不安な帰省
藩秋蓮とその夫である賀夏鉄は初夏に石花県から首都に向かう。十八歳になった息子の真銭と十四歳になった娘の金花は子分達や使用人達と共に留守を預かる。一ヶ月から二か月ほど商売を任されている真銭は不安だ。秋蓮は皆に何か有れば真銭に逐一報告し、真銭を支えるように頼んでいた。真銭と金花には具体的な指示の他に誰に何を相談すべきか教えている。
皆が見送る中、船に乗った秋蓮と夏鉄は笑顔で振り返る。帰るまでに真銭が無事に家業を守れれば、真銭の結婚を二人は考える。真銭は秋蓮の補佐に忙しい上に女達に少し萎縮気味で恋愛をしていないようだ。
秋蓮と夏鉄は今年で四十二歳になる。これから二人は冷宮に暮らしている夏鉄の実母である宋加蘭に会う。皇太后の喪が明けた去年に夏鉄は長兄である皇帝に手紙を書いていた。秋蓮も夏鉄も半分期待していなかったが、返事が来て宮殿の広大な敷地に入る許可が下りた。
加蘭は今年で六十七歳だ。訃報は届いていないが夏鉄は気がかりだ。物心つく前から母親を溺愛していた夏鉄は思い詰めた顔をしている。秋蓮は道中、何度も夏鉄を励ました。夏鉄はそんな秋蓮の両手を何度も握り、悲しい笑みを浮かべる。
秋蓮も緊張して腹に重みを感じていた。宮殿に行くのは二度目だ。夏鉄と共に先帝の葬儀に参加した時は月経用の下着を扱っていたことで皆から冷たい目で睨まれていた。加蘭はそれから庇ってくれた。今は三隻の船で腕の立つ職人達や才覚有る商人達や懸命に操舵する船乗り達百数十人と共に高価な献上品を運んでいる。帝国一番の豪商だと称されているが、秋蓮自身は半信半疑だ。
外郭の門を警護していた守衛達に皇帝からの返事と札を見せるとアッサリと中へ通された。官吏達が東宮へ誘導する。第六皇子だった夏鉄も秋蓮一行も緊張した面持ちで続く。
秋蓮と夏鉄以外の面々は大広間に通されて待機した。二人は皇太子の執務室に案内される。扉の前に立つと二人は拱手して深々と頭を下げる。官吏達が扉を開ける。
奥から男の明るく大きな声が響く、
「叔父上。かしこまらずにこちらに来てください」
夏鉄はゆっくりと頭を上げて中に入る。秋蓮は動かない。今度は奥から女の芯のある声で、
「藩秋蓮。お前もこちらに来なさい」
夏鉄は立ち止まって振り返る。秋蓮は頭を下げたまま、中に入る。夏鉄と秋蓮は並ぶと二人は皇太子の席の七歩前で立ち止まる。秋蓮は頭を上げずに両膝をついて再度拱手する。夏鉄は頭を下げて拱手する。
皇太子はまた明るい声で、
「叔父上。頭を上げて気楽になさって下さい」
夏鉄は秋蓮を見やる。皇太子は、
「秋蓮。立ち上がって顔を上げろ」
夏鉄と秋蓮は皇太子の言う通りにした。皇太子は指を組んだ両手を机に乗せて微笑んでいる。皇太子の向かって左隣には皇后が凛とした様子で座っている。夏鉄は息を飲んだ。秋蓮は不思議そうに皇后を見つめている。夏鉄はそれに気付き、小声で、
「皇后陛下であらせられる」
秋蓮は深々と頭を下げて拱手した。




