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絶海の皇女マヤ -PRINCESS:ABYSS-  作者: 久坂下臈
第1章 王女初陣
6/21

1-5 ディムナットの山林

『烈火昇天、靭翼旋空、精悍ノ誉ニ不滅ヲ謳ヘ』

「飛翔せよ、〈カムランの灼天竜〉!」


対決の火蓋を切ったのは、

〈灼天の紅玉〉の煌めきだった。


激しくも勇ましき赫き光が、

マヤの腕輪から、夕闇の坂に充ち満ちた。


「臆するな! 切り裂け、〈千眼獣ウルク〉!」

「突進だ、〈千眼獣アルプ〉!」


彼女に迫る四人の刺客、

『青海少年使節団』のうち二人が、

千眼の獅子と水牛に、先制攻撃を命ずる。



だが、

〈赫炎弾〉!

雷を纏った火球が、さらにその先手を取る。


獅子の左肩を爆炎で粉砕し、

水牛を爆風に怯ませ、突進を光に惑わす。


光がはじければ、

強靭な翼を広げた赫き竜が、

水牛の尻を踏み潰し、飛び上がった。


〈カムランの灼天竜〉、激発!


竜の背に跨ったマヤは、

乱れた黒髪を振り払った。



「翼で打て、〈千眼獣イエラ〉!」


今度は、高空から、

千眼の鷲に飛び込まれる。


「〈カムラン〉、躱せ!」


体躯を捻り横切らせるが、

飛翔は、低空に留められる。


「地に抑えろ、〈千眼獣フンババ〉!」


そのまま、

千眼の巨人に真下につかれ、

右足を、がっちりと掴まれてしまう。



両翼をはためかせ抗うが、

しがみついた巨人が離れない。

「どけ!」

「奴の足を、握り潰せ!」

他方、巨人も片足が浮いており、

抵抗に耐えるのが精一杯のようだった。


赫き竜の咆哮と巨人の雄叫びが、

夕闇の坂をどよめかせる。


「援護しろ、〈千眼獣イエラ〉!」


組み合っている隙に旋回した鷲に、

再接近されるが、

両翼で大風を起こし、払い退ける。



「おい、この機を逃すな! 〈千眼獣ウルク〉!」

「何をしている! 突っ込め、〈千眼獣アルプ〉!」


左肩をもがれた獅子と、

尻を凹まされた水牛にも、

再接近される。


数に任せた波状攻撃。


切迫したマヤは、〈灼天の紅玉〉に命じた。

「〈カムラン〉、足枷をぶん回せ!」


激声に呼応した赫き竜は、

右足にしがみついた巨人を、

力任せに振り回しはじめた。



遠心力で、巨人の両足を浮かせた。


その勢いを保たせたまま、

巨人を、怯んだ水牛の右半身に叩きつけ、

廃屋もろとも薙ぎ倒し、

身構える獅子に攻撃の隙を与えない。


「〈フンババ〉、ふんばれ!」

巨人に疲弊が表れると、


「そこだ! 灼き払え!」

〈赫炎弾〉!


口から撃ち放った火球で、

巨人の首を圧砕した。



巨人の指先が、右足から離れた。

自在な機動力が取り戻された。


「まずい! 跳びつけ、〈千眼獣ウルク〉!」

高空へは行かせまいと、

地を蹴り、

崩れる巨人を踏み越えて、

獅子が、鉤爪を突き立ててきたが、


「さがれ!」

厳めしい棘の頭突きで、

顎から脳天まで打ち砕き、

獅子を、崩れた巨人の上に叩き伏せた。


〈千眼獣ウルク〉、〈千眼獣フンババ〉、撃破!



高空まで昇ったことで、

赫き竜の敵は、一体だけとなった。


「〈千眼獣イエラ〉、奴を墜とせ!」


千眼の鷲の速攻を、

また、体躯を捻り横切らせる。


マヤは、敵の背に、

黒い外套の刺客を見とめた。


空中戦だ。一騎討ちだ。


夕闇の空を輪舞しながら、

互いに、じりじりと間合いを詰めた。



「灼き払え!」

〈赫炎弾〉!


口から撃ち放った火球は、

ひらりと躱された。


再び、敵の速攻が迫る。


狙いは、背に跨るマヤ本人だった。


身を伏せた。


かろうじて、

敵の翼に打たれずに済んだが、

尖った殺気に背筋を凍りつかされた。



さらに、ここにきて、眩暈が。


連戦による消耗が、限界を越えようとしていた。


光と影がひっくり返りそうになる。

〈灼天の紅玉〉の煌めきが霞む。

共鳴する赫き竜も、両翼に力を失っていく。


次の敵の攻撃は、躱せるだろうか。


……いいや、躱せなくても、捻じ伏せれば!

そうだ、打破しなければ!


腹の奥底を滾らせ、マヤは吠えた。

激しくも勇ましき光を〈灼天の紅玉〉に甦らせた。



激情に呼応した赫き竜は、

気合で、敵の渾身の速攻を見切り、

両足で掴んで抑えてみせた。


鋭い鉤爪で、

敵の翼をへし折ったが、

敵の鉤爪も、

あらん限りの力で抵抗した。


夕闇の空に、絡み合う両者。


互いに、機動力を失うと、

風にまみれ、

錐揉み回転しながら、

鬱蒼とした山林の奥地へと落下した。










◆2










大木の幹を抉り、

枝葉を散らし、

草花を潰しながら、

二体の巨獣が、深緑に沈む。


衝撃に投げ出されたマヤは、

茂みに転がされた。


背が痛み、身悶えしたが、

歯を食いしばり、体を起こして、

周囲を見回すと、


千眼の鷲を駆っていた黒い外套の刺客も、

また、

茂みの向こうで体を起こしていた。



「動くな!」


マヤは、

肩にぶら下げていた散弾銃で、

刺客を制そうとしたが、

相手の接近の方が速かった。


銃身をがっちりと掴まれ、

奪い合いに。


外套を被った面差しを、

はっきりとは窺えないが、

しかし、

尖った殺気をもって、

彼女を睨んでいることだけはわかった。



相手の腕力に、

銃身を前後に揺さぶられ、

負い革が肩からずり下がった。


その時、激震に足を取られた。


背後で、

格闘を続けていた〈カムランの灼天竜〉が、

〈千眼獣イエラ〉を大木に突き返したのだ。


転倒したマヤは、散弾銃を落としてしまった。


体勢を立て直し、

拾おうとしたが、

刺客の拳に阻まれた。



胸倉を掴まれた。


茂みに押し倒され、馬乗りにされた。


掴んだ手が、首へ。きつく絞められた。


腰をくねらせ抗うが、

のしかかる体重をどかせない。


眩暈に、視界を狭められていく。

耳鳴に、聴界を塞がれていく。


頸動脈と気道を圧迫され、

血液と酸素が滞り、

死が、脳を蝕みつつあった。



……いいや、こんなところで斃されるものか!

死ぬものか! 死ぬものか! 死ぬものか!


握り締めたのは、

運良く、手元に落ちていた大石。


外套を被った刺客の右前額部に、

思い切り、ぶつけてやった。


刺客は、卒倒。


首を解放され、

唾液混じりに咳き込みながらも、

マヤは、

武骨な散弾銃を勝ち獲ってみせた。



背後では、二体の巨獣の勝敗もついた。


翼をもがれ、腹を裂かれ、

首を千切られた〈千眼獣イエラ〉の上に、

〈カムランの灼天竜〉が君臨した。


〈千眼獣イエラ〉、撃破!


だが、暴れられるはここまでだった。

〈カムランの灼天竜〉は、

主の生存だけをたしかめると、

赫き光の粒子となり、

腕輪の〈灼天の紅玉〉の元へと、還った。


————



深緑の木々の狭間から、

巨獣たちの影は消え去った。

静寂に残されたのは、

満身創痍の少女と、倒れ伏した刺客のみ。


マヤは、よろめきながらも、

散弾銃を真っ直ぐに構え、

黒い外套を睨み下ろした。


ぴくりとも動かない。

死んでしまったのだろうか。


おそるおそる、

左足で小突き、

伏せた顔を仰がせてみた。



それは、少年の顔だった。


マヤと同じ年頃の、白く、繊細な面差し。


金の前髪から血が垂れているのは、

先の殴打のせいだろう。


死んでいるのか。気絶しているのか。


閉ざされた瞼からは、

涙が一筋、零れていた。


陰りなく透明な雫に、

見れば、たちまち崩れてしまいそうな、

儚い微光を包んでいた。



マヤには、わからなかった。


殴られるまで、

彼女を絞め殺そうとしていたこの少年が、

一体全体、何に涙していたというのか。


否、わかりたくなかった。

わかってしまえば、

また、岐路に立ち尽くしてしまうことになる。


額の傷も、まだ、疼いている。


マヤは、

構えていた散弾銃を下ろし、深呼吸をすると、

背を向け、少年が倒れる茂みを後にした。



しかし、マヤには、

自分が山林のどこに落ちたのかも、

出口がどちらにあるのかも、

まったくもって見当がつかない。


……そういえば、ゲーナは。

坂の上で別れたあの幼い娘は、

どこかで待ってくれているのだろうか。


探し出そうと思ったが、

残陽すらも失せた視界に、

望みを絶たれた。


深緑は、深黒へ。

山林に、夜の帳が下りたのだった。



結局、闇を彷徨うことになった。


敵に追われて、敵から逃れて、

擦り減った体を引き摺らされた。


飢え、腹を手で摩った。


白かった正装は、裾が破け、

煤と泥と血と汗で薄汚れていた。


艶やかだった黒髪は、

乱れ、沈んだ瞳に被さっていた。


戦いの勝者と称されるには、

あまりにも惨めな有様だった。










◆3










——『戦艦ユーゲスト=ネーゲル』

第一艦橋・艦隊指揮所


「提督、報告します。

逃亡中の王女により扇動された、

ダンベリア島ハーバーマス保養地の暴徒は、

捜索群の介入により、鎮圧の目途が立ちました。


捜索群は、鎮圧後の治安確保のために、

ハーバーマスに駐留する準備を始めていますが、

これに対し、占領軍総司令部からは、

即刻の退去と返還を要求されています。

いかがなさいますか」


副官の報告に、ガイウスは長い溜息を漏らした。



「さて、どう片づけるか」


眉をひそめ珈琲を口にするガイウスを、

シルヴァが傍らから見つめている。


ガイウスは、決断をする上で、

二つの課題に直面していた。


一つ、王女の危険性。

彼女は、占領軍の保養所を果敢に襲撃し、

暴徒を自ら扇動したとの情報が入っているが、

すべてが事実だとすれば、

彼女個人の政治的危険性を、

第三艦隊も、占領軍も、

再評価する必要がある。



二つ、保養地の錯綜。

暴動の激化は見過ごせなかったし、

『解放軍』が絡んでいる可能性もあったことから、

捜索群による介入を、ガイウスは了承していた。

しかしながら、

彼らは、居住地区への本格砲撃まで行ったらしく、

事態は、慮外の方向へと進んでしまっていた。

鎮圧の目途自体は立ったらしいが、

現地民の統制とその規律には懸念が残る。


今、保養地を返還すべきなのだろうか。

「緊急介入」という体で動いている以上、

占領軍の管轄を重んじ、

おとなしく要求に従うのが筋だが、

ガイウスの鷹の目には、別の航路も映っていた。



「……提督、あの子は?」

シルヴァの視線に、ガイウスは返す。

「王女ならば、保養地より逃げ出したままだ。

だが、夕刻、西の山林の上空にて、

『使節団』の〈聖獣〉と争っていたと聞く。

ダンベリア島東部にはまだいるのだろうが」


ガイウスは、思考を絞る。


消耗した王女は、十中八九、遠くにはいない。

今、保養地を退去すれば、

状況が余計に錯綜する上、

王女を追撃する好機を逸することにもなる。

やはり、ここは、総司令部の要求を突っ撥ね、

とことん踏み込んでみるべきか。



「……わたし、いつでも戦えるから」


シルヴァの頑なな瞳に、ガイウスは決断をした。

彼は、重い腰を上げ、艦隊に号令を掛ける。


「捜索群に伝達。

保養地の沈静化を優先しつつ、治安確保を名目に、

王女の追跡範囲を西の山林まで拡大せよ。

『ユーゲスト=ネーゲル』直卒の第三十部隊も、

これより、ダンベリア島へ赴き合流する。

第三艦隊の実力をもって、

〈灼天の紅玉〉を奪取するのだ」


『戦艦ユーゲスト=ネーゲル』は、夜の海へ。

針路は、ダンベリア島に取られた。



ダンベリア島は、

オーシャニア列島を構成する七主島の一島だった。


七主島を北から順に並べると、以下のとおり。


氷ノ島=フロストベリア島

岩ノ島=ストーンベリア島

王ノ島=アーコニア島

竜ノ島=ワーマニア島

森ノ島=ダンベリア島

炎ノ島=ヒートベリア島

陽ノ島=ラウサニア島


なお、これらの島々のいずれもが、形式上、

『マグナ=ガリア民政新国』の支配下にある。



——アーコニア島南部 王都港湾

占領軍総司令部


かつて、この地は、

『オーシャニア列島連合王国』の中枢だった。

国王の執政を輔弼し、統帥を輔翼すべく、

数多の大臣や軍人が参集し、

政治と軍事の方針を論じ争う「霊域」だった。


今は、占領軍の中枢となっている。


彼らの総本部は、

夜の港に聳える「混凝土の庁舎」。

列柱の玄関から放つ光で、侘しい市街を威圧し、

列島の支配者としての貫禄を呈していた。



そして、その最高執務室。


第三艦隊司令ガイウスからの、

こざかしい通達書に、

ちっと舌打つ男がひとり。


整った執務机に向かい、

煙管を吹かし、

黒眼鏡をぎらつかせる。


名は、ラッサリウス。


豪胆な主導力と巧妙な発信力で、

ガリア陸軍の元帥の座まで昇り詰め、

占領政策の統括を一任された男だった。



彼は、通達書を机上に投げた。


「ハーバーマス保養地からの即刻退去は困難。

残存勢力の潜伏や、暴動再発の危険あり。

海兵隊による沈静化措置が完了するまで、

当地の明渡しを待たれたし」


意図は、見え透いていた。

戦力を上陸させる絶好の機会に、

王女と〈灼天の紅玉〉を追撃するつもりだろう。


鼻で笑ってみせた彼は、

手を叩くこと、三回。

それは、執務室に、

彼の信任する諜報員を呼び出す合図だった。



「『アンブラム』、参上しました」

疾風のごとく、忽然と、ラッサリウスの前に、

『影』の名を冠する「黒ずくめの隠密」が現れた。

素顔は、仮面に覆われている。


「『アンブラム』、仕事だよ。

『ワーマニア島解放軍』の動きを、

よく探ってきてくれたまえ。

列島の情報封鎖を徹底してはいるが、

騒乱が大きくなり過ぎた。

奴らに王女の所在を掴まれるのも、

時間の問題だろう。

ダンベリア島に入られたら面倒なことになる。

せっかく海軍の若造が働いてくれるようだし、

王女と〈灼天の紅玉〉を確実に仕留めたい」



隠密は、首を垂れる。

「保養地の管轄の件は、よろしいのですか?」


ラッサリウスは、煙管を吹かし、

またしても、鼻で笑ってみせる。


「細事はもうどうでもいいよ。こちとら忙しい。

国王を正式に逮捕してから、

『解放軍』の抵抗が激化する一方だ。

軍事裁判の警備を強化しなければならないし、

王女の拉致を手引きした内通者についても、

さっさと洗い出してやりたい。

だいいち、今度の〈赫き竜〉は強力みたいだよ?

あれを狩るには、『神林の巫女』の〈白き龍〉を、

利用するに越したことはないからね」










◆4










闇夜の荒海は、再び、

大きなうねりを見せようとしていた。


ダンベリア島の主だった港では、

第三艦隊の艦艇が続々と集い、

海上封鎖の準備に取り掛かっていた。


他方、島内では、

上陸した海兵隊と、再編成された占領軍により、

王女と〈灼天の紅玉〉を標的とした、

『山狩り作戦』が始められようとしていた。


それは、洪大な渦のようだった。

藻掻けば藻掻くほどに、

少女の体は、深く呑まれゆくのだった。



深黒の山中で、

道なき道を彷徨うマヤには、

外の様子などたしかめられやしないが、

彼女を狙う輩でひしめいていることは、

見えずとも、わかりきっていた。


何だか、嗤えてしまった。

火傷していた頬が引き攣られた。


空っぽな腹が鳴った。

喉が干からびてきていた。


腕輪の〈灼天の紅玉〉は、煌めかない。


どうしようにも、どうにもならなかった。



ああ、願いが、膨張し、張り裂けそうになった。


つよくなりたい!

つよくなりたい!

つよくなりたい!

つよくなりたい!


何が、命を弄ばれないために、だ。

何が、弄ぶ奴らを斥けるために、だ。


自分の命を繋ぐことすらも儘ならなかった。

無知と無力を思い知らされただけだった。

遣り場のない怒りを滾らせるばかりだった。


つよさが! 荒波に負けない、つよさが!



がむしゃらに林を走った。


藪で肌を擦り剥いた。

倒木に躓き転んだ。

這ってでも、前のめりに、突き進んだ。


視界が潤んだ。

震える唇を噛んだ。

掌に血が滲んだ。


弱さを呪った。愚かさを呪った。


それでも、せめて、

暗闇を掻き分けた先に、

あの幼い娘がいてほしかった。



だが、伸ばした右手は、大岩に遮られる。


岩肌に頬をぶつけ、泥土に膝がくずれおちる。


うずくまり視界を閉ざすと、

掠れた声と咽んだ息が、鼓膜を打つ。


額の傷が、膿汁が、

腫れ上がり疼いている。


思考が、堕ちていく。

混濁した泡沫の波間で浮沈を繰り返す。


じっと、刺すような痛みに堪え、

雑音が鎮まるのを待ってみた。



……ザァーッ、

……ザァーッ、

瀬音が響く。


はっと気づかされたマヤは、

茂みを覗き込むと、

その向こうには、光り輝く銀の川が。


鬱蒼とした山林を切り裂いて、

満月の紫光が、

渓流にたなびいていた。


流れは激しく、

嵐がもたらした大水により、

岩肌が削られ砕け散っていた。



マヤは、喉を鳴らすなり、

茂みを突き分け、川へ駆け寄る。


岩肌に両手をつき、

四つん這いになり、

首を、肩を、胸を、激流へ突っ込む。


唇を大きく開け、

喉まで、食道まで、胃まで、

貪るように冷水を飲み込む。


鼻腔がつんとしても、

泥土の匂いが混じっていても、

誰かが手渡してくれた井戸水でなくても、

生気を求め、岩肌に平伏す。



ふと、視界の端で、

何かが閃いた。


激流から顔を出し、

川面を見渡せば、

ぴしゃり、ぴしゃりと、

月光の乱反射に溶けるように、

アユの群れが跳ねているではないか。


抗っていたのだ、激流に。


生きるためか。命を繋ぐためか。


ひたすらに、大水に挑み、

銀の川を遡上しようとしていた。



マヤは、立った。


背に提げていた散弾銃を放り投げ、

へばりついていた破れ衣も、

裾から捲り上げて、脱ぎ捨ててしまった。


月光の下、

銀の腕輪と白い肌だけになった少女が、

川面を、鋭く睨み下ろす。


躊躇は、しない。


手近な藪から、小枝を一本、

尖るようにへし折ると、

激流の中へと歩を進める。



爪先から、膝へ。

膝から、腰へ。

腰から、腹へ。


冷水に、じわじわと浸食され、

押し流されそうになるが、

足裏に力を込め、抗う。


アユの跳ねる辺りまで行き着くと、

左手に握った小枝の槍を、

銀の飛沫にまみれながらも、振り翳す。


幾度も、幾度も、

狙いを外しては、

また、振り上げ、また、振り下ろす。



幾度目かもわからなくなった時、

鈍い手応えが、先端にはしった。


突き刺されたアユが激しく暴れ、

血飛沫が、肌を真っ赤に濡らした。


少女は、吠えた。

せせらわらった。

満月の紫光を全身に浴び、

勝利と敗北に嗚咽した。


生き延びなければ。


次なる戦いを。

次なる、大きなうねりを。










To Be Continued.

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