婚礼
夏鉄は外国四カ国との朝貢とその儀式を無事に終えた。七年前と比べて踊りも上手にこなし、皇太子である長兄の旬鉄を如才なく手伝った。帰省してきた兄達も怒鳴りもしなければ蹴りもしなかった。
本当はじっくり休みたかったが、すぐに東側に河川を逆流して石花県に行かなければならない。夏鉄は豪商である藩秋蓮と結婚するのだ。婚約の決まった今年の春から今までに三度ほど手紙を送っている。一度目は結婚を命じる勅令を夏鉄が直筆で書いた。他の二通も直筆だ。体調や婚約への戸惑いを気遣ったつもりだ。
宮殿を出る前日に、夏鉄は後宮に行って実母である宋加蘭に別れの挨拶をした。母と別れて東宮で四年も過ごして慣れてはいたが、今回は首都から遥か遠くに行く。なかなか帰れないだろう。加蘭と目が合った瞬間、夏鉄は涙を流した。加蘭は未だに母親である自分に依存する夏鉄に呆れて溜息を吐き、
「お前はこれから一人前の男になる。お前が藩一家を養う気概を持ちなさい」
夏鉄は涙を拭う。加蘭は棚の引き出しから簪を取り出すと、夏鉄に渡す。後宮のハレの時に着けていた高価で大事な代物だ。精巧な彫刻と翡翠と珊瑚の飾りが付いている。夏鉄が生まれた時に父帝が加蘭に渡した記念品だ。不思議そうに受け取った夏鉄に加蘭は、
「新しい家族が路頭に迷った時、それを売りなさい。陛下からの許しを得ている」
夏鉄は更に涙を流して懐深くに仕舞う。加蘭は二言三言叱咤激励すると、夏鉄の頬を撫でた。夏鉄は悲しみで歪んだ顔を下に向けて拱手すると、部屋を後にした。宦官達は不安気な様子で夏鉄の後に続く。
夏鉄は船に乗ると部屋の寝床に転がって寝入ってしまった。疲労と緊張と寂しさが蓄積して気絶したかのように熟睡した。船頭達も官吏達も宦官達もそれを尻目に不穏を感じた。婚礼が無事に進んで結婚生活が永く続くのだろうか。
石花県柳洗郷伊鈴町。数日後には予定よりやや早めに到着した。感情の整理がついたのか、夏鉄は清々しい顔付きで船を降りる。宦官達や官吏達は夏鉄を警護しながらついて来る。
町一番の敷地を誇る寺に皆、集まった。石花県内外の主だった官吏達や商人達や篤農家達や職人達が緊張気味で佇んでいる。皆、整列してなるべく動かないように頭を下げて拱手している。夏鉄が境内に入った瞬間、式は始まっている。夏鉄は微笑みながら颯爽と歩く。
ドン。ドドドン。ドドンドン。軽快な太鼓の音が強く響く。夏鉄は境内の中心部に立ち止まり、腰に差していた剣を抜いた。腰を少し低くして剣舞を始める。太鼓は絶妙な拍子と速さで響いている。数百人もの衆人が注視しているにもかかわらず、踊りやすい。夏鉄は太鼓に合わせて身体を動かす。今までの剣術の訓練や踊りの稽古より気楽に躊躇いもなく動ける。
太鼓は雄々しいと同時に優美でもあった。宮廷の雅な響きとは違うが、夏鉄の耳の奥まで心地良く入る。
夏鉄が踊り終えたと同時に太鼓も止んだ。夏鉄は太鼓の方へ振り向く。着飾った新婦が静かにバチを脇に置いている。
皆、拍手した。




