賀潤逸
紅帝国の皇帝である賀潤逸は七十三歳になった。三十歳で即位してから長めの治世である。身体は弱り大部分の政務や公務を長男の旬鉄に任せているが、譲位は宰相をはじめとする高級官吏達から反対されている。最高権威の皇帝は終身務めなければならないし、潤逸は今までに問題らしい行動を起こしていない。
潤逸は大きな寝床で医師や宦官達に見守られながら横になっていることが多い。体調の良い時は庭を散策する。時折、宰相達が見舞いに来たり指示をあおいだりする。皇太子の旬鉄も政務に追われながらも数日に一度は面会して潤逸を気遣ったり国家戦略や方針を確かめたりする。
老いと病の苦痛を感じながらも潤逸は将来を案じている。旬鉄は少し病弱だし飢饉や天災が何時起きるか分からない。孫の俊学は旬鉄を懸命に補佐しているが、安心は出来ない。潤逸は自らを葬る墓を小さめに設計させて葬儀もなるべく静かにするように皆に命じている。ここ二十年ほど何度も遺書を書き直している。
ある日、旬鉄が実母でも皇后でもある朱万梅と正妻の胡雪菊と長男の俊学を潤逸の寝室に連れて来た。潤逸は寝ていたが、調子は悪くなかったので起きた。
万梅も高齢だ。しかし雪菊に介助されながらも毅然とした態度である。潤逸は昔から万梅の内助の功を認めている。万梅の力量で後宮には血生臭い陰謀や暴力は抑えられている。
潤逸が全員を座らせたが、皆は神妙な顔をしている。潤逸は壁際や出入口に待機していた者達を医師を含めて全員、人払いさせた。潤逸が万梅を見つめて促すと、万梅は、
「陛下。夏鉄について申し上げたい事がございます」
潤逸は俊学を見つめた。俊学の目が泳いでいる。夏鉄は潤逸の末息子で俊学と同じ歳でもある。十年ほど前に潤逸は夏鉄を月経用の下着を扱う酔狂な商人と結婚させた。潤逸はふざけ半分であったが、夏鉄は全く反発せずに受け入れた。それを思い出す。
万梅は旬鉄と雪菊を見比べながら説明した。三年ほど前に夏鉄は旬鉄に自らの命を懸けて石花県以外の県でも月経用の下着を販売させる許可を要請していた。その時は無視した。しかし、先月も似た手紙が旬鉄の元に届いた。夏鉄は自分の実母にも同様の手紙を二度送っている。今回は女達の証言を集めて整理している。根回しもしているのか女達の生産性と公衆衛生と社会への貢献度を強調しながら地方官吏達が困るほど理路整然としている。
手紙や資料を読んだ旬鉄と雪菊は無視できなくなり、万梅に相談した。それに気付いた俊学は両親に頭を下げながら諌めたが、万梅は敢えて潤逸に報せて旬鉄と雪菊を叱責してもらうことにした。
話を聞き終えた潤逸は低い声で、
「なるほど」
俊学は何時の間にか暗い顔で俯いている。夏鉄も結婚前は頼りなかった事を潤逸は思い出す。しかし今では流刑に近い結婚生活に耐えるどころか妻を全力で支えようとしている。思えば末子に全く期待せず、何もしてやれなかった。死期も近い。潤逸は落ち着いた口調で提案した。
月経用の下着を売る許可を出すかどうかは紅帝国内全ての百県各自で判断させる。民衆や下級官吏達の意見を参考にすべきだが、二分しそうな場合は県の長官の判断に従う。長官は目先の利益や頑迷な思想に惑わされず、慎重に熟慮する。民衆も部下達もその判断に反発せずに従う。騒動や政治闘争を起こせば増税する。男達は感情的にならず冷静に言動を慎む。
万梅も俊学も呆然とした。雪菊は拱手をして頭を下げた。旬鉄は、
「本当に各県の判断に任せてよろしいのですね」
と、確認した。潤逸は、
「ああ。そうしてくれ」




