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【完結】私を侮らないことね  作者: 逆立ちハムスター


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7

翌朝。王都の金融街の中心にある「王立両替商組合」の大ホール。

そこは、朝一番から異様な熱気に包まれていた。


「さぁさぁ、皆さん! お手持ちの古い金貨は、今すぐ我が『ミュラー新産業投資組合』が発行する、この新金貨に両替いたしましょう! 今なら手数料は無料、さらに王室の『特例許可証』も付いた、安心安全なこれからの時代のスタンダード通貨ですわ!」


大ホールの特設ステージの上で、シャルロッテ・フォン・ミュラーが、拡声のマジックアイテムを手に、集まった商人や市民たちに向かって、可憐な笑顔を振りまいていた。

彼女の背後には、山のように積まれた、あの「純度の低い悪質金貨」の箱が並んでいる。


彼女の傍らに立つ私設秘書ハンス・ケラーもまた、眼鏡の奥の目を細め、勝利を確信した笑みを浮かべていた。


「ハンス、見てご覧なさい。市場の商人たちが、こぞって古い金貨を持って列をなしていますわ。これで王都の良質な金貨はすべて我が方の金庫に集まり、市場は我が方の水増し金貨で埋め尽くされる。アイリス様がいくら高邁な経済論を唱えようとも、この『通貨の濁流』を止めることは不可能ですわ!」


「ええ、お嬢様。すでに内政省の幹部たちにも、この新金貨によるワイロ……潤沢な政治献金が行き渡っております。もはやブライトナー公爵家といえど、この流れを法的に差し止めることはできません。パルミニア王国の経済主権は、実質的に我々のものです」


ハンスが冷酷に言い放ち、両替の契約書にサインをしようとした、まさにその時だった。


―――バァァァァァン!!!


大ホールの重厚な正面扉が、左右に勢いよく跳ね開けられた。

朝の冷たい空気と共に、ホールの床に響き渡ったのは、カツン、カツンという、硬質で容赦のないヒールの音。


「そこまでよ、泥棒猫さんたち」


ホールの全視線が、入り口へと一斉に集まる。

そこに立っていたのは、深い濃紺の官僚風ドレスを身に纏い、手にした乗馬鞭を優雅に弄ぶ私――アイリス・フォン・ブライトナー。

そして私の後ろには、整然と並んだ黒服の財務方官僚たちと、これまでにない規模の重武装をした王宮衛兵の連隊が控えていた。


「ア、アイリス様……!? また性懲りもなく邪魔をしに……!」

シャルロッテが、ステージの上から私を忌々しげに睨みつける。

「ですが、無駄ですわ! 本日の両替業務は、ルディ殿下から直接賜った『特例鋳造・流通許可証』に基づいた、完全なる合法行為! いくら公爵家の権力があろうとも、王室の決定を覆しての強制査察は不可能ですわよ!」


ハンスが一歩前に出て、懐からルディ王子のサインが入った羊皮紙を掲げてみせた。

「その通りです、アイリス令嬢。法的根拠ならここにあります。これ以上の営業妨害を行うのであれば、我が方は『王室への不敬罪』および『正当な商業活動の侵害』として、あなたを最高法廷に告訴いたします!」


集まった商人たちが、ざわざわと動揺し始める。

だが、私はそんな彼らの「法的な盾」を前にしても、眉一つ動かさなかった。ただ、哀れみの混じった冷たい失笑を漏らすだけだ。


「ハンス・ケラー。あなた、本当に古い法典の文字を読むことしかできないのね。……ライナス、彼らに『本当の国家の意志ガバメント・アクション』を伝えてあげなさい」


「御意」


私の後ろから進み出たライナスが、銀縁の眼鏡をキラーンと光らせ、手にした「国王直属・財務大臣印」が押された巨大な布告書を、ホール全体に見えるように掲げた。


「王都の商人、および市民の皆様に通告いたします! 本日、パルミニア王国財務方は、王国の財政規律と通貨信用の防衛のため、臨時の【通貨改革緊急政令】を発令いたしました!」


ライナスの朗々とした声が、ホールの隅々にまで響き渡る。


「第一条! 本日、この瞬間をもちまして、ミュラー男爵領が発行するすべての『特例金貨』を含む、現行のすべての旧金貨の流通を【無期限に停止】といたします!」


「……は? な、何をおっしゃっているの……?」

シャルロッテの顔から、一瞬にして血の気が引いた。


ハンスが激昂して叫ぶ。「ば、馬鹿な! 通貨の流通を停止するだと!? そんなことをすれば、王都の経済そのものが自滅することになる! そんな狂った政策、承認されるはずが――」


「第二条!」

ライナスはハンスの言葉を完全に無視し、冷酷に布告を続けた。

「財務方は、旧金貨に代わる新たな法定貨幣として、我が国の金地金を一〇〇%担保とした【新・パルミ政府紙幣パルミ・ノート】を即時導入いたします! なお、手持ちの旧・正規金貨(純度九二%)に関しては、この新紙幣と【一対一】の等価で即時交換いたしますが――」


ライナスはここで一度言葉を切り、ステージの上のシャルロッテとハンス、そして彼らの後ろにある悪質金貨の山を、蛇のような冷たい目で見据えた。


「――純度が半分以下に偽造された『ミュラー領特例金貨』に関しては、新紙幣との交換比率を【三対一】へと大幅にディスカウントいたします。さらに、不当貨幣流通税として、交換時に【七割の重税】を課すものとします!」


その瞬間、ホールを埋め尽くしていた商人たちの間に、凄まじい衝撃波のような大パニックが巻き起こった。


「な、なんだって!? じゃあ、あのミュラー領の金貨は、持っていても価値が三分の一以下……いや、税金を引かれたら、ただの鉄クズになるってことか!?」

「おい! 両替は中止だ! そんなゴミ金貨に変えられてたまるか!」

「早く手持ちの旧金貨を、その『新紙幣』とやらに交換しろ! 遅れたら大損だ!」


それまでシャルロッテの前に整然と並んでいた商人たちの列が一瞬にして崩壊し、今度はライナス率いる財務方の黒服たちが設営した「新紙幣交換窓口」へと、怒涛の勢いで人が殺到し始めた。


「待って! 皆さん、お待ちになって! 騙されてはダメですわ! あんなただの『紙切れ』に価値などありませんのよ! 本物の『金』こそが正義ですわ!」

シャルロッテが必死に拡声のマジックアイテムで叫ぶが、彼女の声は、パニックになった商人たちの怒号にかき消されていく。


「無駄よ、シャルロッテ」

私はステージの階段をゆっくりと上り、彼女の目の前へと歩み寄った。

「紙切れに価値がない? それは違うわ。通貨の価値を決めるのは、金属の重さではなく『国家がそれを価値あるものと保証する信用クレジット』そのものよ。あなたがいくら金を水増しして大量の粗悪貨幣を作ろうとも、この私が『それはゴミよ』と一言布告すれば、市場にとっては本当にただのゴミになるの。これが、市場を管理する『ガバメント』の本当の力よ。しかもあなた方の悪行で説得性も確定済みよ」


「くっ……! アイリス・フォン・ブライトナー……っ!!」

シャルロッテが、その愛らしい顔を般若のように歪め、私を睨みつけてくる。


ハンスがガタガタと震える手で、必死に机の上の計算書を叩いた。

「だが……だが、これほど急激な通貨改革を行えば、市場の流動性が枯渇して、結局は深刻な不況デフレが起きる! 王宮の財政だって、新紙幣の発行コストで大赤字になるはずだ!」


「あら、それなら心配いらないわ、ハンス・ケラー」

私の後ろから、ライナスが冷徹な笑みを浮かべて補足した。

「お嬢様のご指示通り、本日より公爵家系の中央銀行は法定金利を【年率一五%】に引き上げました。これにより、市場の余剰資金は猛烈な勢いで我が方の金庫に吸収されています。インフレは完全に鎮静化し、物価は明日の朝には元の適正水準へと正確に着地ソフトランディングするでしょう。……そして、何よりも」


ライナスは、シャルロッテたちの後ろにある、山積みの「悪質金貨」の箱を指差した。


「これだけの『銅と亜鉛が大量に混ざった金属の山』が、これから我が方の重税によって、ほぼタダ同然の二束三文で国庫に没収されるわけです。これらを全てドロドロに溶かし、我が国の『インフラ整備(街道の補修や軍備の強化)』のための工業用資材として再利用リサイクルさせていただきます。通貨発行益シニョリッジを狙ったあなた方の目論見は、そのまま我がパルミニア王国の『公共投資の無料財源』へと変換されました。多大なる国家貢献、感謝いたします」


「あ……あ、あ……」

ハンスはついに言葉を失い、持っていたペンを床に落とした。


彼らが血の滲むような思いで(ルディ王子をマカロントラップで買収してまで)構築した通貨テロ計画は、アイリスの圧倒的なマクロ経済政策と、ライナスの完璧な実務能力の前に、跡形もなく粉砕されたのだ。


「さぁ、今回の『金融不当操作』および『通貨信用毀損罪』に関しても、ミュラー投資組合には莫大な罰金が科されるわ。……ライナス、あとは任せたわよ。私は王宮に戻って、あのポンコツ王子の『今後の給餌プラン』を確定させなきゃいけないから」


「御意に。お嬢様、本日の『金融殲滅オペレーション』も、実に見事な手腕でございました」


ライナスが深々と一礼し、黒服の査察官たちに「さぁ、そのゴミ金貨の山をすべて押収しなさい!」と冷酷に命令を下す。

その背後で、シャルロッテはついにその場にへたり込み、「信じられない……私が一介の公爵令嬢にここまで完膚なきまでに叩きのめされるなんて……!」と、悔し涙を床にボタボタと落としていた。


──


その日の夕方。

王宮の財務方執務室。


「アイリス……お願いだから……せめて、せめて干し芋に『塩』を振る許しだけでも、僕に与えてくれないか……! 味が……味が全くしなくて、僕、砂を噛んでいるみたいなんだ……!」


ソファーの上に正座させられたルディ王子が、両手を合わせて涙ながらに懇願している。彼の前には、今回のやらかしの罰として、通常の半分の量に減らされた、カチカチの干し芋が一切れだけ置かれていた。


私は新紙幣パルミ・ノートの流通状況に関する極めて良好な報告書を眺めながら、冷淡に言い放った。


「殿下。今回の殿下の軽率なサインにより、我がパルミニア王国の金融システムが被った潜在的リスクは、金貨換算で数百万枚分に相当します。塩? 贅沢を言わないでください。来期の殿下の予算は、今回の件の『賠償金』として、すでに【九五%カット】の方向で閣議決定ファイナライズいたしました。明日からは、おやつどころか、朝食のスープの具も段階的に削減テーパリングされます」


「九五パーセントぉぉぉーーーっっっ!?!? それ、もう王子としての存在価値自体がカットされてるじゃないかァァーっ!」


ルディ王子の絶望の悲鳴が執務室に虚しく響き渡る。


「お疲れ様でございました、お嬢様」

ライナスが、新紙幣の発行益による莫大な国庫の黒字を示す最終決算書を私に手渡しながら、極上の微笑を浮かべた。

「これで通貨の防衛は完璧です。ですが……シャルロッテ令嬢とハンス・ケラーも、流石にここまで追い詰められれば、次はいよいよ『最後の手段』――すなわち、ガルニア帝国の軍事力を裏から誘導した『国境付近での武力衝突ジオポリティクス・リスク』を引き起こし、物理的に我が国の財政を戦時破綻させようとしてくる可能性が高いかと」


「ええ、想定の範囲内よ」

私はライナスが淹れてくれた紅茶を一口すすり、不敵に微笑んだ。


「市場の次は、戦争リスクね。いいわ、受けて立つわよ。どれほど強力な軍隊を連れてこようとも、戦争を動かすのは結局のところ『兵站』と『戦費』よ。国家の財布を握るこの私が、一兵卒の糧食に至るまで、彼らの兵站を財務スクリーニングで干上がらせてあげるわ」


窓の外、新紙幣を手にして平穏を取り戻した王都の街並みを眺めながら、私のプロとしての闘志は、ますます激しく燃え上がっていた。

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