婚礼の準備
今年で二十二歳になる秋蓮は官吏として働くいとこの啓軟から、突然の縁談を持ち込まれた。秋蓮と一緒に聴いていた両親の草仁と祥華は冗談だと笑い飛ばそうとしたが、啓軟の顔色が青白い。身体も震えている。啓軟の隣にいる啓軟の息子の順温も暗い顔で俯いている。
五人の座る席の間にある食卓には一通の書状。皇族である賀一族の紋章が刻印された漆塗りの木箱、いかにも高級そうな紙に綺麗な楷書体で書かれた文章。秋蓮はじっくりと読んだ。
第六皇子である賀夏鉄が勅令で藩秋蓮と結婚をする。婚儀は朝貢の直後に行われる。今年の初冬だ。草仁は上擦った声で、
「何かの間違いだ」
啓軟は頭をゆっくり振り、
「郷長官も県長官も何度も確認した。県長官はしつこさで江長官に怒鳴られたぐらいだ」
祥華は怯えた顔で、
「御上の意図が分からないのだけれど」
「秋蓮と殿下への罰ではなさそうです」
順温が答える。文章の後半には藩一家には免税措置が明記されている。その分、夏鉄を十分に養うべきなのだろう。
秋蓮は手紙を睨みながら低い声で、
「殿下御本人は承諾なさっておられるのだろうか」
啓軟は困った顔をして、
「さあ。勅令だから殿下もお断りできなかったのだろう」
五人は黙ってしまった。外から鳥の鳴き声が響く。
この不思議な勅令がなくても今年は空気がピリついている。七年に一度の朝貢である。紅帝国は外国四カ国から塩や特産品を貰い、その返礼に蓄えていた米や工芸品を贈る。大事な外交の時期である。
秋蓮とその仲間達は通常の仕事の他にその受け入れの準備で忙しく、官吏である啓軟と順温も手続きや打ち合わせで奔走している。皆、この勅令を訝しみ、朝貢の準備に専念しようとした。
しかし、首都から来た高級官吏らしき集団が何度も視察に来ては現地の者達に指示を出したり増援したりし始めた。秋蓮達の家にも官吏達が来ては婚礼の準備や打ち合わせを具体的に指示してきた。宦官達や侍女や貴族の婦人もいる。
秋蓮は式の練習をさせられた。秋蓮は音楽も舞踊も全く出来なかったので、宦官達や貴婦人達は呆れた。練習すれば秋蓮にも出来る踊りや太鼓を披露させる事にして、時間の許す限り厳しく特訓させた。水運業の商人として秋蓮は体幹も鍛えられているし太鼓もかろうじて出来てはいた。
それでも秋蓮も周りの者達も第六皇子の夏鉄が秋蓮と結婚する事を疑っていた。秋蓮は勅令で石花県内で月経用の下着の販売を認められているが、皇子との結婚相手としては最もふさわしくない。
一度、夏鉄は二年ほど前に叱責の名目でこちらまで視察に来て、直接秋蓮と面会している。秋蓮は夏鉄の顔を覚えていない。何となく皇族らしく高貴で理性的な人物だと記憶している。十日の謹慎処分だけで済ませたので、慈悲深いのだろう。
婚礼が成功するか自信が無い。それ以上に夏鉄の胸中を想像すると不憫で恐ろしくもあった。皇帝の不思議な思いつきで秋蓮と結婚しなければならないのだ。父帝に裏切られた悲しさと、不条理への怒りで一杯に違いない。




