用の下着を扱う秋蓮を気色悪いと感じていたが、皇太子である俊学が本気で会いたがっているので、不安になった雪菊も同席した。秋蓮は帝国一番の豪商と称されるだけあって民衆の支持を得ている。特に女性達の憧れそのものだ。皇帝の末弟の妻でもある。
俊学は夏鉄と秋蓮の緊張を解そうとしているのか、笑顔で気さくに話しかけている。今まで後宮に媚びへつらう者は大勢いたが、冷宮を気にかける者はいないに等しかった。近くの尼寺が時折面倒を観るぐらいだ。皇室も政府も冷宮に興味を持たず、予算をかけてこなかった。俊学は時折、感極まって泣きそうになりながらも冷宮の窮状を語り、放置していた事を謝罪し、それを改善しに来た夏鉄に感謝している。
夏鉄の目が泳いでいる。秋蓮も不安そうな顔をしている。緊張が解れた代わりに冷遇されている加蘭の身を案じている。雪菊は落ち着いた声で、
「宋夫人に辛い思いをさせているが、夫人は息災だ」
夏鉄と秋蓮は雪菊に振り向き、落ち着きを取り戻した。雪菊は、
「夏鉄殿。貴方が宋夫人を溺愛していたのは存じているが、ここまで孝行するには訳が有るのではないのか」
夏鉄と秋蓮は俯く。俊学は困った顔をして、
「母上。何を疑っておられるのですか」
雪菊は秋蓮を見つめながら、
「あまりにもお前は酔狂だ。扱う商品はかつて先帝を困らせ天下を騒がせた。その上、冷宮に興味を持っている」
「確かに秋蓮は変人ですが、悪い商人ではありません。叔父上の妻君でもあります」
俊学は言い返した。雪菊は周りを見渡し、壁際や出入口に待機している官吏達や宦官達を退出させた。訝る俊学が何かを言う前に雪菊は、
「夏鉄殿、秋蓮。何か望みか不満でも有るのか」
夏鉄は怯えた顔で秋蓮と雪菊を見比べている。雪菊は、
「これから貴方達は私達の代わりに冷宮を修繕して実母を孝行するのだから、何を言っても罰せられることはない」
秋蓮は一度、夏鉄を見やる。夏鉄は辛そうに見返す。秋蓮は拱手して雪菊を真っ直ぐ見つめながら、
「遊郭で暴利を貪る楼主達を宋夫人様に説き伏せて欲しいのです」
俊学は目と口を大きく広げた。夏鉄の目が泳ぐ。雪菊は肩を落としながら溜息を吐き、
「何故、そんな事をお前が望んでいるのか理解出来ない。それに、宋夫人にそんな力は無いだろう」
「楼主達こそが風紀も婦道も蔑ろにしております。宋夫人様の御声には力がございます」
秋蓮は低い声でゆっくりと言い返した。雪菊は、
「お前を止めはしないけれど、宋夫人の怒りに触れて罰せられても文句は言えまい」
俊学は夏鉄に振り返る。動揺していた夏鉄が今では冷静に佇んでいる。




