長兄と実母への手紙
夏鉄は三十歳の時に皇太子である長兄の旬鉄と実母の宋加蘭に長い手紙を書いて送った。体調を気遣い無病息災を願う文章の他に頼み事をしている。
商人である妻の秋蓮に一度、機会を与えたい。今は勅令で地元の石花県内だけで月経用の下着を販売・流通させているが、他県でも役人と長官が認めればそこにも許可を出して欲しいのだ。その文章を読んだ加蘭と旬鉄が気分を害したら破り捨てて忘れてもらう。怒りが収まらなければ罰は夏鉄だけが受ける。もし、興味を示したら父帝や宰相に提案してもらう。夏鉄はそこまで書いた。
六歳になった息子の真銭は二歳になった娘の金花を軽く抑えながら夏鉄の真剣な姿を見つめている。何時も温和で優しい父親は二人を十分にかまってくれるが、筆を取る時は真剣で近寄り難い。母親は相変わらず仕事一筋だ。毎日一緒に朝早く朝食を摂り、夜に夕食を共にして会話をするが、忙しい母親に何となく遠慮する。妹の金花もそれとなく察知してその分、父親にベッタリだ。真銭は最初は金花に嫉妬して怒鳴ったが、穏やかな父親が強く叱責したので反省して金花が父親に甘えるのを黙認している。真銭はその代わり勉強に精を出している。
祖父母の草仁と祥華は身体が弱っているが頭は冴えており、両親の使用人達に介助されながらもなるべく身の回りの事を自分達でこなしている。二人は父親の夏鉄に何時も慇懃に礼を述べている。夏鉄は苦笑いする。祖父母は真銭に母親以上に父親を敬い、甘えてはならないと何度も諭している。幼心に真銭は夏鉄が貴人なのだと分かった。また、婿入りは珍しい事も最近知った。
夏鉄からの手紙を貰った皇太子の旬鉄と皇帝の側室で宮廷の歴史編纂をしていた加蘭は驚き呆れた。夏鉄は流刑に近い生活に耐えるどころか、月経用の下着を扱う妻の秋蓮の商売を広げさせようとしている。それで権力や財力を期待していないのは分かってはいるが、婦道と風紀を乱す提案である。加蘭は皇太子にも同様の手紙を送っている事を最後の文章で知り、急いで破り捨てると、東宮に向かった。
加蘭は息子の無礼について皇太子に土下座して謝罪しようとしたが、皇太子の旬鉄はそれを制した。旬鉄は人払いさせると加蘭を近くに立たせて夏鉄の手紙を見せた。ほぼ同じ文章である。旬鉄の両隣には旬鉄の正妻である胡雪菊と二人の長男である俊学が座っている。雪菊も俊学も既に手紙を読んでいるのか苦い顔をしている。
皇帝は七十歳になり高齢だ。仕事の大部分を旬鉄が引き継いでいる。夏鉄と同じ歳である俊学はまだ立太子していないが旬鉄を補佐しており、事実上皇太子に近い。
旬鉄は困惑気味に、
「苦労している夏鉄に力を貸してやりたいのだが、御父上に話すべきか迷っている」
俊学は目を丸くして、
「父上。御祖父様に心労を与えてはなりません」
雪菊は加蘭と俊学を見比べながら、
「俊学の言う通りですわ。殿下と宋殿のお気持ちは分かりますが」
旬鉄は腕を組み、雪菊を見つめながら、
「お前も月の障りに苦労していたではないか。後宮の女達も同じだろう」
俊学は苦い顔をして俯く。加蘭も気まずそうに俯く。雪菊は目を泳がせながら、
「御慈悲は嬉しいですが、その様な事を殿下がお考えになってはなりません」
旬鉄は肩を落として溜息を吐く。今の段階では皇帝に報せもしなければ、夏鉄も秋蓮も罰しないことにした。




