母の簪
夏鉄と共に来た宦官達と官吏達は合わせて十人ほどだ。彼等の住居は県の長官が中央からの援助を受けながら造らせていた。そこから毎日交代で夏鉄のいる藩一家の住宅に通い、夏鉄の世話をする。生活費も中央から貰っている。宮廷と比べれば生活水準は下がるが、宮廷独特の生きづらさは無い。元々、夏鉄と身近に接していたが下級貴族出身者ばかりで雑用もこなしてきた。家来達は十分に暮らせる。
家来達は自分達の事より主である夏鉄を心配している。夏鉄は生まれた時から地味な第六皇子だが、少し頼りなく永い結婚生活に耐えられるか怪しかった。しかも新しい妻の秋蓮は月経用の下着を扱う卑しい商人だ。夏鉄の為に婚家の藩一家は免税措置を受けてはいるが、夏鉄にとっては流刑に近い。
けれども初夜を経験した夏鉄の顔色は明るい。こちらに到着した時から覚悟をしていた様子だが、益々余裕の笑みを浮かべている。家来達が朝に藩一家の中に入ると、秋蓮の両親である草仁と祥華が慇懃に出迎えた。秋蓮は既に朝食を摂って仕事に出かけている。小さな屋敷内の工房からは機織の音が響いている。
夏鉄は家来達に草仁と祥華を丁重に世話するように命じた。二人は還暦前後の老人である。恐縮する二人に夏鉄は微笑み、家来達には敬老を強調した。家来達は腑に落ちなかったが、言う通りにした。藩一家の使用人達と一緒に家事をしたり穏やかに二人に話しかけたりする。夏鉄自身は宮殿から運んで来た書物を読んでいる。
昼時の食事。豪商の割には質素である。滋養があり量はそれなりに有るが、ありふれた家庭料理だ。高級料理を食べ慣れていた家来達にとっては物足りない。しかし、夏鉄は涼しい顔で食べている。家来達も藩一家の者達も不安になったが、誰も料理の文句を言わなかった。
食後、夏鉄は草仁や祥華に帳簿を持ってこさせた。夕方までそれを読むつもりだ。草仁と祥華は恥ずかしさで顔が赤くなった。使用人達に留守を頼んで秋蓮が世話になっている取引先や役人に挨拶しに家を出た。家来達も半分はそれに続く。もう半分は家に残って夏鉄を見守る。
月が既に輝く夜に秋蓮はやっと戻って来た。家来達は仕事よりも夏鉄を相手すべきだと注意しようとしたが、夏鉄は笑顔で迎えた。遅めの夕食を皆で摂る。
家来達は既に藩一家の風呂場で湯浴みの準備をして夏鉄を入浴させている。食後に使用人達に命じて秋蓮に入浴させた。藩一家は冬場は水で浸した手拭いで身体を洗い、入浴は五日に一回ほどだ。薪や水が勿体ないと秋蓮は思ったが、家来達は二日に一度か毎日入浴すべきだと主張した。免税措置がなされているので無理ではない。それでも生活費が圧迫するなら家来達が工面する。
秋蓮は入浴を終えると部屋に入った。夏鉄は嬉しそうに寝床に座って待っている。秋蓮は夏鉄の隣に座る。夏鉄は後ろに手を回して秋蓮の肩を掴んで抱き寄せ、
「いつもこんな長い時間、働いているのか」
「雨風が強い時は勉強か工房で気ままに機織りしています」
秋蓮が答えると夏鉄はもう片方の手を秋蓮の太腿に乗せて、
「女がそんなに無茶をすると身体を壊してしまう」
秋蓮は苦笑いして、
「力仕事は男達になるべく任せています」
「俺達は夫婦になった。俺はもっとお前と一緒にいたい」
夏鉄の暗い声。秋蓮は、
「嬉しいですが私は働かなければなりません」
「俺も何か始めよう。そうすれば一緒にいられる時が長くなるだろう」
夏鉄は秋蓮を離すと懐から簪を取り出す。いかにも高級そうな代物だ。夏鉄はそれを秋蓮の頭に差し、
「これは別れ際に母から貰った。肌見放さず付けて欲しい」
「そんな大事な物、万一に落としたり盗まれたりしたら取り返しがつきません」
秋蓮は困惑した。夏鉄は苦笑いして、
「では、俺と一緒にいる時は付けて欲しい」




