第2話 つまり特別なのです。あなたと違って
我らが一三七部隊は国際データ保護機関本部三階の通路端、物置部屋の向こうにある。ずいぶんと端に追いやられてる感じがする? そのとおり。そもそも部隊は十個しかないのに、一三七なんていうふざけた番号がつけられてる時点でお察しだ。
部隊室は長方形のオフィスに五つのデスクが並び、ちょっとした給湯室とテレビ完備の応接スペースがひとつづきになっている。ひなは応接スペースにはいった。なぜって配属したての新人にはデスクがないからだ。これについては山ほど文句があるけど、今日はちょうどいい。
エントランスで出会った少女を向かいのソファに座らせる。隣に並んでいるランドセルとほぼ同じくらいの背丈だ。ちょっと和みながら、ひなはコピー用紙をはさんだバインダーを手にとった。新人研修のマニュアルを思い出しながら口を動かす。
「ええと、改めましてこんにちは。国際データ保護機関へようこそ。今回の対応はあたし……じゃなかった、私が行います。一三七部隊所属機械人形のひなです。まずはお名前を伺っても?」
少女は落ち着きをはらってうなずいた。
「はい、ひなさま。個体番号Z0010、識別名称インジュと申します。ここまでご案内いただき、ありがとうございました」
「あっ、いえいえ。それで……えーっと、今日はどういった要件でしょうか?」
「御主人様を探していただきたいのです」
「御主人様」
「はい。インジュはスタラク社の至高の逸品として製造されました。契約にて天海宗歩さまの所有物となりますが、肝心の宗歩さまが数日前に行方不明になってしまったのです」
……うん、ちょっと待った。
ひなは後ろを振り返った。五つのデスクのうち実は四つは埋まっている。
「知らないわよ。迷子の対応は私たちの仕事じゃないわ」キーボードを優雅に叩きながら、副室長の瑞希がすげなく答えた。アイスブルーの髪にブラックスーツは今日も一ミリの隙もない。「龍山くん、なんとかしてあげたら?」
「おい、俺のことは龍って呼べってんだろ。クソアマ」向かいのデスクに足をのせた龍山は漫画から顔を上げないままに答えた。ワックスでしっかり立てた金髪に、どこのアンダーグラウンドで売ってるのか分からないくらいワルそうな黒のジャケット姿だ。耳にはもちろんピアスがいくつも。「どう考えても、龍のほうがカッケエだろうが。なぁ墨虎」
「自分のこと棚にあげてよく言うッスよ……」オフィス椅子に三角座りしてスマホをいじっていた墨虎は、今日も今日とて目の下にクマをはりつけているし、頭からすっぽり黒のフードをかぶっている。「っていうか、新人ちゃんの面倒は繊月サンの担当でしょ。俺ら忙しいし、関係ないんでー……」
「よく言うわ。あなたたち漫画を読んでるか、ゲームしてるだけじゃない」これは瑞希だ。
「たりめーだ。俺らの仕事がねェんだからよ。むしろ感謝すべきだろ、ええ?」これは龍山。
「あっ、馬鹿! そっちはトラップゾーンでしょーが! さてはテメー、もぐりか? これだからPvPイベは民度がよ……」これは墨虎のぼやき。
それから部屋の一番奥だ。
お誕生日席にデスクをかまえているのは我らが室長、間宮である。オールバック、強面、黒の三つ揃いのスーツはどこかのヤクザのような風貌だ。ただし、いつもぼんやりしていて、今日ももれなくそうだった。湯呑に落とされた視線が少しばかり動いて一言。「む、茶柱」
ひなは額を押さえた。一三七部隊は一事が万事こんな調子だ。つまり、室長は頼りにならないし、偉大なるセンパイ×三人の間であらゆる仕事と話題がたらい回しにされる。ちなみにゼンが加われば偉大なるセンパイ×四人になるというわけ。まったくもう。
「あのー、スタラク社の至高の逸品ってなんなんですか?」
ひなはうんざりと尋ねた。部屋が静かになったあと、やっと瑞希のぶっきらぼうな返事がある。
「秘密主義の変態企業がつくるオーダーメイド」
「だとしても、おかしくないですか? あたしたちが正式に契約して仕事できるのは、稼働十八年目からだと思うんですけど」
人間社会に混じって学習することで、機械人形は人間らしい思考を獲得する。その期間が十八年だ。要するに十八歳未満の子どもが働くなんてありえない、はずなんだけど。
インジュがいかにも機械人形らしい淡々とした口調で言った。
「インジュたちは一点ものです。あなたたち量産型とは違いますので」
「はぁ」
「つまり特別なのです。あなたと違って」インジュは小首をかしげた。「それで、インジュの依頼内容は理解いただけましたか? であれば一三七部隊としての回答をいただきたいのですが」
「もちろん。君のマスターを探せばいいってことだよね、お嬢さん」
ムカつくほど愛想のいい声とともに、ひなの手からバインダーがひょいと抜き取られた。誰かなんて考えるまでもない。ひなは閉口して隣をにらむ。ゼンだ。遠慮なくソファに座った彼は、いつもの女の子をときめかせるスマイルを浮かべてインジュに返事をする。
「こんにちは、一三七部隊の繊月です。ひなと一緒に今回の依頼を担当するから、よろしくね」
*****
がこん、という音をたてて落ちてきた缶コーヒーを自販機から引っ張り出しながらひなはぼやいた。
「なんで横から割りこんでくるのよ」
「仕事だ。割りこみもなにもないだろ」
ひなの投げつけた缶コーヒーを顔の近くで受け止め、ゼンが面倒くさそうな顔でため息をつく。「子供かよ」
十三階の休憩スペースは自販機とくたびれたソファが並んでいる。インジュは同じ階の小さな会議室だ。あれこれ話すには一三七部隊の執務室は狭すぎるし、インジュもそれを嫌がったからだ。
ゼンがソファへ座る。ひなはじろりとにらんだ。
「休憩してる暇なんてないわよ。インジュに詳しい話を聞かなきゃなんだから」
「そのまえに新人教育だね」
「新人教育?」
「心得その一、依頼人は正直者ではない」ゼンはモデルよろしくソファに片腕を伸ばして、ひなを試すように見上げる。「あの子がなんで俺達のところに来てるか、少しでも考えたかい?」
ひなはコーヒー缶の端をかじった。「考えてない」すっごく上から目線のゼンはムカつく。でも指摘は正しい。あぁもう、そういうこともちゃんとマニュアルに書いといてよ。ひなはなんとか自分の気持ちに折り合いをつけて、ソファの反対端に座って答える。「いいわ、あたしがなにを考えるべきだっていうの? 繊月センパイ」
ゼンが満足そうな顔つきになった。意地悪だけど褒めてるみたいな眼差しでもある。まぁ、顔だけはいいから、こういう視線を向けられるのは悪い気はしない。
「あの子の依頼はなんだった?」
「行方不明の主人を探すことでしょ」
「そのとおり。でも、ただの人探しの依頼が俺たちのところに来るわけない」
「……警察に行けばいいからってこと?」
「というか警察に行くべきだ。人間が行方不明になったなんて、ちょっとした事件だからね。じゃあ何故インジュちゃんはそうしなかったのか?」
「警察に行けない事情がある」
「あるいは、国際データ保護機関じゃないと解決できない事件である」ゼンの目がすこしばかり陰った。「もしくは後ろめたい事情がある。いずれにせよ面倒事だね」
ひなは顔をしかめた。
「ねぇ、それがありがたい新人教育ってやつじゃないでしょうね? 困ってる人のことを面倒だって言えってことが?」
ゼンがにっこりと微笑んだ。
「当たり」
「嘘でしょ、信じらんない。それって人としてどうかしてる……」
「君はお人好しだ、ひなちゃん。人間よりもね」
「それのなにが悪いわけ」
「俺は優しいからさ。ひなちゃんが騙されちゃわないか心配なんだよ」
「へえ、まさかあんたにそれを言われるとは思わなかった」
ひなは刺々しく返した。まったくもうゼンとの会話はいつだってこうだ。特に別れてからは。わざとそうしてるんじゃないかってくらい、浮気の話を持ち出してくる。
あたしだって、少しは違う話がしたいのに。ふとそんなふうに思って、傷つきやすい女の子みたいな感想に腹がたった。あたしは泣いてるばっかりのかよわい女の子じゃない。
「たとえ騙されてたとしても、あたしは今でも、あんたのことが好きだけどね」
ぼそっと呟けば、ゼンがぽかんとした顔つきになった。この反撃は予想してなかったらしい。よし。
ささやかな仕返しの成功に、ひなは意気揚々と缶コーヒーを空にして回収箱に放りこんだ。会議室にはいる。長机ひとつとオフィスチェアが四つでいっぱいの部屋だ。向かい合わせに座れば、インジュが口を開いた。
「繊月さまからの指示は終わりましたか?」
「指示なんて。そんなに大層なものじゃないから、気にしないで」
ゼンが会議室にはいってきて、ひなの隣に座った。横目で見る限り、いかにも頼れるお兄さんといったかんじの優しげな微笑を浮かべている。なんだ、つまんない。そんなふうに思った瞬間、視線があってにらまれた。
ひなはぱっと目をそらして、心のなかだけでガッツポーズする。あの顔は知ってる。ゲームで負けたときの悔し顔だ。ふふん、そうこなくっちゃ。
とはいえ、今は仕事に集中すべきだ。ひなはぴんと背筋を伸ばしてインジュに声をかける。
「さっきも話したけど、今回の依頼はあたしと繊月担当官の二人で受けます。改めて、よろしく。早速だけど、いなくなった天海宗歩さんについて詳しい話を聞かせてもらえますか」
「はい。では、お話を始める前に――起動《Act》:寂秋《silence》」
インジュの宣言とともに、耳裏でじりっとノイズが響いた。ひなは思わず立ち上がる。通信回線に干渉された合図だ。ついでにガチャンという音が響いて会議室の鍵が閉まったことを知る。信じられない。仮にも国際データ保護機関で、あたしたちの守るべき通信回線そのものに干渉したらしい。
ひなはまじまじとインジュを見た。インジュは相変わらずそっけない表情だ。
「申し訳ありませんが、ここからは内密に進めさせていただきたく。会議室の監視カメラを停止させていただきました」
「内密に、ねえ」ゼンが机の上で長い指を組んだ。ゆったりとした動作だ。なのに、獲物を狙う狩人のような剣呑さがにじみ出ている。「そんな内容を下っ端の俺達に依頼してくるのがどうかと思うけど」
「ご謙遜を。一三七部隊は雑用しかできない部署と、ネットで評判ですよ」
「ふうん、馬鹿にしてるね。俺達のこと」
ゼンは冷ややかな笑みを唇に刻んだあと、ひなを見上げた。
「座りなよ、ひなちゃん。話の続きを聞いてあげよう」
ひなは渋々椅子に座りなおした。「言っとくけど、会議室の鍵も閉まってるわよ」
ゼンからもインジュからも返事はない。へえ。こういう状況じゃ鍵が閉まってるのが当たり前ってわけ。なるほどね。
そんな訳ないと思うんですけど。
インジュがランドセルを開き、タブレット端末を差し出してきた。オンライン通話のアプリで画面が共有されていて、薄暗い病室が映されている。ベッドに誰かが横たわっている。顔はよく見えなかった。酸素マスクと、そのほか数え切れないくらいの用途不明の管が繋がれているせいだ。機械が規則正しい心拍数を刻んでいる。そのおかげでぎりぎり静止画じゃなくて動画だと分かる。
インジュが言った。
「宗歩さまは現在、真岡中央病院七〇八号室にて昏睡状態にあります」
はぁ?
「待ってよ。天海宗歩は行方不明なんでしょ?」
「そのとおりです、ひなさま。宗歩さまの意識は行方不明となりました。だから現実世界で彼の体は昏睡状態となったのです」
部屋中の電気が消えた。真っ暗な世界は、けれど一瞬だ。映画館さながらに壁一面に映像が映される。
さっきの病院よりもよっぽど色鮮やかな景色だった。沈みかけの太陽が空を燃えるような赤に染めている。その下に広がるのは同じ赤色に染まった海、そこにガラクタを雑然と積み上げたような島が浮かんでいる。
その島は、まるごとひとつの街なのだった。ゲームの背景にでもありそうな何の特徴もない二階建ての民家が密集し、千切れた電線をぶら下げた送電塔が適当に突き立ち、あるところに巨大すぎて安っぽい祭提灯がぶら下がっていたかと思えば、それと同じくらい巨大なLEDスクリーンが別のところに吊り下げられている。そんな有様で、ありとあらゆる建造物がでたらめかつ複雑に上へ上へと積み重なっているのだ。街というよりはゴミの山というほうがしっくりきた。
なんだろう、サブカルチャーとしての日本、みたいな。ひながそう思ったところで、街に突き刺さった巨大なスクリーンが映像を映す。
宣伝映像だ。白と黒で塗り分けられた盤上に駒が置かれると同時、サイバーグリーンの燐光を散らしたキャラクターが生まれていく。カメラは一転、意味ありげな笑みや大げさすぎる動作で駒を置きあうプレイヤーたちのカットをいくつも映し、最奥の男に焦点を結ぶ。
白髪を無造作に束ねた壮年の男だ。皺の刻まれた顔に悪ガキのごとき自信に満ちた笑みを浮かべている。それから映像をバックに轟くアナウンス。
『盤上遊戯は史上最高のアップデートを迎え、戦いはいよいよ佳境へ! 歴史を揺るがす世紀の対戦を見逃すな! 聖帝・天海宗歩が君の挑戦を待つ!』
天海宗歩のドヤ顔が映ったところで、映像が停止した。ひなはインジュをまじまじと見つめる。「ええと……つまり……?」
「つまり」インジュは落ち着きをはらった声で言う。「仮想空間の違法賭博場に入り浸り、挙句に昏睡状態となった天海宗歩の意識を現実世界に連れ戻してほしい。これがインジュの依頼事項です」




