加蘭の仕事
五歳になった夏鉄は既に実母の宋加蘭から読み書きや算盤を教わっている。夏鉄は特別に聡明ではなかったが、加蘭にベッタリ甘えていたので、一所懸命に聴いて頑張っている。
姉の月竹はそれに対抗心を燃やして宦官達から学問を教わっていく。詩歌・音楽・仏典以外にも歴史・地理・兵法・政治・技術も教わる。たとえ皇帝の娘である公主であっても女が学問を率先して学ぶのは否定的に見られたが、宦官達は自分達に懐いて真面目に勉学に励む月竹に熱心に教えた。
月竹の異母姉妹達は詩歌・音楽・仏典の教養は十分だが、他の分野には興味が無かったし、周りも期待しなかった。読み書き算盤はほどほどに出来れば良かった。姉妹達だけではなく、異母兄達も後宮の女達も月竹を不思議そうに見守る。宦官達に気に入られて頑張る月竹に攻撃を仕掛けてもこないし文句も言わないが、皆は月竹を変り者とみなした。
宦官達は更に歴史学者の娘である加蘭には宮廷の内情や政治闘争について密告していた。加蘭は宮廷で起きた事を記録して歴史に残す役目を担っていた。宦官達も既に記述をしているが、派閥の垣根無く網羅的に記述出来るのは中立的な加蘭だけであり、情報が集まった。宮廷の者達は加蘭に媚びもしなければ排除もしなかった。歴史学者による記述はたとえ皇帝でも盗み見てはならなかったので、加蘭もまた距離を置かれた。加蘭は黙々と歴史書を書き起こしていく。客観性と中立性を問われる孤独な仕事ではあったが、加蘭はやり甲斐を感じていたし、政治闘争に直接巻き込まれずに済んでいる。
誰が誰と仲良く、誰が誰を呪っているのか。誰が何時何処で何を何の為にしたのか。どんな家系でどんな職能者の出身で家格や財力はどれくらいでどれほど野心的でどの様な思想を持っているのか。宦官達の報告を頼りに加蘭は書き起こしては矛盾が無い様に書き直す。宦官達も欲や保身の有る人間なのでその報告には偏見や誤りが有る。数十人の宦官達の報告を聞き比べては正確な情報を精査していく。事実が朧気に浮かび上がっていく。
加蘭はまだ幼い夏鉄や月竹には自分の仕事について話さなかった。刺激が強すぎるし、身内であっても知り得た情報を暴露するのは公平ではないと感じた。また、月竹が宦官達にいくらせがんでも教えないように命じてもいる。月竹と夏鉄は仕事が終わった後に青白い顔をしたりぼんやりしている母親の加蘭を見ては幼心に仕事の重さを感じた。
月竹と夏鉄は何度も喧嘩しては宦官達や女官達に止められていた。月竹は母親や女官達に甘えてばかりの夏鉄に文句を言ったり、夏鉄も宦官達にチヤホヤされている月竹に言い返す。加蘭は呆れたものの、時々母子三人で後宮の庭を散策する。宦官にベッタリな月竹が実は夏鉄に嫉妬している事を知っているので、加蘭はなるべく月竹の話を聴いては可愛がった。夏鉄はヤキモチを焼くが、加蘭に宥められて大人しくする。宦官達も女官達も遠目でそれを見守る。




