藩真銭
夏鉄と秋蓮が二十五歳になる年。二人の間に息子が生まれていた。名前は真銭。真銭は首も据わり腰も据わり歩き始めてもうじき一歳になる。両親だけではなく藩一家と夏鉄の家来達、中央との書簡で協議した結果、真銭の姓は賀ではなく藩になった。真銭は藩一家の跡取り息子であって皇族ではない。家来達は釈然としなかったが、夏鉄は全く反論しなかった。
秋蓮は夏鉄に感謝している。真銭を藩一家の跡取りにさせただけではない。秋蓮が妊娠して悪阻で体調を崩した時には一所懸命に介助したり仕事場に付き添ったり文字通り支えた。名医や腕利きの産婆を探しては診察させた。出産した後も夏鉄が真銭を一番に面倒を観た。秋蓮は自分の母乳を採取して瓶に詰めて真銭を夏鉄に任せては早めに職場に復帰している。
家来達も秋蓮の両親も水運業の子分達も使用人達も秋蓮の身を案じつつも呆れた。妊娠初期から丸二年ほど秋蓮が仕事を休んだら確かに商売にはならないが、皇子である夏鉄に真銭を任せてまで働くのは極端である。しかし、夏鉄は真銭を心底可愛がっている。
真銭は母乳を沢山飲み、よく泣き、何度も風邪を引き、尿も頻繁に出る。夏鉄は嫌がらずに真銭をあやしながら世話をする。家来達はそれを手伝ったり家事をしたりする。秋蓮の両親である草仁と祥華は何度も謝る。二人は高齢で文字通り支え合って余生を過ごしている。
夏鉄と共に来た家来達のうち宦官達は後宮で赤子の世話に慣れているので十分に助言できたり適切な処置が出来ていた。むしろ夏鉄から真銭を取り上げて自分達で世話をしたがった。けれども真銭は夏鉄にベッタリとなつき、夏鉄も真銭と一緒にいたがる。真銭は生みの母親である秋蓮にもなついたが、夏鉄に何時もしがみついている。
夏鉄と秋蓮は真銭と同じ部屋で寝た。真銭が揺り籠の中で寝静まるとその隣の寝床で抱擁し合っている。夏鉄は秋蓮の身体がスッカリ回復するまで性行為を控えていた。秋蓮も夏鉄も互いに体調を気遣った。特に秋蓮は夏鉄に大変な育児をさせているので引け目を感じていた。夏鉄はそんな秋蓮に、
「働いてこそのお前だし、真銭は俺の息子だ」
この年の冬に流行り病で秋蓮の伯父の草士が亡くなった。秋蓮と同じ歳の孫がいて曾孫も何人もいる。それなりに長生きしていた。草士の亡骸は藩一族の墓に丁重に埋められた。秋蓮にとって草士は幼少時代に勉強を教えてきた教師でもある。夏鉄に抱かれてじっとしがみついているせいか、葬式の間は不思議と真銭は大人しくしていた。草仁は感慨深い気持ちで兄の葬儀に臨んでいた。草士は晩年まで頭が冴えていたが、死期を悟って遺書をしたためていた。真銭の長寿を祈っていた。思えば草仁と妻の祥華の間には何人も子どもが出来たが皆、秋蓮が生まれる前に夭逝している。草仁は不安に駆られたが、黙って空を見上げた。




