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09

※引き続き、女性に対する暴行シーン、及び暴力シーンがあります。ご注意ください


同時に呼ばれた名前に、ベッドの上にいた二人が同時に視線を向ける。


「なんだアンタはっ!」


トマスにとって(・・・・・・・)いいところを邪魔されたことに腹を立てた。


アイリスの体から重みが退き。

キッチンから包丁を持って、侵入者――セドリックに向けた。


「邪魔するなぁっ!!」


気を狂わせながら、トマスはセドリックへと包丁を振り上げて突進する。


「セドッ――!」


慌ててアイリスが声をかけるも、受けてたったセドリックは。


突っ込んできたトマスを、体ごと捻っていなす。

そのまま包丁の手を蹴り上げることで包丁がはじけ飛び宙を舞う。


セドリックがトマスを強く引いた瞬間、間合いが消える。

そのまま踏み込み、脚を相手の内側へ滑り込ませた。


すくい上げるように振り抜く。


――浮いた。


重心を失った体が宙に浮き、次の瞬間には前方へ叩きつけられていた。


投げた勢いのまま腕を掴む。


捻るように引けば、男の体が横に転がり――次の瞬間には、背中に腕を極められて。


かつんっと、包丁が床に突き刺さった。


「――外す」


それは命令でもなく、ただの報告だった。


ごきりっと鈍い音と共に、トマスの断末魔が響き渡る。


そうしてトマスの髪を引っ張ると、そのままずるずると玄関先へ連れて行き。


「連れていけ」

「はっ」

「聴取は後だ」

「承知しました」


外で待機していた誰かにトマスを預けると、玄関ドアを閉めてアイリスに向き直った。


「アイリス」


先ほどまでの緊迫感が嘘だったように、セドリックは慌てた表情でアイリスに駆け寄る。


我に返ったアイリスが、乱れた髪や服装を隠そうと身をよじる。

セドリックは「まってて」と小さく告げて、手首に食い込む鎖をゆっくりとほどいていく。


セドリックの手が、一瞬だけ止まる。

……ほんのわずかに、力が強くなった。


ようやく解放された両手で自分を抱きしめると、セドリックはブランケットをかき寄せてアイリスの頭から被せた。


「ごめん、間に合わなくて」


俯きながら涙を流し続けるアイリスは混乱の渦中にいて。


どうして来てくれたのか。


なぜトマスのことわかったのか。


どうして、なぜを繰り返す中で羞恥が、後悔が参戦する。


見られた。


知られた。


こういう女だと。


きっと軽蔑された。


呆れられた。


だって。


なんで。


こんなタイミングで。


ズルい。


怖い。


お願い。


――私を見ないで。


「……っ、ぁ……」


何かを言おうとして、言葉にならない。


それでも、無理やり笑おうとして――


「間抜け……だよね」


と、アイリスが自嘲する。


「好きでもない男に抱かれて」

「そのまま流されて……」

「……その結果が、これなんだもん」

「自業自得だよね」


セドリックが自分を傷つけるくらいなら。


自分が自分を傷つけた方がいい。


止まらない涙を零しながら顔を上げると、心痛な面持ちのセドリックがアイリスを見つめていて。


「なんで――どうして来たの?」

「……不審な男の情報が入ってきていて」


一度、何かを飲み込んだように言葉が切れて。


「……それで――」


話を聞けば、ここ最近、アイリスの自宅付近でウロウロしている不審な男の目撃情報が相次いでいたという。

当初こそ連続女性失踪事件に関わることなのかと調査していたところ。

定期的に現れていた不審者がそろそろまた、顔を出すころなのではないかと巡回が強化されていて。


セドリックがそれを知ったのはたまたまだった。


報告書に紛れていた多くの書類の、たった一行記された文書から、嫌な予感がしたのだという。


(……なんだ、私のため、じゃなかったんだ)


これもセドリックにとっては仕事だったのだ。


どこまでも期待している自分が悪い。


分かっているのに、悔しくて、苦しい――。


「ごめんねセドリック、ずっと黙ってて」


唐突に謝罪の言葉を述べたアイリスに、彼はただじっと見据えて。


「私、こういう女なんだぁ……ふふっ、もうバレてたよね」


自暴自棄な暴露に、セドリックは――。


「知ってる」

「――え?」


一瞬、何言われたかわからなかった。


セドリックはまっすぐアイリスを見て、もう一度。


「知ってた」


そう一呼吸置いて。


「ずっと前から」


そう言った声は、ひどく穏やかで。

アイリスの呼吸が止まった。


――最初から、叶わぬ恋だったのかと。


知っていたなら。


どれだけアイリスが乞おうと、相手にするはずもない。


全身から力が抜ける。


真正面から突き付けられた拒絶に、アイリスの手が力なく落ちる。


「知って、た」


反芻するアイリスの言葉に、セドリックは静かに頷いて。


はらはらと流れ続ける涙は、アイリスの笑みを霞ませる。


「ねぇ、セドリック――抱いて」


今度は曖昧な表現なんかじゃなく。


「奴の感覚が体に残ってるの、気持ち悪い」


そう言って体を寄せて。


「お願いセドリック」


もう、どうなったっていい――そう思ったのに。


セドリックの手が、アイリスの体を押し戻した。


「抱かない」


即答だった。

明確な拒絶がアイリスの心を抉った。


セドリックの胸元を掴み、揺さぶりながら泣き叫ぶ。


「なんでっ! どうしてっ!」

「知ってたんでしょっ!? だったら、抱いてくれたっていいじゃない!」

「私はっ! セドリックに抱かれたいのっ!」

「セドリックがいいって言ってる!」

「抱いてよっ! 抱いてよぉぉっ!!」


涙も思考もぐしゃぐしゃになっていく。


なりふり構わず、ただ敵わない恋心に優しくしたくてプライドを捨てて。


次の瞬間――大きなセドリックの両手が、アイリスの頬を包み込んだ。


泣き腫らしたアイリスの瞳が、セドリックの視線と絡み合う。


「お前は、俺を他の連中と同列に並べたいのか?」

「っ!」


いつもとは違う緊迫した表情。


公人でもない、セドリックのこんな顔を初めて見る。


「お前のその唇は何のためにある?」

「その声は? 言葉は?」

「男を悦ばせる為に、喘ぐだけしかできないのか?」


セドリックの一言一言が追い詰めていく。


「言え、アイリス」


命令のような問いかけだった。


涙がセドリックの手を濡らしても、視線を逸らすことを許さない。


言えない――言いたくない。


でも、もう。


無理だ。


捨てきれなかったプライド。


この恥ずかしい想いを――言葉に乗せることが。


――生き方を変えるよりどんなに難しいか。


「――ひとりに、しないで」

「うん」

「……さみしい」

「うん」

「ひとりは、いやなの」

「うん」


本音が、幼少期の姿で心の中にいた。


誰も拾い上げてくれなかった、アイリスの言葉を今――。


「好き」


届け。


「好きなの」


届け。


「セドリックが」


たとえ、報われなくても。


「好き――」


涙でびしょぬれになったセドリックの手が、ゆっくりと頬を離れ、アイリスの肩に触れる。

セドリックの顔が近づいたかと思えば、その額をアイリスの肩に乗せて。


「っはぁぁぁぁ……」


深い、ため息が漏れたかと思えば。


「……やぁーっと認めたか。この頑固者が」


不意にかけられた言葉の意味が理解できず、アイリスの瞳が瞬いて。


再び起き上がったセドリックの顔は、困った子供を見つめるように慈愛にあふれた笑みを浮かべていた。


「なげぇよ……どんだけ待たせるんだよ、お前は」

「……え?」

「んなもん、とっくに知ってるよ」


そう言ってアイリスの頭をブランケットの上から優しく撫でて。


「あんな熱のこもった視線、誰だって気づくって」


理解が追い付かないアイリスの涙を指で拭いながら、セドリックは笑った。


「いつ、から……?」


少しでも理解の枠を埋めようとアイリスが零す。


「最初から」

「さいしょ……?」


アイリスでさえ、恋心が芽生えた時期など曖昧なのに。

全部が全部、最初から掌の上だったことを自覚し始めて。

引っ込んだ涙の代わりに羞恥がじわじわと広がっていく。


「お前ふざけんなよ。俺のこと好きなクセに、他の男に抱かれやがって」


こっちは何度、脳内で相手の男を嬲り殺したことか――と、不穏な言葉が小さく聞こえた気がして。


「覚悟しとけよ。これから、イヤだってくらい、ドロドロに甘やかしてやるからな」

「……え? え?」


戸惑うアイリスの表情に。


「ホントーー可愛いなぁアイリスは」

「――え?」


セドリックが嬉しそうに破顔した。

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