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絶海の皇女マヤ -PRINCESS:ABYSS-  作者: 久坂下臈
第2章 闇夜航路
9/21

2-3 森都ダンヴァラ

——白い夢を観ていた。

古い王宮の記憶だった。


窓掛けの隙間から差し込む朝陽を、

寝台の上で膝を抱え、じっと眺める。

こぶしを唇に押し当て、

瞼を閉ざし、小鳥の囀りを聞く。

朝七時は冷たい。

暖炉の残り火は、昨日の灰に埋もれている。


扉が蝶番の軋みとともに開き、

侍女たちが、せかせかとした靴音で入った。


「おはようございます、王女殿下。

御召し替えの支度をいたします」



侍女たちは、蝋人形だった。


椅子の上に畳まれた正装を手に取り、

白い眼差しで、こちらに微笑む。


「御召し物は、こちらでよろしいですね」


「はい」とだけ返事をすると、

侍女は、鏡台へ移動し、櫛を手に取る。


鏡の中に、侍女と黒髪の少女が並ぶ。

櫛で梳かれる。

そのたびに、ぎちぎちと頭皮が痛む。

だが、声は上げない。

白い眼差しが、こちらに微笑んでいる。



八時。身なりを整えたら、絨毯の廊下へ。


すれちがう侍女たちも、蝋人形だった。


白い眼差しが、順に会釈をする。

一人、また一人、そのまた一人。

前から後ろへ、順に過ぎていく。

前から後ろへ、順にこちらを鼻で嗤う。


「あの子よ、あの子」

「こら、気づかれるわよ」


後ろで、花を咲かせる噂話。

だが、振り向いてはならない。

足を速め、朝食室へ向かう。



八時半。朝食室の大きな卓には、

誰も座っていなかった。


端の席を選び、ひとり、

麦餅と牛酪と紅茶を見下ろす。

指で千切っては、口へ運び、

咀嚼しては、すぐに飲み込む。

時計の秒針が規則正しく刻む。


「あの子、また、ひとりなの?」

「仕方ないわよ。だって、あの子、ねえ」


まだまだ、外で、花を咲かせる噂話。

それでも、振り向いてはならない。

さっさと食べ終え、次の用事を急ぐ。



一〇時。勉強室の黒板の前で、

家庭教師の老婦が、教科書を片手に開く。


老婦も、蝋人形だった。


「では、王女殿下。

本日の範囲は、『アーコン朝成立』でございます。

『ガリア民族大移動』の年をお答えください」


「わかりません」とだけ答えると、

老婦は、無言で、黒板に年表を書きはじめる。

白墨が、きりきりと擦れ響く。

黒板に、乾いた溜息が跳ね返る。

白い眼差しは、こちらに向けられていない。

頬杖をつき、退屈が過ぎ去るのを待つ。



一四時。ようやく歴史の授業から解放され、

御苑を軽く散歩する。

庭木の葉を数え、鉢の下のテントウムシを探す。


一六時。陽が傾いたので王宮に戻ると、

廊下の先から、弦楽の旋律が聴こえてくる。

大広間からだった。

半開きの扉を覗き込むと、

貴族の子息や令嬢たちが、輪になり戯れている。


誰も、彼も、蝋人形だった。


子息たちが提琴を奏でる。令嬢たちが舞い踊る。

楽しそうで、楽しそうで、

引き寄せられるまま、扉を押し開けると、



ゾワッ!

白い眼差しが、一斉に、こちらに。


静まり返った、大広間。


子息の一人が、隣の令嬢に耳打ちし、

令嬢が、隣の子息に耳打ちし、

子息が、隣の令嬢に耳打ちし、

令嬢が、隣の子息に耳打ちし、

子息が、隣の令嬢に耳打ちし、

令嬢が、「まあ」と口元を隠す。


白い眼差しが、こちらを睨みつける。

慌てて扉を閉じた途端、

大嗤いが、大広間に氾濫した。



一八時。窓の外は暗くなる。

冷えた体で、王家の居間に辿り着くと、

三人の兄たちが立っていた。


六つ上の、アーロン第一王子。

四つ上の、ディラン第二王子。

二つ上の、ケイネス第三王子。


全員、蝋人形だった。


白い眼差しは、こちらに見向きもしない。

三人だけで愉快に談笑している。


そして、三人の後ろの壁には、

金縁の肖像画が飾られていた。



知らない貴婦人の肖像画だった。


明暗が際立った空間の奥で、

銀の冠を戴き、繻子の正装で佇んでいる。

貴婦人は、三人の兄の母らしいが、

親しみは湧かなかった。

むしろ、恐かった。

高貴に満ちた瞳に、今にも、怒鳴られそうで。


「どうして王家の居間にいる、おまえが!」


冷えた体に流れる血の半分が、震えた。


高貴だった瞳が、黒ずんだ。

一歩、二歩、三歩だけ、肖像画から退いた。



ガシャンッ! ガラガラッ!

突然、蝋人形が壊れた。


ディラン第二王子の蝋人形だった。

……モルガン沖海戦で戦死したのだ。


ガシャンッ! ガラガラッ!


次は、ケイネス第三王子の蝋人形だった。

……ヴォルホア沖海戦で戦死したのだ。


ガシャンッ! ガラガラッ!


最後は、アーロン第一王子。

……王国が降伏した翌朝、庭木に首を吊っていた。



皆、いなくなってしまったのだろうか。

否、暖炉の傍の揺椅子に、

独りの男が腰を下ろしていた。


「父上!」


呼びかけるが、返事はない。

面差しもよく見えない。

ただ、暖炉の灯に、手元の写真を透かしていた。


「父上?」


写真の中では、

艶やかな黒髪の女が微笑んでいた。

高貴ではなくても、純真な瞳を煌めかせて。










◆2










——夢が醒めたのは、黒い夜。


瞼を開けると、

右隣には、ハナが眠っていた。

さらりとした栗茶の髪を甘噛みし、

こちらを向いて、寝息をたてていた。


左隣には、カイが座っていた。

擦り切れた外套に包まり、

十字剣の鞘を抱きかかえて、

追っ手の接近に用心していた。


「王女殿下?」

カイに手を差し伸べられて、

マヤは、体を起こした。



三人は、岩屋にいた。

鍾乳洞を抜け出した後、

人目につかない河畔林の一角を見つけ、

落ち葉を敷き、交代で眠ることにしたのだ。


森都ダンヴァラまでは、まだ距離がある。

気力と体力を温存しなければならない。


「カイ、代わろう」

「恐れ入ります」


カイの手は、触れると、ごつごつしている。

剣だこだらけで、傷痕も多い。

凛々しい凹凸から指先を離すと、

マヤは、控えめに、彼の横顔を見つめた。



「ありがとう。何から何まで、

カイに仕切ってもらってばかりだ」


マヤの視線に、カイは首を横に振る。

一呼吸置き、彼の方からも口を開いた。


「おれは、軍人としての責務を全うするまでです。

それから、

昨日は、こいつが本当に失礼しました」


カイが見やり、

マヤも、隣で眠るハナを見やる。


ハナは、ふたりの視線に気づきもせずに、

むにゃむにゃと栗茶の髪を咥えている。



マヤは、表情を緩め、視線を戻した。


「カイ、気にしないでくれ。

ハナには山林で助けてもらった。恩人だ」

「そう仰っていただけると幸いです。

それにしても、驚きました。

ハナは、おれが傍にいないと、

戦えないものと思っていましたから」

「ハナが?」


カイは、穏やかに、寝顔を見つめていた。


「ハナは、初陣の時、怯えて動けませんでした。

それからの占領軍との戦いは、

ずっと、おれが傍についていたのです」



意外さに、マヤは目を丸くする。


「とてもそのようには見えなかったが」

「いいえ、つよがっているだけです。

ハナは張り合おうとしていますから、王女殿下と」

「われと?」


カイは頷く。


「こいつは驚いていました。

王女殿下の、ハーバーマスでのご勇戦を知って。


自分にもあんなつよさが欲しい、と。

ぜひ王女殿下にお会いしてみたい、と。

ハナは敬ってもいるのです、王女殿下のことを」



「われは、べつに」


マヤには、しっくりこない。

自分が荒波に呑まれているようにしか見えない。

だが、

隣で眠る少女の瞳には、違うように見えたのか。


そして、少女を労る兄の横顔が、

暗闇に差す光明のように、眩しかった。


「王女殿下、どうか、

ハナと仲良くしてやってください。

おれは、王国のために戦いつづけますが、

こいつのことも守ってやりたい。

おれの、たったひとりの家族ですから」



——ダンベリア島東部 ハーバーマス漁村


海軍の仮設兵舎に、

『青海少年使節団』は泊まっていた。


漁村の海兵隊に掛け合ったところ、

案外、すんなりと、

重傷のルカを診てもらえることになり、

残るレオ、ノア、リタの三人も、

占領軍と合流する目途が立つまで、

兵舎の一室で過ごすことを許されたのだった。


あまりもの厚遇に、

『ガリア大聖教』の計らいかとも思ったが、

どうやら、ガイウス提督本人の意向らしかった。



小部屋の板壁にもたれかかり、

レオは、天井を仰ぐ。


「ガイウス提督には感謝しかないな。


それにしても、

教会が絡んでいないとなると、

どうして、ここまで寛大なご配慮を?

海軍と占領軍は不仲なのだろう?


たしか、ルカの叔父は、

本国の第一艦隊に勤めていたはずだから、

提督もご存じだったのだろうか。

それとも、『神林の巫女』が、

リタに気を利かせてくれたのか」



リタは、隅で足をくずしている。


「だとしたら、あの子にも感謝だね。

でも、せっかく近くにいたみたいなのに、

会えずじまいになっちゃったのは、残念かな」


シルヴァとは、行き違いになってしまった。


海軍は、地下鍾乳洞の管轄の件で、

占領軍と一悶着あったらしく、

早々に、山林の捜索を切り上げ、

島北東部に戦力を移すことを決めたという。


シルヴァが乗る『戦艦ユーゲスト=ネーゲル』は、

すでに、ハーバーマスを発ってしまっていた。



ノアが、床に寝そべりながら話す。


「まあ、元から、ガイウスってやつは、

海軍の変わり者ってことで有名だろう?

今回も、漁村を砲撃した指揮官を、

謹慎処分にしちまったって話だし。

どうしてだろうな?

暴動を鎮圧したんだから、褒めてやろうぜ。

ドカーン! ドカーン!」


ひとりでおどけるノアに、

レオとリタは顔を渋くする。


「おまえ、声を小さくしろ。いいや、黙れ」

「あんた、海兵さんに聞かれたらまずいよ」



ドン! ドン! ドン!


不意打ちのように、

小部屋の扉が叩かれ、海兵が中に入った。


「ノア修道士はいらっしゃいますね。

至急、臨時指揮所までお越しください」


「はっ?」


寝そべったまま凍りついたノアに、

レオとリタは苦笑った。


「おまえ、だから、黙れと」

「あんた、終わったかも、ね」










◆3










——ダンベリア島北部 森都ダンヴァラ


翌朝、マヤたち三人は、

林冠を背にした港湾都市に到達した。


もとい、都市だった場所、に到達した。


かつては、森と海とを繋ぐ一本路を軸にし、

材木の輸出で栄えた交易地だったが、

占領軍の圧制と弾圧を受け、

市街は萎びて枯れてしまっていた。


石畳はひび割れ、荷車も失せ、

廃れた材木問屋の表通りには、

占領軍の兵士がうろつくばかりとなっている。



まず、マヤたちは、占領軍の兵士の目を盗み、

路地裏の「闇市場」に潜った。


みすぼらしいなりをした老若男女が、

粗末な木箱や木棚の上に、

種々雑多の商品を並べている。


黄ばんだ干し魚。塩漬けの野草。

錆びた斧。折れ曲がった鋸。

オーシャニア海軍の軍帽の切れ端。

占領軍の兵士が棄てた焼菓子を溶かした汁。


取引は、物々交換が主流だった。

目をぎらつかせた売り子の前に、

買い手が所持品を示し、交渉を持ち掛ける。



カイは、麻布の衣に着替えたハナと共に、

ぼろ布を被ったマヤを先導しながら、

売り場の商品を見て回った。


「カイ、あれ、どう?」


ハナが、汚れた古着の山を指差した。


「よろしいですか?」

「うん。かまわない」


カイは、古着の山の前に立った。


売り子の少年は、頬が痩せこけ、

髪が脂で張りつき、頭頂部が薄くなっていた。



「そこの、大きめの上着をもらおうか」

「……食い物」


カイは、外套の裏から、

牛肉の缶詰を取り出した。


「足りるか?」

「……足りない」

少年の渇いた目が、カイを睨んだ。


そこで、ハナが割って入り、

黄ばんだ干し魚二本を差し出した。


「ね。これで足りる?」

「……いいよ」



無事、少年から上着を受け取って、

カイとハナは、

後ろで待っていたマヤの元に駆け戻った。


「カイ、ハナ、ありがとう。

これで、われも着替えられる。

ところで、あの干し魚はいつの間に?」

「さっき、他の売り場からくすねたの」

「な」


ハナは、いたずらっぽく微笑み、

カイは、頭を抱える。


「まったく。盗賊から市民を守るのも、

『解放軍』の役目だったはずなんだが」



次に、三人は、煤けた廃屋に潜った。

弾痕だらけで、石壁が崩れかけているのは、

解放軍と占領軍の戦闘があったからだと、

カイが語る。


マヤは、倒れた長机の陰にしゃがみ、

薄汚れた白い正装を脱いで、

もっと汚れた上着に袖を通した。

肩から膝まで覆う麻布は、

茶や黄の染みだらけで、

尿のような臭いもしたが、我慢した。

黒髪も、もっと乱れさせ、

枯れたダンヴァラの景観に馴染ませた。


これで、一段と、身動きが取りやすくなる。



「ふたりとも、待たせた」


「ううん。マヤの分の着替えも、

あらかじめ用意しておけばよかった。ごめんね」


「王女殿下、これからです。

『ダンベリア島解放軍』の潜伏拠点を目指します。

多少は占領軍の目を誤魔化せるでしょうが、

殿下の気品は、隠し切れるものではございません。

くれぐれもご用心を」


ハナは、ふと気づき、にんまりした。

「カイ、もしかして、気を遣ってあげたの?」

カイは、咳払いをした。

「ほら、行くぞ」



廃屋を出た三人は、

浮浪民を装い、路地裏を東へ急いだ。


三人の装備は、

ぼろ布に包んだ散弾銃と、

カイの外套の裏にある十字剣と、

〈霊石〉が三つだけだった。


〈霊石〉は、皆、衣の裏に隠している。

〈霊獣〉を召喚できることは心強いが、

目立ってしまう危険を鑑みれば、

あくまで、最後の手段としておくべきだった。


緊張は緩められない。

慎重に、石畳の破片を踏み分ける。



「カイ、潜伏拠点とやらは、

下水道の中と言っていたか?」

「はい。この路地裏のつきあたりにある、

廃材置き場の孔が入口です」


ちらほらとうろつく占領軍の兵士をやり過ごし、

右に、左に、うずくまる浮浪民も素通りする。

路地裏が、狭く、暗くなっていく。


湿った臭気が漂いだした時だった。

「ちょっと待って」

ハナが、囁く。


同時に、先導するカイも、

手で止まるよう合図していた。



「どうした?」

マヤは、カイに視線を投げる。


「変だ。浮浪民に扮した解放軍の兵士が、

そこの角に常駐していたはずだが」

カイは、ハナに視線を投げる。


「危ないかも。一旦、引き返す?」

ハナが、二人に視線を返す。


「よろしいですか?」

「うん」


三人は、踵を返し、

来た路を戻ろうとしたが……、



「待て」

ぼろ布を被った人影に、遮られた。


敵の待ち伏せかと身構えた三人だったが、

……わずかに見えた目元に安堵し、

カイは、十字剣の柄を離した。

「プライス少佐」


低めた女声が、三人に語りかけた。

「カイ、ハナ、ご苦労だった。

下水道は、昨夜、占領軍に塞がれた。

新しい拠点に案内する。


王女殿下も、どうぞ、こちらへ。

ご無事で何よりでございます」










◆4










ダンヴァラ港東の赤煉瓦倉庫群は、

占領軍にもガリア海軍にも接収されず、

ひっそりと、

錆びとかびに蝕まれていた。


倉庫と倉庫の狭間には、

浮浪民が、古い帆布に包まり横たわる。

湿った臭気が、腐った海気に混じる。

石畳の上の、焚火の跡には、

魚の骨や空の缶が転がっている。


「第七材木倉庫」の前に着くと、

少佐が、四回、靴の踵を踏み鳴らした後、

鋼の扉を押し開け、

後に続くマヤたち三人を招き入れた。



中の、梁の天井と漆喰の壁の暗がりには、

十数人の兵士たちが詰めていた。


兵士とはいっても、軍服は着ておらず、

麻布の衣で浮浪民に扮している。


「おい!」「マヤ王女殿下だ!」「一同、敬礼!」

右手をこめかみに、背筋を伸ばして、ビシッ!


むさくるしかった空間が、一気に、引き締まった。


「……王家の方って、やっぱりすごいね」

ハナが、くすりと笑う。

「……おい」

カイが、肘でこづく。



ぼろ布を頭から引き下ろした少佐が、

短い髪を掻き上げ、ふたりに向き直る。


「カイ、ハナ、改めてよくやった。

しっかり休んでくれ、

と言いたいところだが、そうもいかない。


先ほど、ワーマニア島の作戦本部より、

密使が到着された。

重要な伝達があるそうだ。


今後、王女殿下をいかにお守り申し上げるか、

それから、先日のエヴァンス大佐らの一件を受け、

作戦本部が決定した、

我が軍全体の行動方針が示されるらしい」



カイが、尋ねる。

「密使というのは、伝令のヒューズ曹長ですか?」


少佐が、答える。

「いいや、ヒューズ曹長は待機中らしい。


密使は、シグマ陸軍大佐、という方だ。


暗号名だろう。

大青海戦争時は諜報参謀だったと聞く。

極秘事項を携行し、護衛一人だけを随伴させて、

ミストン海峡を越えられたとのことだ。


奥で王女殿下をお待ちのはずだから、そうだな。

おい! 誰か! 大佐をお呼びしろ!」



少佐の命令を受けた兵士が、

倉庫の奥へ駆け出そうとするが、


「それには及ばない。ぼくはここだ」


鼻にかかったような声が、暗がりに轟いた。


ビシッ!

敬礼をした兵士たちが道を空けた先に、

その男は、飄々と、姿を現した。


名は、シグマ。


涼しげな黒目に、刈り上げた髪。

鍛えられた筋骨が上着一枚に起伏をつけていた。



ビシッ! カイとハナも敬礼をした。

「『ダンベリア島解放軍』所属、カイ特任兵です」

「同じく、ハナ特任兵です」


マヤは、ふたりの背越しに眺めていると、

シグマの真ん丸な黒目と合い、びくりとした。


ビシッ! シグマが返した敬礼は、

この場の誰よりも胸を張った完璧なものだった。

「お初にお目に掛かります、王女殿下。

『ワーマニア島解放軍』参謀官、

シグマ陸軍大佐であります。

カイ特任兵、ハナ特任兵、大儀であった」


全員、右手を下ろし、敬礼を解いた。



カイが、一歩前に出る。


「遠方よりご到着の段、誠にご苦労と存じます。

ミストン海峡は、ガリア海軍により、

封鎖されているものと心得ておりましたが」


シグマの、真ん丸な黒目が向く。


「ハーバーマス騒乱の情報を入手し、

諸君に暗号電文を送った後、

作戦本部の命に従い、即刻、当地に参ったのだ。

封鎖が完成するより前に海峡を越えられたのは、

実に、運が良かったものだろう。

うむ、早速、本題に入ろうか。

全員、心して聞いてくれ」



兵士たちが、ぞろぞろと、

シグマの元に集い並んだ。


「ちょっと恐いね、あのひと」

ハナが、マヤに囁く。


シグマの話が始まった。

「諸君のこれまでの奮戦により、王女殿下を、

ダンヴァラにお迎え申し上げることができた。

どうか、この功を誇りとしてほしい。

だが、真の力戦はこれより始まる。

諸君には、今宵、王女殿下を、

ワーマニア島まで護送する重責を負ってもらう。

ミストン海峡の封鎖を突破し、

『ワーマニア島解放軍』と合流するのだ」



「海峡の突破は危険では。迂回通過の手は」

カイの指摘に、シグマが返す。

「迂回通過には、時間と距離の代償が伴う。

迅速確実の策を用意してある。

詳細は、後ほど伝えよう。

先に、諸君に知らせるべきことがある。

今宵のミストン海峡突破が、

王女殿下を堅守するための一戦というのみならず、

我が軍全体の大目的に係っていることを。

我らは、

ワーマニア島の友軍と合流した後、

さらに北のアーコニア島の友軍とも戦力を合わせ、

ついに、『最重要軍事作戦』に臨むのだ」

「『最重要軍事作戦』?」

カイが問い返し、マヤとハナも耳をそばだてた。



「諸君も承知の通り、

『アーコニア島解放軍』のエヴァンスらは、

『統帥府極秘緊急軍事行動案第十八号』の内容を、

独断をもって改変、強行せしめた。

此度の混乱を招いたものだが、彼らもまた、

王家の存続に命を懸けた忠臣として讃えよう。

彼らの勇戦は、我らに活路を示したのだ。

古往今来、我が列島の民を奮い立たせるものは、

『森羅万象との契約主』の血統に他ならず、

一億総決起の標はこれにしかない、と。


ここに、解放軍作戦本部は、

『一八号作戦』を貫徹せしめることを決した。

すなわち、我らが国民精神の究極的源泉、

エドモンド国王陛下を奪還するのだ」



地鳴りにも似た衝撃に、兵士たちがどよめいた。


国王の奪還。


武骨な闘争本能と、高邁な自尊感情が、

暗がりに沸き上がり波及する。


他方、マヤは、悪寒に震える。


「王女殿下?」「マヤ?」

両隣から、カイとハナが心配そうに見つめる。


マヤの脳裏には、

ただ、呼びかけても返事のない、

暖炉の傍にいる影が蘇っていたのだった。










To Be Continued.

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