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父帝の提案

 夏鉄が二十二歳になる年の春。父帝に呼ばれて執務室に入った。官吏達と宦官達が百名ほど壁際に立って待っていた。それでも部屋は広々としている。皇太子である旬鉄も皇后である朱万梅も父帝の近くに座っている。そこから少し離れた所に実母の宋加蘭が立っている。東宮に移って以来、夏鉄は毎月一度は後宮に戻っては加蘭と会っていた。安堵と不安を覚えた。夏鉄にとって加蘭はこの世で最も親しく大事な存在だ。その加蘭が困った顔で夏鉄を見つめている。


 奥から父帝の低い声で、

「夏鉄。お前は自分の縁談を考えていないのか」

 単刀直入に尋ねられて、夏鉄は三呼吸ほど呆然とした。官吏達も宦官達も頭を下げながら不思議そうに夏鉄の様子をうかがう。夏鉄は上擦った声で、

「それは陛下がお決めになるのではないのですか」

 父帝は苦笑いし、

「陛下?お前は朕の息子の一人だろう」

 夏鉄の目が泳いだ。恐れ多くて今まで父帝を「陛下」と呼んでいた。父帝にとって夏鉄は六番目の影の薄い息子である。旬鉄の手伝いをここ数年こなしているが、直接、政務に参加しているわけでもない。万梅は加蘭に、

「本当に夏鉄には好いた婦人がいないようだな」

 加蘭は頭を下げ、すまなそうに、

「女遊びをするなと厳しくしつけし過ぎたのかと思います」

「良い事ではないか」

 父帝がまじまじと夏鉄を見つめながら相槌を売った。夏鉄は子どもの時には加蘭や女官に甘えていたが、性的な暴力や悪戯は加蘭から厳しく禁止されていた。後宮の女達は美人揃いだが、慣れているせいか誰にも恋慕しなかった。父帝に仕える女達でもある。東宮に住んで以来、女と会う機会は無い。身の回りの世話は宦官達が行うし、旬鉄の手伝いは官吏達と行う。


 父帝は頬杖をつきながら、

「まさかこのまま独り身を通すつもりでもないのだろう」

「私はどうすればよろしいのでしょうか」

 夏鉄は困惑して質問を返した。父帝は、

「本当に朕の勧める女で良いのか」

 夏鉄は不安で腹が重くなった。醜い女でも耐えられそうだし、家庭的でない女でも使用人達が何とかするだろうし、家格の低い女でも気にしないし、貧しい女でも何とかなりそうだし、攻撃的な女でも慣れるだろう。そもそも平穏と秩序を重んじる父帝が積極的に駄目な女と結婚させるとも思えない。しかし、この場にいる者達は固唾を呑んで夏鉄を見守っている。夏鉄は暗い声で、

「陛下……御父上がよろしければ誰とでも」

 父帝は明るい声で、

「そうか。一昨年、月の障りの下着で天下を賑わせた商人と結婚してもかまわないのか」

 夏鉄も一同も皆、息を飲んだ。父帝だけは僅かに微笑んでいる。夏鉄は、

「それは、石花県の藩秋蓮のことでしょうか」

「ほう。しっかり名前を覚えているのか」

 官吏達と宦官達は隣の者同士で目配せをし合う。万梅と旬鉄は加蘭を見やる。加蘭は、

「陛下。それは流刑のおつもりでしょうか。それとも違うお考えなのでしょうか」

 父帝はニコリと笑みを浮かべ、

「怖がるな。それなりに便宜を図るから安心しろ」

 宰相が少し顔を上げ、眉間に皺を寄せ、

「陛下。いやしく穢れた商人と殿下を本気で引き合わせるおつもりですか」

 父帝は鼻を鳴らし、

「家格は確かに低いが、なかなかの豪商ではないか。夏鉄次第だ」

 一同は夏鉄を見つめる。夏鉄は一度、深呼吸をすると、

「御父上がよろしければ藩秋蓮と私は結婚致します」

 声が低く響いた。

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