<第一章 Slothの種> 第1部 家族の団欒 最終話
神とやらがいるのなら救いを。
-結論から申しますと自殺です。死因は大量の出血でしょう。毒や洗脳の痕跡は見られません。⋯お悔やみ申し上げます。
-強姦?その可能性は薄いでしょう。抵抗した形跡がありませんので。
悲しげな表情でそう述べた一人の医師。
ルナの死体を目にしたアールバーロはすぐにかかりつけ医を呼び、診断して貰った。まだ助かるのではないかという僅かな希望に縋っての事だった。
その医師から告げられた答えに慈悲なんてものは無く、事実を突きつけられ呆然とする父親と泣き崩れる母親の姿。姉の死に悲しむ二人の弟。
他殺ではなく自殺。その理由は判別しないまま、彼女の遺体は教会の墓地へ埋葬されることとなった。結局ルナは明るく楽しい誕生日を迎えること無く息絶えた。
棺に土を被せ終わるのと同時に酷く冷たい雨がポツポツと降り始め、ウーゴの吐く息は白くなる。
どんよりと重たい空気を引きずったまま屋敷へ戻ると夕食は行われず、濡れた体を拭かず各々の部屋へ戻った。
啜り泣く母親の肩を抱きしめだから自室へ戻ろうとする父親を見送った後、ウーゴは弟達を部屋に送り届け、自分の部屋に戻った。
「なんでルナが⋯俺があの時に拒絶したからなのか⋯」
昨日起きた妹による近親相姦未遂を思い出す。あの時受け入れていれば⋯などというもしもを考えてしまう。
「俺はどうすれば良かったんだ⋯ ⋯あぁそうだ入学の準備をしないと⋯」
ウーゴは何か行動をしていないと気が狂いそうだと感じ、蝸牛のようなちまちまとした速度で準備を始めた。
医師からは強姦の線はなく、他殺でもない。毒や洗脳を受けた形跡が無いと言われた時、ウーゴは愕然としてしまった。
あのルナが男の臭いを漂わせてるだけでおかしい。そうでなくとも、先日のルナは様子がおかしかった。それこそ洗脳を受けていたかのように。しかしウーゴにはその事を医師や家族に伝える勇気がなかった。
「学生証は⋯あぁあった。制服⋯サイズの確認をしていなかったな⋯」
ゆったりと制服に着替え鏡を見た時、ウーゴは吐いてしまった。双子の妹。春の月から新しい生活が始まるはずだった妹。そんなあったかもしれない未来を鏡越しに見てしまったのだ。
「何かがおかしいッ!それだけは分かるがその何が掴めないッ!!」
頭を掻き毟り、小さく唸るように呟くウーゴ。そんな彼を見かねたソレ。
(君の感情はどれも好きではあるけど他の女を考えるのはいただけないなぁ。)
(辛いかい?苦しいかい?私なら君を楽にさせてあげられるよ?)
(答えの出ない問いを考えるのなんて疲れるだけだろう?)
矢継ぎ早に湧き出てくる声がとても優しくて甘えたくなるウーゴ。その感情を敏感に察知したソレは善意で行動に移す。
(せっかくだ、君の家族も救ってあげるよ!外堀は埋めとかないといけないからね!)
(我求めん・極上の祈りを彼のもとへ・望むべきは安寧を・未来の為・過去を忘却せしめん<デゼリト・クージタ>)
甘い空気が辺りに充満し始め、それを吸い込んだウーゴは虚ろな目をする。
「あぁ、考えても仕方がないなぁ⋯ルナが死んだ、それだけは変わらないんだ⋯」
空っぽな頭でまた準備を再開したウーゴであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日以降、家族に笑みは訪れず、灰色の時間がただただ過ぎ去っていき、暦は遂に春の月へと変わった。
ウーゴが国立学園へ入学する日がやってきた。
「ウーゴよ。どうか、どうか体には気をつけておくれ⋯」
「えぇ、もちろんです父上。それでは行ってまいります。」
あの日以降、両親に変化があった。息子達に対して過保護気味になり、またそれだけではなく父親の頬は痩せてしまった。
(過保護になるのも無理は無いだろうなぁ⋯それよりも体に気をつけるのは父上の方だろう⋯)
父親の体調に不安を感じたまま王都グロリアを出発したウーゴは雲一つない澄んだ空を見上げ、淀んだ息を吐いた。
関心が薄れる事は悪では無い。善とも言い難いが。




